材料の名前
日本語では「生クリーム」、あるいは「フレッシュクリーム」「純生クリーム」と表記される。英語では “heavy cream”(ヘビークリーム)や “whipping cream”(ホイッピングクリーム)、フランス語では “crème fraîche”(クレーム・フレーシュ)や “crème”(クレーム)、ドイツ語では “Sahne”(ザーネ)、イタリア語では “crema”(クレーマ)と呼ばれる。
「cream」の語源は、古フランス語の “crème” にさかのぼり、さらにラテン語の “crema”(牛乳表面に浮かぶ脂肪の層)に由来するとされている。日本で「生」の字が冠されるようになったのは、1960年代以降に冷蔵庫が家庭に普及し、それまで主流だったバタークリームに代わって新鮮な乳脂肪のクリームが広まったことがきっかけである。加熱処理を経た従来のクリームと区別するために「生」と呼ばれるようになったという説が有力だ。
なお、フランス語で泡立てた甘いクリームを指す “crème Chantilly”(クレーム・シャンティイ)も、製菓の世界ではなじみ深い名称である。
特徴
生クリームとは、生乳から乳脂肪分だけを取り出した乳製品を指す。日本では「乳及び乳製品の成分規格等に関する命令」(通称:乳等命令)によって、「生乳、牛乳又は特別牛乳から乳脂肪分以外の成分を除去したもの」と定義されており、乳脂肪分は18.0%以上であることが求められている。パッケージの種類別欄に「クリーム」と記載できるのは、この基準を満たし、かつ植物性油脂や乳化剤、安定剤などの添加物を一切含まない製品だけだ。
市販の製菓用生クリームは、乳脂肪分35%から47%程度のものが中心となる。乳脂肪分が高いほどコクが強く、泡立てたときに固くしっかりした状態を保ちやすい。反対に乳脂肪分が低いものは口当たりが軽やかで、多くの空気を抱き込めるため、ムースのようなふんわりとした食感のお菓子に向いている。
生クリームの色は、やや黄みがかった淡いクリーム色をしているのが自然な状態だ。これは乳脂肪に含まれるβ-カロテンによるもので、牛の飼料や季節によっても色味に微妙な差が生まれる。
また、乳脂肪は温度に対してとても敏感な性質を持つ。融点は30℃前後で、これを超えると泡が崩れやすくなる。逆に冷やしすぎると固まりやすくなるため、泡立て作業では5~8℃程度の温度帯を保つことが理想とされる。撹拌しすぎるとバターと乳清(ホエー)に分離してしまうため、泡立ての加減が非常に大切だ。
ここで混同しやすいのが、いわゆる「ホイップクリーム」との違いである。植物性油脂を配合したものや、乳化剤・安定剤を添加したものは、乳等命令上「クリーム」とは表示できず、「乳又は乳製品を主要原料とする食品」に分類される。スーパーの売り場では「ホイップ」「フレッシュ」などの商品名で販売されており、価格が手ごろで泡立てやすく保形性にも優れるため、初心者の製菓にはこちらのほうが扱いやすい場合もある。ただし、乳脂肪100%の純生クリームと比べると、風味やコクには明らかな差がある。
用途
お菓子づくりの現場で生クリームが果たす役割は幅広い。代表的な用途をいくつか挙げてみよう。
まず、もっとも身近なのは泡立ててホイップクリームにする使い方だ。ショートケーキのデコレーションやサンド、シュークリームの中身、パフェのトッピングなど、洋菓子を華やかに仕上げるには欠かせない。砂糖とバニラを加えて泡立てたものは、フランス菓子の世界では「クレーム・シャンティイ」と呼ばれ、フルーツやタルトに添えられる。
次に、チョコレートと合わせてガナッシュをつくる用途がある。温めた生クリームを刻んだチョコレートに注いで乳化させることで、トリュフの中身やケーキのグラサージュ(上掛け)に使うなめらかなクリームが完成する。ガナッシュの仕上がりは生クリームの乳脂肪分と温度管理で大きく変わるため、プロのショコラティエは脂肪分の選定に細心の注意を払う。
さらに、カスタードクリームに生クリームを合わせた「クレーム・ディプロマット」、ムースやババロアのベースに加える方法、プリンやパンナコッタの生地に混ぜ込む使い方など、生クリームは製菓のあらゆる工程に登場する。アイスクリームの原料としても欠かせない素材で、乳脂肪の含有量がアイスクリームの濃厚さとなめらかさを左右する。
お菓子以外にも、スープやパスタソースの仕上げ、キッシュの生地などの料理分野でも活躍する。コーヒーや紅茶に少量加えれば、飲み物にまろやかなコクが生まれる。
主な原産国・産地
生クリームの原料は生乳であるため、酪農が盛んな国や地域が主要な産地となる。世界的に見ると、EU圏ではフランスとドイツが生乳生産量の上位に位置し、特にフランスは乳製品の伝統と技術の両面で世界をリードしてきた歴史を持つ。EU域外では、ニュージーランドが世界最大級の乳製品輸出国として知られ、広大な牧草地を活かした放牧酪農から良質な乳製品を生み出している。アメリカも生乳の生産量は世界トップクラスであり、ウィスコンシン州やカリフォルニア州が主要な酪農地帯だ。
日本国内では、北海道が圧倒的な生乳生産量を誇る。冷涼な気候が乳牛の飼育に適しており、十勝地方や根釧(こんせん)地方を中心に高品質な生乳が生産されている。国内の製菓用生クリームも、原料に「北海道産生乳100%使用」をうたう製品が多い。そのほか、岩手県や栃木県、熊本県なども酪農が盛んな地域であり、九州産の生乳を原料とした生クリームも流通している。
選び方とポイント
生クリームを選ぶ際にまず確認したいのは、パッケージ裏面の「種類別」表示だ。「クリーム」と書かれていれば乳脂肪100%の純生クリームであり、添加物は含まれていない。一方、「乳等を主要原料とする食品」と表示されている場合は、植物性油脂や安定剤が配合された製品ということになる。
乳脂肪分の数値は、つくりたいお菓子に合わせて選ぶのが基本だ。ショートケーキのナッペ(塗り)やデコレーションには、乳脂肪分42~47%程度の中~高脂肪タイプが適している。しっかりとした保形性があり、ケーキの表面をなめらかに仕上げやすいからだ。一方、ムースやババロアのようにふわっと軽い食感を出したい場合は、35~38%程度の低脂肪タイプのほうが空気をたくさん含んで仕上がる。ガナッシュやクレーム・ブリュレなど、泡立てずに液状のまま使う場面では、つくるお菓子のレシピに指定された脂肪分を選ぶとよい。
購入時には賞味期限のチェックも忘れずに行いたい。純生クリームは添加物を含まないぶん、賞味期限が短い傾向にある。未開封で冷蔵保存した場合でもおおむね10日前後が目安であり、開封後はできるだけ早く使い切ることが望ましい。
保管場所は冷蔵庫の奥が理想的で、ドアポケットは開閉による温度変化が大きいため避けたほうがよい。振動や衝撃を加えると脂肪分が凝固しやすくなるので、静かに保管するのもポイントだ。
もう一つ、意外と見落としがちなのが「合わせる素材との相性」である。中沢乳業のプロ向け解説でも触れられているように、たとえばイチゴのショートケーキには乳脂肪分40%以上の濃厚なクリームが合う一方、バナナのように甘みの強いフルーツと組み合わせる場合は、脂肪分を控えめにしたほうがお菓子全体の味のバランスが整うケースもある。素材との相性を意識しながら脂肪分を選ぶと、仕上がりのレベルがぐっと上がる。
メジャーな製品とメーカー名
日本国内で入手しやすい製菓用生クリームの代表的なメーカーと製品を紹介する。
まず、タカナシ乳業。「特選北海道純生クリーム47」「特選北海道純生クリーム42」「特選北海道純生クリーム35」など、乳脂肪分別にラインナップが充実しており、家庭用の200mlパックから業務用の1Lパックまでそろう。スーパーやお菓子の材料専門店で広く流通しているため、一般の家庭でも手に入りやすい。北海道産生乳を使用し、乳の風味がしっかり感じられると定評がある。
中沢乳業は、明治元年(1868年)の創業以来、業務用生クリームの分野で長い歴史を持つ老舗メーカーだ。「フレッシュクリーム36%」「フレッシュクリーム45%」などの純生クリームに加え、1994年には日本初のクロテッドクリーム「中沢クロテッド」を開発したことでも知られる。多くのホテルやパティスリーで採用されており、プロのパティシエからの信頼が厚い。9月6日を「生クリームの日」として記念日登録したのも同社である。
明治(meiji)は「北海道十勝フレッシュクリーム35」「北海道十勝フレッシュクリーム45」などを展開している。北海道十勝産の生乳を100%使用し、業務用サイズの1Lパックが中心だ。
よつ葉乳業も北海道を拠点とする乳業メーカーで、「よつ葉ノーザンハーツ十勝純生クリーム47」などの業務用製品を製造している。北海道の生乳にこだわった品質の高さに加え、安定した供給力で業務用市場から支持を集めている。
オーム乳業は九州を拠点とするメーカーで、「ピュアクリーム35」「ピュアクリーム42」「ピュアクリーム48」などの製品を展開している。九州産の生乳を使い、その真っ白な色合いと軽やかな口どけに根強いファンがいる。
南日本酪農協同(高千穂ブランド)も九州産の生乳を原料にした「高千穂フレッシュ45」「高千穂フレッシュ38」などを販売しており、こちらも業務用を中心に流通している。
家庭用として手に取りやすいものでは、タカナシ乳業の「北海道純生クリーム35」(200ml)や「おうちパティシエ35」などが、全国のスーパーで比較的入手しやすい。初めてお菓子づくりに挑戦する方は、まずはこうした200ml入りの小容量パックから試してみるとよいだろう。
歴史・由来
生クリームの歴史は、人間が牛を家畜化した時代にまでさかのぼることができる。搾った乳を容器に入れて静かに放置しておくと、脂肪分が上層に分離して濃厚な層をつくる。古代の牧畜民がこの現象を発見し、自然発生的に「クリーム」を利用し始めたのは想像に難くない。
ヨーロッパでは中世以降、クリームやバター、チーズなどの乳製品が食文化の柱として発展した。とりわけ転機となったのが、16世紀のイタリアで記録に残された「ミルクの雪」(neve di latte)と呼ばれるレシピだ。これはクリームを泡立てて軽い食感に仕上げたもので、現在のホイップクリームの原型とされている。
フランスにおいてホイップクリームが名声を得たのは、17世紀のことだ。パリ北方にあるシャンティイ城で、コンデ公に仕えた料理人フランソワ・ヴァテールが、ルイ14世をもてなす宴席のために砂糖と香料を加えた軽やかなクリームを供したと伝えられている。この故事から、泡立てた甘いクリームを「クレーム・シャンティイ」(Crème Chantilly)と呼ぶ慣習が定着した。ただし、ヴァテールがホイップクリームそのものを「発明」したかどうかについては異説もあり、歴史家の間で議論が続いている点は付記しておきたい。
19世紀に入ると、工業的な遠心分離技術が確立され、クリームの大量生産が可能になった。スウェーデンのグスタフ・ド・ラバルが1878年に実用化した連続式遠心分離機は、乳業の近代化に決定的な役割を果たした。この技術によって、乳脂肪分を正確にコントロールした均質なクリームを効率的に製造できるようになったのである。
日本に目を向けると、明治期の文明開化とともに西洋の食文化が流入し、牛乳やクリームも少しずつ知られるようになった。中沢乳業の前身である中澤牛乳店が1868年に東京・新橋で牧場を開業し、やがて業務用生クリームの製造・販売へと事業を拡大していった経緯は、日本の生クリーム史において欠かせないエピソードだ。1924年には同社が業務用生クリームの本格的な生産を開始している。
しかし、当時の日本では冷蔵設備が十分に普及しておらず、ケーキのクリームといえば常温で保存がきくバタークリームが主流だった。生クリームのケーキが一般に広まるのは、1960年代に家庭用冷蔵庫が急速に普及して以降のことである。冷蔵ケースを備えたケーキ屋が各地に誕生し、バタークリームに代わって生クリームを使ったショートケーキが「ケーキの定番」として国民的な人気を獲得していった。この転換は、日本の洋菓子文化における最大級の変革のひとつといえるだろう。
現在では、北海道産の良質な生乳を原料とした純生クリームが国内外のパティシエから高い評価を受けており、日本のケーキ文化を支える基盤となっている。
