材料の名前
バターは日本語では「バター」、漢字では「牛酪(ぎゅうらく)」と表記される。英語では「Butter」、フランス語では「Beurre(ブール)」、ドイツ語では「Butter(ブッター)」、イタリア語では「Burro(ブッロ)」、スペイン語では「Mantequilla(マンテキージャ)」と呼ばれる。
英語の「Butter」の語源は、ラテン語の「butyrum(ブティルム)」に遡り、さらにその源流は古代ギリシャ語の「boutyron(ボウテュロン)」にある。この「boutyron」は「bous(牛)」と「tyros(チーズ)」を組み合わせた語で、直訳すると「牛のチーズ」という意味になる。バターがチーズと並ぶ古代の乳加工食品であったことを示す、興味深い語源である。
特徴
バターとは、牛乳から分離したクリーム(乳脂肪)を撹拌(チャーニング)し、脂肪粒を集めて練り固めた乳製品である。日本の「乳及び乳製品の成分規格等に関する命令(乳等命令)」では、「生乳、牛乳又は特別牛乳から得られた脂肪粒を練圧したもの」と定義されており、成分規格として乳脂肪分80.0%以上、水分17.0%以下と定められている。100gのバターを製造するためには、約4.8リットルの原料乳が必要とされる。
常温ではわずかに黄色みを帯びた白色の固体で、主成分は乳脂肪である。ビタミンAを豊富に含むほか、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンKなどの脂溶性ビタミンも含有している。100gあたりのエネルギーは約700〜720kcalと高カロリーであり、脂肪酸のうち約7割が飽和脂肪酸で構成されている点が栄養学的な特徴となっている。
バターは種類の異なる脂肪酸を多く含むため、温度帯によって状態が大きく変わる。冷蔵庫から出したばかりの状態(約5℃)では硬く、15℃前後で可塑性のある扱いやすい状態になり、20℃程度の室温では十分に柔らかくなる。30℃前後から融解が始まり、約40℃で完全な液体(溶かしバター)となる。お菓子作りにおいて、この温度変化による性質の違いを正しく理解して使い分けることが、仕上がりを左右する重要なポイントとなる。
バターの分類は大きく4種類に分けられる。原料のクリームを乳酸菌で発酵させてから製造する「発酵バター」と、発酵させずにそのまま製造する「非発酵バター(甘性バター/スイートクリームバター)」があり、それぞれに食塩を加えた「有塩バター」と食塩を加えない「食塩不使用バター」が存在する。なお、かつて「無塩バター」と呼ばれていた製品は、原料の生乳に微量の塩分が含まれることから、現在は「食塩不使用バター」と表記するのが正式な名称である。日本で一般に流通しているバターの多くは「非発酵・有塩」または「非発酵・食塩不使用」タイプである。
お菓子作りにおいてバターが発揮する代表的な特性は、「可塑性」「クリーミング性」「ショートニング性」の3つである。可塑性とは、力を加えると自由に形を変えられる性質のことで、パイ生地の折り込みなどに活かされる。クリーミング性とは、バターを撹拌した際に空気を抱き込む性質のことで、パウンドケーキやマフィンをふんわりと膨らませる効果をもたらす。ショートニング性とは、バターが生地中に分散してグルテンの形成やデンプンの結着を抑制する性質のことで、クッキーやタルト生地のサクサクとした食感を生み出す。
用途
お菓子作りにおけるバターの用途は極めて幅広い。クッキー、サブレ、パウンドケーキ、マドレーヌ、フィナンシェ、タルト、パイ、シュー生地、バタークリーム、ガナッシュなど、洋菓子のあらゆるジャンルに欠かせない基本素材である。
バターの使い方は大きく3つのパターンに分けられる。第一に、クリーム状に練ったバターに砂糖や卵を加えて空気を含ませる方法で、パウンドケーキやバターケーキに用いられる。第二に、冷たいまま生地に切り込むように混ぜる方法で、タルトやパイ、スコーンなどサクサクした食感を目指す場合に使われる。第三に、溶かしバターとして生地に加える方法で、マドレーヌやフィナンシェのようなしっとりとした焼き菓子に適している。さらに、溶かしバターの応用として、乳たんぱく質を沈殿させた上澄みの「澄ましバター(クラリファイドバター)」や、さらに加熱して茶色く色づけた「焦がしバター(ブール・ノワゼット)」も、フィナンシェをはじめとする焼き菓子の風味付けに重要な役割を果たしている。
お菓子以外では、パンに塗るスプレッドとしての利用、料理のソテーや炒め油としての利用、ソースのベース(ブールブランなど)としての利用が一般的である。
主な原産国
世界のバター生産量は年間約1,000万トン規模にのぼる。生産量で圧倒的な世界第1位を誇るのがインドで、ギー(澄ましバターの一種)を含めると年間450万トン以上を生産している。インドでは水牛の乳から作られるバターの生産量が全体の半分以上を占めている点が特徴的である。第2位はパキスタンで約110万トン、第3位はアメリカ合衆国で約90万トンと続く。
ヨーロッパでは、フランス、ドイツ、アイルランド、オランダなどが主要生産国であり、特にフランスは品質面で世界最高峰との評価を受けている。フランスでは「AOP(原産地呼称保護)」認証を受けた高品質バターが数多く存在し、ポワトゥ=シャラント地方やノルマンディー地方のバターは世界中の菓子職人やシェフから高い支持を得ている。一人あたりの消費量で見ると、フランスが年間約8kgで世界第1位であり、バター文化の中心地と言える。
オセアニアでは、ニュージーランドがバターの大規模輸出国として知られ、牧草で育てた牛の乳から作られるグラスフェッドバターが注目されている。日本のバター生産量は年間約6万トン程度で、そのほとんどが北海道産の生乳を原料としている。国内消費量に対して自給が追いつかない場面もあり、輸入バターにも一定程度依存している。
選び方とポイント
お菓子作りに使用するバターを選ぶ際、最も重要なポイントは「食塩不使用バター」を選ぶことである。有塩バターには通常1.5〜1.8%程度の食塩が含まれており、これがお菓子の甘さや素材の風味に影響を与えてしまう。レシピに「無塩バター」と記載されている場合は、必ず食塩不使用のバターを使用すべきである。
次に注目したいのが「発酵バター」か「非発酵バター」かという選択である。発酵バターは原料クリームを乳酸菌で発酵させた後に製造するため、独特のコクと深みのある香りを持ち、クロワッサンやパイ、クッキーなどバターの風味が主役となるお菓子に向いている。一方、非発酵バターはクセのないすっきりとした味わいが特徴で、バター以外の素材の風味を活かしたいお菓子や、汎用的な用途に適している。
鮮度も重要な選択基準である。バターは脂肪分が高いため酸化しやすく、開封後は冷蔵保存で2週間程度を目安に使い切るのが望ましい。長期保存する場合は冷凍保存が有効で、適切にラップで密閉すれば約1か月程度は品質を保つことができる。購入時には製造日や賞味期限を確認し、なるべく新しいものを選ぶとよい。
また、バターの色にも産地やエサの違いが反映される。牧草を食べた牛の乳から作られるバターはβ-カロテンの影響でやや黄色味が強く、穀物飼料で育てられた牛のバターは白っぽい色合いになる傾向がある。
メジャーな製品とメーカー名
日本国内で広く流通し、お菓子作りに使われている代表的なバター製品とメーカーは以下のとおりである。
雪印メグミルク「雪印北海道バター」
日本で最も知名度の高いバターブランドの一つである。北海道産の新鮮な生乳を100%使用しており、有塩タイプと食塩不使用タイプの両方が販売されている。スーパーマーケットで最も手に入りやすいバターとして、家庭用から製菓用まで幅広く利用されている。
よつ葉乳業「よつ葉バター」
北海道十勝地方を拠点とするよつ葉乳業が製造するバターである。北海道産の良質な生乳のみを使用し、濃厚なミルクの風味とコクが特徴。食塩不使用タイプに加え、「よつ葉発酵バター」も展開しており、お菓子作り愛好家やプロのパティシエからも根強い人気を誇っている。
明治「明治北海道バター」
日本の家庭で広く親しまれている定番製品である。まろやかな風味とクセのない味わいが特徴で、製菓・料理の両方に使いやすいバターとして定評がある。
アサヒグループ食品(カルピス株式会社)「カルピス(株)特撰バター」
「幻のバター」とも称される高品質バターである。乳酸菌飲料「カルピス」の製造工程で生じる乳脂肪分を原料として作られるため、1個(450g)のバターを作るのに「カルピス」約35本分の生乳が必要とされるほど希少性が高い。雪のように白い外観、雑味のないすっきりとした味わい、なめらかな口溶けが特徴で、1963年の発売以来、プロのシェフやパティシエから絶大な信頼を得ている。食塩不使用タイプと有塩タイプ、さらに発酵バタータイプも展開されている。
エシレ(Échiré)
フランス・ポワトゥ=シャラント地方のエシレ村で1894年から伝統製法で作られている発酵バターのブランドである。AOP(原産地呼称保護)認証を受けた製品で、木製チャーン(撹拌機)を用いた昔ながらの製法によるクリーミーな口あたりと芳醇な香りが世界的に高く評価されている。日本では片岡物産が輸入販売を手がけ、東京・丸の内には専門店「エシレ・メゾン デュ ブール」も展開されている。
このほか、フランスのボルディエ(Bordier) は手ごねで仕上げる職人仕立ての高級バターとして知られ、ニュージーランドのフォンテラ社が製造するグラスフェッドバター、北海道の高千穂発酵バターなども、製菓業界で広く使用されている。
歴史・由来
バターの歴史は非常に古く、その正確な起源は定かではない。現在知られている最古の記録として、紀元前3500年頃のメソポタミア(現在の中東地域)の石板に、牛乳を搾ってバターと思われるものを作っている人々の姿が描かれている。また、紀元前4000年頃のイスラエルの遺跡からは、バターを作るための道具と推定される土器が出土している。紀元前2000年頃のインドの経典にも、バターらしきものが作られていたという記録が残されている。
紀元前500年頃、古代ギリシャの歴史家ヘロドトスは「馬や牛の乳を木の桶に入れ、激しく振動させ、表面に浮かび上がった脂肪部分をすくい取ってバターをつくった」と記述しており、この時代にはすでに食用バターの製造が行われていたことがうかがえる。古代アラビアでも革袋に乳を入れ、それを振動させてバターを製造していたことが知られている。
古代においてバターは食用としてだけでなく、医薬品や化粧品としても広く用いられていた。食用としての本格的な利用は紀元前60年頃からとされている。中世ヨーロッパでは、北ヨーロッパを中心にバターの生産と消費が広がり、特に酪農が盛んな地域では重要な食品および交易品となっていった。フランスをはじめとするヨーロッパの菓子文化の発展において、バターは不可欠な存在であり、クロワッサン、ブリオッシュ、パイ、サブレなど数々の名菓がバターの風味を核として生み出された。
日本におけるバターの歴史は、古くは6世紀頃に大陸から伝来した「醍醐(だいご)」や「蘇(そ)」がバターに近い乳加工品であったとされるが、近代的なバター製造の始まりは明治時代である。1872年(明治5年)、東京・麻布にあった北海道開拓使第3官園実習農場で試験的にバターが製造されたのが、日本における近代バター製造の幕開けとされている。本格的な製造は1885年(明治18年)、東京・麹町の北辰舎がクリーム分離機と回転式チャーンを導入して開始した。
北海道では大正14年(1925年)、629人の酪農家が出資して北海道製酪販売組合が設立され、商標「雪印」のもとでバター製造が本格化した。これがのちの雪印メグミルクの前身である。以降、日本の酪農とバター製造は北海道を中心に発展し、現在に至るまで日本のバター生産量の大半を北海道が担っている。
なお、2008年前後には乳牛の生産調整や飼料価格の高騰などの要因が重なり、日本国内でバター不足が深刻化した。以降も周期的に供給不安が発生することがあり、バターの安定供給は日本の食品業界における重要課題の一つとなっている。
