はじめに
お菓子づくりに欠かせない油脂原料として、マーガリンとショートニングはともに幅広く使用されています。どちらも植物油脂を主原料とする加工油脂であり、バターやラードの代用品として誕生した歴史を持つ点でも共通しています。しかし、成分構成、風味、食感への影響、製法、そしてJAS規格上の定義は明確に異なり、それぞれが持つ特性に応じてお菓子づくりでの使い分けがなされています。本記事では、マーガリンとショートニングの違いを、定義・歴史・原材料・製法・成分・食感への効果・用途・トランス脂肪酸の問題まで、多角的かつ詳細に解説します。
定義とJAS規格上の分類
マーガリンとショートニングは、いずれも日本農林規格(JAS規格)によって明確に定義されています。
マーガリンは、「食用油脂(乳脂肪を含まないもの、または乳脂肪を主原料としないものに限る)に水等を加えて乳化した後、急冷練り合わせをし、またはこれをしないで作られた可塑性のもの又は流動状のもの」で、油脂含有率が80%以上のものと定められています。水分は17.0%以下、乳脂肪含有率は40%未満とされています。なお、油脂含有率が80%未満のものは「ファットスプレッド」に分類され、マーガリンとは区別されます。
一方、ショートニングは、「食用油脂を原料として製造した固形状または流動状のもの」であり、原材料は食用油脂に限られます。水分は0.5%以下と規定されており、成分のほぼ100%が油脂で構成されています。マーガリンのように水分や乳成分を含まない点が、規格上の最大の違いです。
つまり、マーガリンは「油脂+水分+乳成分等を乳化させたもの」であり、ショートニングは「ほぼ純粋な油脂」であるという点が、両者を分ける根本的な差異です。
歴史と誕生の背景
マーガリンの誕生は1869年、フランスにまでさかのぼります。当時のフランスは普仏戦争(プロイセンとの戦争)の影響で深刻なバター不足に陥っていました。そこでナポレオン3世が、安価なバターの代用品を懸賞付きで募集したところ、フランス人化学者メージュ=ムーリエ・イポリットが考案した「牛脂のやわらかい部分と牛乳を混ぜ合わせ、冷やし固めてバター状にしたもの」が採用されました。これがマーガリンの原型です。その後、植物油脂の水素添加技術の発展とともに、原料は動物脂から植物油脂へと移行し、現代のマーガリンへと進化していきました。日本にマーガリンが伝わったのは1887年(明治20年)のことです。
ショートニングは、19世紀末のアメリカで、ラード(豚脂)の代用品として誕生しました。当初は「ラードコンパウンド」とも呼ばれていました。現在のように植物油脂を原料とした固形油脂としてのショートニングが広く普及したのは、1911年にP&G社が「クリスコ(Crisco)」という商品名で調理用固形油脂を販売して以降のことです。名称の由来は、英語の「shorten」で、「サクサクさせる」「ポロポロにする」という意味を持ちます。この語感が示すとおり、焼き菓子にもろく軽い食感を与えることがショートニングの最大の特徴として認識されてきました。
原材料の違い
マーガリンの主原料は、大豆油、菜種油(キャノーラ油)、コーン油、パーム油、紅花油などの植物油脂です。これに加えて、水、粉乳や発酵乳などの乳成分、食塩、乳化剤、香料、着色料(カロテンなど)、ビタミンA・Dなどの栄養強化剤が配合されます。油脂と水という本来混じり合わない成分を安定的に結合させるために乳化剤(レシチンなど)が使用される点が、マーガリンの製造において重要なポイントです。
ショートニングの原材料は、JAS規格上「食用油脂に限る」と定められており、極めてシンプルです。大豆油、菜種油、パーム油などの植物油脂が主に使用されますが、製品によっては牛脂や豚脂などの動物油脂が配合されるケースもあります。水分や乳成分は一切含まれず、乳化剤も基本的には不要です。窒素ガスを混入して可塑性(クリーム状の性状)を持たせることが一般的ですが、液体状や粉末状の製品も存在します。
製法の違い
マーガリンの製造工程は、大きく分けて「原料の計量・配合」「乳化」「殺菌」「急冷練り合わせ」「充填」「検査」の6段階で構成されます。まず油脂相(植物油脂に乳化剤・香料・色素等を溶かしたもの)と水相(水に粉乳・食塩等を溶かしたもの)をそれぞれ調合し、両者を混ぜ合わせて乳化します。この乳化液を殺菌処理した後、急速冷却しながら練り合わせることで、なめらかで可塑性のあるテクスチャーが形成されます。油脂の結晶構造をコントロールするこの「急冷練り合わせ」の工程が、マーガリン独特のなめらかさと塗りやすさを生み出す鍵です。
ショートニングの製造は、マーガリンに比べてよりシンプルです。精製した食用油脂を配合・溶解し、急冷しながら練り合わせ、窒素ガスを混入して固形状に仕上げます。水相との乳化工程が存在しないため、工程そのものが簡素で、得られる製品はほぼ100%油脂で構成された均一な組織となります。
風味・色・形状の違い
マーガリンは、乳成分や食塩、香料が配合されているため、バターに似た風味と香り、淡い黄色の色調を持っています。家庭ではパンに塗ってそのまま食べることが広く行われており、トーストとの相性の良さは多くの人に親しまれています。お菓子づくりにおいては、バターの代用として風味を付加する目的で使われることが多く、完成品にほんのりとした乳風味やコクが加わります。
ショートニングは、白色で無味無臭です。それ自体に風味がないことが最大の特徴であり、素材の味や香りを邪魔しません。お菓子づくりにおいては、小麦粉や砂糖、バニラなど他の原材料の風味をそのまま活かしたい場合に重宝されます。そのまま食べることは想定されておらず、あくまで製菓・製パンの素材として使用されます。
お菓子づくりにおける効果と使い分け
お菓子づくりにおいて、マーガリンとショートニングはそれぞれ異なる効果をもたらします。
マーガリンは約15〜17%の水分を含んでいるため、生地に練り込むと水分が蒸発する過程でふくらみが生まれ、しっとりとした仕上がりになりやすい傾向があります。風味やコクを付加できるため、マドレーヌ、パウンドケーキ、スコーンなど、バター風味を求めるお菓子のバター代替として使われることが多いです。ただし水分を含む分、焼き上がりのサクサク感はショートニングに比べるとやや劣る場合があります。
ショートニングは油脂含有率がほぼ100%であり、水分をほとんど含みません。生地に練り込むと、油脂が小麦粉のグルテン形成を抑制し、薄いフィルム状になってでんぷんや糖類の結着を妨げることで、サクサク、ポロポロとした軽い食感(ショートネス)を与えます。この性質は「ショートニング性」と呼ばれ、クッキー、ビスケット、パイ、タルトなどの焼き菓子には不可欠な特性です。また、揚げ油として使用すると衣がカラッと仕上がり、ドーナツやフライドポテトの製造にも広く活用されています。無味無臭であるため他の素材の風味を活かせる反面、ショートニングだけではコクや風味に乏しい仕上がりになるため、バターや香料と組み合わせて使用するケースも多く見られます。
プロのパティシエや製パン職人の間では、バターの風味を活かしつつコストを抑えたい場合にマーガリンを、軽い食感を最優先にしたい場合にショートニングを選ぶという使い分けが一般的です。また、両者をブレンドして使うことで風味と食感のバランスを調整するテクニックも広く行われています。
トランス脂肪酸について
マーガリンとショートニングに関して避けて通れない話題が、トランス脂肪酸の問題です。トランス脂肪酸は、植物油脂に水素を添加して固形化する「水素添加(硬化)」の過程で生成される不飽和脂肪酸の一種で、過剰摂取すると血液中のLDL(悪玉)コレステロールを増加させ、HDL(善玉)コレステロールを減少させることで、心臓病のリスクが高まるとされています。
世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)は、2003年にトランス脂肪酸の摂取量を総エネルギー摂取量の1%未満に抑えるよう勧告しています。アメリカでは2018年6月から部分水素添加油脂(PHOs)の食品への使用が原則禁止されました。
日本においては、食品安全委員会が平成18年度に実施した調査で、マーガリンのトランス脂肪酸含有量は平均7.0g/100g、ショートニングは平均13.6g/100gとされていました。しかし、これはあくまで当時の数値です。その後、日本の油脂メーカー各社は積極的にトランス脂肪酸の低減に取り組んでおり、現在は状況が大きく改善しています。例えば、ミヨシ油脂の公表データでは、マーガリンのトランス脂肪酸含有量は2006年の8.7g/100gから2014年には0.99g/100gへと大幅に低減されたとされています。現在の製品では、バターに含まれるトランス脂肪酸(約1.9g/100g)よりも少ないケースもあるほどです。
日本人の平均的なトランス脂肪酸摂取量は、総エネルギー摂取量の約0.31%(1日あたり約0.67g)であり、WHOの勧告値1%を大きく下回っています。通常の食生活を送っている限り、日本人がトランス脂肪酸を過剰摂取するリスクは低いと考えられています。ただし、脂質摂取量が増加傾向にある現代の食生活では、バランスの良い食事を心がけることが重要です。
マーガリンとショートニングの違い一覧
| 比較項目 | マーガリン | ショートニング |
|---|---|---|
| JAS規格上の定義 | 食用油脂に水等を加えて乳化し、急冷練り合わせしたもの(油脂含有率80%以上) | 食用油脂を原料とした固形状または流動状のもの(油脂含有率ほぼ100%) |
| 油脂含有率 | 80%以上 | ほぼ100% |
| 水分 | 17.0%以下(約15〜17%) | 0.5%以下 |
| 乳成分 | 含む(粉乳・発酵乳等) | 含まない |
| 色 | 淡黄色 | 白色 |
| 風味・香り | バターに似た風味がある | 無味無臭 |
| そのまま食用 | 可能(パンに塗るなど) | 不可(製菓・製パン原料として使用) |
| お菓子への効果 | 風味・コクを付加。しっとり感 | サクサク・ポロポロの軽い食感(ショートネス) |
| 主な用途 | パンに塗る、ケーキ・マドレーヌ等の風味付け | クッキー・ビスケット・パイ、揚げ油 |
| 誕生の背景 | 1869年フランス。バターの代用品 | 19世紀末アメリカ。ラードの代用品 |
まとめ
マーガリンとショートニングは、どちらも植物油脂を主原料とする加工油脂でありながら、水分・乳成分の有無という根本的な違いから、風味、食感への効果、用途が大きく異なります。マーガリンはバターに近い風味としっとり感をもたらし、ショートニングは無味無臭でサクサクの食感を引き出すという明確な個性を持っています。お菓子づくりにおいてはこの違いを理解した上で、求める仕上がりに応じて適切に選択・使い分けることが、理想的な製品づくりの鍵となるでしょう。
