食品製造、とりわけ菓子開発の現場において「おいしさ」を追求することは永遠のテーマです。しかし、「この試作品はおいしい」「コクが足りない」といった主観的で曖昧な表現だけでは、チーム内での認識のズレが生じ、開発の方向性が定まらなくなることが多々あります。商品企画の意図が研究開発に正しく伝わらず、品質保証部門が規格を策定する際にも基準が曖昧になり、最終的には製造現場での品質ブレを引き起こす原因ともなります。
このような課題を解決するためには、人間の感覚器官を通して得られる情報を客観的な言葉に変換するスキル、すなわち「味を言葉で表現する」能力が不可欠です。感覚を言語化することで、暗黙知が形式知となり、組織全体で共有可能な財産となります。
本記事では、菓子メーカーや食品メーカーの研究開発、品質保証、商品企画、製造、営業企画などの実務に携わる方々に向けて、風味の構成要素である「五味」、ヒトが食品を捉える「五感」、そして実践的な官能評価を通じた「味を言葉で表現する」手法について、現場で直ちに活用できる観点から詳しく解説します。
五味とは何か
食品の味を語る上で、基礎となるのが「五味(ごみ)」の概念です。一般的に、人間の味覚における基本味は、甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の5つとして扱われています。これらの基本味は、他の味を混ぜ合わせても作り出すことができない独立した感覚であり、舌などの口腔内に存在する味蕾(みらい)の受容体を介して感知されます。
特に「うま味」は、日本が世界に先駆けて発見し、基本味の一つとして広く認識されるようになった歴史を持ちます。特定非営利活動法人うま味インフォメーションセンターの公開情報によれば、1908年に池田菊苗博士が昆布だしの主な味成分がグルタミン酸塩であることを見いだし、これを「うま味」と命名しました。その後、1913年に小玉新太郎氏がかつお節からイノシン酸を、1957年に國中明氏が干し椎茸からグアニル酸をうま味成分として発見したことが知られています。現在では、これらの成分が料理のおいしさや深い味わいに寄与することが科学的に裏付けられています。
なお、日常的によく使われる「辛味」や「渋味」は、この五味には含まれません。辛味は味覚受容体ではなく、温度や痛みを感知する痛覚系を介する刺激として扱われることが一般的です。また、渋味も味ではなく、お茶のタンニンなどに由来する口腔内の粘膜が引き締まる感覚、すなわち収れん感として分類されます。開発現場で「味が複雑だ」と感じた際、それが基本味のバランスによるものなのか、それとも辛味や渋味といった物理的・化学的刺激によるものなのかを明確に区別することは、処方設計において極めて有益なアプローチとなります。
五感で食べるとはどういうことか
私たちが「おいしい」と感じる体験は、単に舌で基本味を感知するだけのものではありません。味覚に加えて、視覚、嗅覚、触覚、聴覚のすべて、すなわち「五感」を総動員して食品を評価しています。五感とおいしさ全体を混同してはいけません。「おいしさ」とは、五味による味覚情報だけでなく、香り、食感、温度、見た目、さらには食べる環境や過去の食経験などの要素が複雑に絡み合った総合的な評価です。
- 視覚:菓子の色合い、光沢、形状、パッケージのデザイン。これらは「甘そうだ」「濃厚そうだ」といった食べる前の期待値を形成します。
- 嗅覚:パッケージを開けた瞬間に広がる立ち香(オルソネーザル香)と、口に入れてから鼻に抜ける戻り香(レトロネーザル香)。風味の大部分は嗅覚に依存しているとされます。
- 触覚:手で持った時の感触、噛んだ時の硬さやもろさ、口溶けの滑らかさ、温度。これらは「テクスチャー(食感)」として、菓子の品質を大きく左右します。
- 聴覚:スナック菓子を噛んだ時の「パリッ」「サクッ」という咀嚼音。軽快な音は鮮度や食感の良さを増幅させます。
- 味覚:甘味、酸味、塩味、苦味、うま味のバランスと、それらの経時的な変化。
食品開発においては、これら五感のどの要素がターゲット顧客の「おいしさ」に寄与しているのかを要素分解し、意図した通りの五感体験を設計することが求められます。
味を言葉で表現する難しさ
食品を味わった際に感じる感覚を、他者が理解できる客観的な言葉に変換することは想像以上に困難です。日常会話では「おいしい」「コクがある」「マイルドだ」「食べやすい」といった表現で十分ですが、開発現場でこれらの言葉を使うと、深刻なコミュニケーションロスを招く恐れがあります。
例えば、「もっとコクを出してほしい」という営業からの要望に対し、開発担当者がバターを増量して乳脂肪分を高めたとします。しかし、営業が求めていた「コク」は、実はうま味の余韻や、キャラメリゼされた香ばしさのことだったかもしれません。このように、曖昧な言葉は人によって解釈が異なり、試作のやり直しやスケジュールの遅延を引き起こします。
味を言葉で表現する難しさは、感覚が極めて個人的な体験であることと、それを表現するための共通の「辞書」が組織内に存在しないことに起因します。したがって、組織として感覚を擦り合わせるための訓練と、言語化の枠組み(フレームワーク)の導入が必要となります。
菓子・食品開発で言語化が必要な理由
製造現場において、味や風味の言語化が実務上なぜ必要なのか、具体的な用途を挙げます。
- 試作品の比較・評価:試作を繰り返す中で、前回と今回で何がどう変わったのかを記録し、チームで合意形成するため。
- 品質規格の策定:品質保証部門が「合格」とする風味のストライクゾーンを定義するため。数値化できない官能的な品質ブレを許容範囲内に収める基準となります。
- 原料変更・製造条件変更時の同等性確認:コストダウンや終売に伴う代替原料への切り替え、あるいはスケールアップ時に、既存品と風味が同等であることを証明するため。
- 営業資料やECサイトの販促文:商品の魅力や他社品との違いを、消費者やバイヤーに具体的かつ魅力的に伝えるため。「こだわりの味」という抽象表現ではなく、「トップノートに華やかなミルク香があり、後半に程よい塩味が甘味を引き立てる」といった具体的な説明が可能になります。
- クレーム原因の解析:お客様から「いつもと味が違う」という指摘を受けた際、保存検体と照らし合わせて「どのような風味の差異があるか」を具体的に言語化し、製造工程のどの部分に異常があったのかを推定する手がかりとします。
官能評価の基礎(嗜好型と分析型、QDA法)
味を言葉で表現し、客観的に評価するための体系的な手法が「官能評価」です。宮崎県食品開発センターの公開パンフレット等でも紹介されているように、官能評価とはヒトの五感を用いて食品の風味・香り・食感などを評価する方法です。同センターでは、官能評価室がISO 8589の規格に準拠して設計されるなど、適切な評価環境の整備が進められています。官能評価は大きく分けて「嗜好型」と「分析型」に分類されます。
嗜好型官能評価と分析型官能評価
嗜好型官能評価は、「好きか嫌いか」「どちらが好みか」を問うものです。一般の消費者やターゲット層を対象に行われ、市場での受容性を確認する目的で使用されます。
一方、分析型官能評価は、訓練を受けたパネル(評価者)が、食品の特性を客観的に測定するものです。「甘味の強さはどの程度か」「どのような香りがするか」といった事実関係を明らかにし、製品間の差異を定量化します。開発現場における味の言語化は、主にこの分析型官能評価の手法に基づいて行われます。
QDA法(定量的記述分析法)の活用
分析型官能評価の中でも、特に詳細な言語化と数値化を可能にするのがQDA法(Quantitative Descriptive Analysis:定量的記述分析法)です。キッコーマンの企業サイト等でも解説されている通り、QDA法は、専門パネルが製品から感じられる特徴を具体的な言葉(評価用語)として表現し、パネル全体で合意が得られた特徴について、その強度を尺度を用いて数値化する手法です。
この手法を導入することで、「何となく違う」という感覚を、「バターの立ち香が1段階強く、口溶けの速さが2段階早い」といった客観的なデータに変換することができます。宮崎県食品開発センターでも、このQDA法を用いて「味わいの見える化」に取り組んでおり、客観的なデータに基づく商品開発やプロモーション支援が行われています。
味表現の実務:語彙をどう設計するか
味を言語化するためには、評価に用いる「語彙(用語リスト)」を整備することが第一歩です。農研機構食品研究部門の2023年の公開情報によれば、同機構は米飯の食味や食感を表す言葉を広く収集・整理し、133語からなる用語リストを作成・公表しました。この事例が示すように、特定の食品群に対する表現語彙は体系的に整備することが可能です。
菓子開発においても、曖昧な言葉を分解し、時系列と感覚の要素に分けて語彙を設計すると整理しやすくなります。ポイントは、「一つの便利な言葉でまとめない」ことです。たとえば「おいしい」は評価結果であって、記述語ではありません。また「コクがある」は、乳脂の厚み、うま味の持続、ロースト香、粘性、後味の長さなど、複数の現象が重なって生じる印象です。したがって、評価会議では総評の前に、構成要素を分けて書く流れをつくると議論がぶれにくくなります。
味を言葉で表現する際は、まず時間軸で分けます。食べる前、口に入れた直後、噛んでいる途中、飲み込んだ後では、感じる要素が違うからです。次に、感覚の種類で分けます。味覚だけでなく、香り、食感、音、温度、見た目を分けて記述すると、処方と工程のどこを触るべきかが見えやすくなります。さらに、評価語にはできるだけ比較対象か基準サンプルを紐づけます。基準がない語は、使う人ごとに意味が変わりやすいためです。
| 分解する観点 | 見たいポイント | 表現例 |
|---|---|---|
| 外観・見た目 | 色、つや、形状、粒の見え方、気泡、ひび | 焼き色が浅い、つやが強い、粒感が見える、表面が均一 |
| 初期香(立ち香) | 開封時、口に入れる直前の香りの質と量 | バター香が先に立つ、果実香が軽やかに立つ、穀物香が穏やか |
| 立ち上がり | 甘味・酸味・塩味・香りが立つ速さ | 甘味の立ち上がりが速い、酸味が遅れて出る、香りの立ち上がりが弱い |
| 中心味 | 咀嚼中盤で支配的な味 | 乳の甘味が中心、カカオの苦味が主役、だし様のうま味が続く |
| 食感 | 第一噛の硬さ、もろさ、弾力、粘り、口溶け | サクッと割れる、ねばりが残る、口溶けが速い、粉っぽさが残る |
| 音 | 咀嚼音の強さ、高さ、軽さ | 軽い破断音、湿った割れ音、歯切れのよいパリ感 |
| 後味・余韻 | 飲み込んだ後に残る味と香り | ミルク香が短く残る、苦味が尾を引く、後切れが良い |
現場では、次のような変換が役立ちます。「食べやすい」は「甘味の立ち上がりが速い」「苦味の残りが短い」「咀嚼負荷が低い」に分解できます。「高級感がある」は「香りの密度が高い」「口溶けがなめらか」「後味が雑味なく長い」と置き換えられます。「こってりしている」は、油脂感なのか、粘度なのか、甘味の長さなのか、うま味の持続なのかをさらに掘り下げる必要があります。こうした分解を習慣にすると、営業資料、EC商品説明、品質会議、製造トラブル報告のすべてで言葉が揃ってきます。
曖昧語をそのまま使うのではなく、「どの感覚を、どのタイミングで、どの程度感じたか」に置き換える。これが、味を言葉で表現する実務の基本です。
菓子カテゴリ別の表現例
実際の開発現場で転用できる、菓子カテゴリ別の具体的な表現例を紹介します。
焼き菓子(クッキー、ビスケットなど)
焼き菓子では、粉の風味、油脂の質、焼き込み具合が評価の焦点となります。
- 香り:ローストした小麦の香り、焦がしバターの香り、ミルクの甘い香り、カラメル香
- 食感:表面のクリスピー感、内部のホロホロとした崩れやすさ(もろさ)、咀嚼後半の歯の裏への付着感、口溶けの良さ
- 味:初期の塩味のインパクト、中盤に広がる重厚な甘味、後味に残る微かな苦味(焼きの深さ)
チョコレート
チョコレートはカカオの産地や焙煎、コンチング工程による複雑な風味と、カカオバターの融点に依存する口溶けが特徴です。
- 香り:ナッツのようなロースト香、ベリー系・シトラス系のフルーティーな酸味の香り、フローラル香、ウッディ香
- 食感:スナップ性(割った時のパキッという折れやすさ)、口中での溶け出しの速さ、溶け終わりの滑らかさ(粒子感のなさ)
- 味:カカオ由来の渋味・苦味、ミルクの甘味、余韻の長さ
グミ・ゼリー
ゲル化剤(ゼラチン、ペクチン、寒天など)の選定によるテクスチャーの違いと、フルーツ香料の立ち方がポイントです。
- 食感:第一噛の弾力(跳ね返り)、噛み切りやすさ(歯切れの良さ)、咀嚼回数の多さ、ねちゃつき
- 味・香り:香りの立ち上がりの速さ(トップノートの鮮烈さ)、酸味のシャープさ、甘味のキレ
米菓(せんべい、あられ)
米の風味と、醤油や塩などの味付け、そして食感と音が密接に関わります。
- 香り:お米を焦がした醤油の香り、だしのうま味を連想させる香り、揚げ油の香ばしさ
- 食感:表面の硬さ、内部の軽さ(パフ感)、咀嚼時の音の大きさ(ガリガリ、サクサク)
- 味:表面の塩味の強さ、後からくる米の甘味、うま味成分による後引く味わい
製造現場でありがちな失敗例と改善策
言語化や官能評価を現場に導入する際、いくつかの典型的な落とし穴があります。
失敗例1:数人で味見して「これでいこう」と決めてしまう
個人の体調や嗜好に左右されやすく、再現性がありません。改善策として、基準となる対照品(コントロール)を必ず用意し、「対照品と比較して甘味が強いか弱いか」といった相対評価を行う手順を標準化します。
失敗例2:評価用語の定義がすり合っていない
「しっとりしている」という言葉を、水分が多いと捉える人と、油脂による滑らかさと捉える人が混在している状態です。改善策は、QDA法のように、評価前にパネル全員で用語の定義を話し合い、「このサンプルのこの状態を『しっとり』の強度5とする」といった基準(リファレンス)を合意することです。
失敗例3:情報を一度に詰め込みすぎる
一度の評価で20個以上の項目を採点させると、評価者が疲労しデータがブレます。改善策として、評価の目的に応じて項目を絞り込むか、外観・香り・食感・味といった項目ごとにセッションを分ける工夫が有効です。
共有しやすい評価シートの考え方
言語化した結果を組織で共有するためには、属人的にならない評価シートの運用が役立ちます。
| 評価項目 | 定義・着眼点 | 評価尺度(例:1〜5) | 自由記述(コメント) |
|---|---|---|---|
| 甘味の立ち上がり | 口に入れた直後の甘味の感じやすさ | 1(遅い) – 5(速い) | |
| ミルク香の強度 | 中盤で鼻に抜ける乳脂の香り | 1(弱い) – 5(強い) | |
| 口溶けの速さ | 舌と上顎で押し潰した際の溶けやすさ | 1(遅い) – 5(速い) | |
| 余韻のキレ | 飲み込んだ後の風味の消失の早さ | 1(残る) – 5(キレが良い) |
このようなシートを開発部内で蓄積していくことで、過去の試作品データとの比較が容易になり、「あの時の強度4のミルク香を再現しよう」といった具体的な議論が可能になります。
まとめ
菓子や食品の開発において、「おいしさ」という総合的な体験を要素分解し、五味や五感の観点から言葉で表現することは、勘や経験に頼る属人的なモノづくりから脱却するための重要なステップです。官能評価の基礎を理解し、QDA法などの客観的な評価手法や語彙の設計を取り入れることで、部署間のコミュニケーションは飛躍的に向上します。本記事で紹介した評価の視点や表現例を、日々の試作や品質管理の現場でぜひ活用し、より精度の高い製品開発につなげてください。
参考情報
- 特定非営利活動法人 うま味インフォメーションセンター 公式サイト (https://www.umamiinfo.jp/)
- キッコーマン株式会社 企業情報サイト 官能評価 QDA法 (https://www.kikkoman.com/jp/quality/research/about/functional/qda.html)
- 宮崎県食品開発センター 「味わいの見える化」パンフレット(令和7年2月 第5版等関連公開資料) (https://www.iri.pref.miyazaki.jp/)
- 農研機構 食品研究部門 「ご飯のおいしさを表す言葉をリスト化」プレスリリースおよび関連公開資料 (https://www.naro.go.jp/)