材料の名前
日本語では「ホイップクリーム」と表記される。英語では whipped cream(ホイップドクリーム)と呼ばれ、whipは「泡立てる」を意味する動詞で、whippedはその過去分詞形、つまり「泡立てた」という意味にあたる。フランス語では crème fouettée(クレーム・フーエッテ)が一般的な呼称で、砂糖やバニラで甘味や香りをつけたものは crème chantilly(クレーム・シャンティイ)と呼ばれることが多い。ドイツ語では Schlagsahne(シュラークザーネ)、イタリア語では panna montata(パンナ・モンタータ)、スペイン語では crema batida(クレマ・バティーダ)と表現される。
なお、日本の食品表示では「ホイップクリーム」と「生クリーム」は明確に区別されている。生乳から取り出した乳脂肪のみを原料とし、添加物を含まないものだけが種類別「クリーム」と表記でき、いわゆる「純生クリーム」として扱われる。一方、植物性油脂を主体に乳化剤や安定剤を加えたものは「乳等を主要原料とする食品」に分類され、商品名に「ホイップ」と付けて販売されるケースが一般的だ。ただし本来の英語における whipped cream は、乳脂肪のクリームを泡立てたものを指す。この記事では、泡立て用クリーム全般を「ホイップクリーム」として幅広く扱う。
特徴
ホイップクリームの最大の特徴は、空気を抱き込んだ軽やかな食感にある。乳脂肪分30%以上のクリームを撹拌すると、脂肪球の表面の膜が壊れて互いにつながり、そのネットワークの中に気泡が閉じ込められる。この構造によって、撹拌前のおよそ2倍のかさに膨らみ、なめらかでふんわりとした口どけが生まれる。
動物性の純生クリームで作ったホイップクリームは、ミルク由来の豊かなコクと風味が持ち味だ。乳脂肪分の割合によって仕上がりの質感が変わり、35%前後のものは軽くてやわらかく、45%を超えるものはしっかりとした硬さが出て保形性に優れる。つまり、乳脂肪分が高いほど泡立ちが速く、角が立ちやすい。逆に乳脂肪分が低いと、ふわっとした軽い口あたりになる代わりに、形が崩れやすくなる傾向がある。
植物性油脂ベースのホイップクリームは、動物性に比べて色が白く、安定剤の効果によって泡持ちがよい。価格も抑えられるため、大量に使う業務用の場面で重宝されている。ただし、ミルクのコクや余韻といった風味は動物性に及ばず、後味にわずかな油っぽさを感じることもある。
両者の長所を組み合わせた「コンパウンドクリーム」も存在する。これは動物性と植物性をブレンドしたもので、程よいコクと扱いやすさを両立させた製品として、家庭用・業務用の両方で流通している。
温度管理もホイップクリームの仕上がりを左右する要素だ。脂肪球は低温で固まりやすい性質を持つため、クリームは使う直前まで冷蔵庫でしっかり冷やしておく必要がある。ボウルや泡立て器も冷やしておくと、より安定した泡が立つ。室温が高い環境で作業すると脂肪球が軟化し、泡が崩れやすくなるので注意したい。
さらに、撹拌のしすぎにも気をつけなければならない。泡立てを通り越して撹拌を続けると、脂肪球同士が密着しすぎてコロイド構造が壊れ、最終的にはバターと水分(バターミルク)に分離してしまう。
用途
お菓子作りにおけるホイップクリームの用途は多岐にわたる。もっとも身近な使い方は、ショートケーキに代表されるデコレーションだろう。スポンジケーキの表面にナッペ(塗る作業)を施し、絞り袋でバラや貝殻模様を描くといった仕上げ作業は、ホイップクリームなしには成り立たない。
ムースやババロアの生地にも、泡立てたクリームは欠かせない。ゼラチンや卵を使ったベースに、ホイップクリームを折り込むことで、ふんわりとした軽い食感が実現する。ティラミスの層を構成するマスカルポーネクリームにも、ホイップクリームが加わることで空気感が出る。
シュークリームやエクレアのフィリング(中身)として、カスタードクリームとホイップクリームを混ぜ合わせた「クレーム・ディプロマット」がある。カスタードの濃厚さにホイップクリームの軽さが加わり、口の中でスッと溶ける上品な味わいになる。
飲み物のトッピングとしての需要も大きい。カフェで提供されるウインナーコーヒーやフラペチーノ系のドリンクには、ホイップクリームが山のように盛られる。ココアやホットチョコレートに浮かべる使い方も定番だ。家庭ではパンケーキやワッフル、フルーツパフェの飾りつけとしても活躍する。
和菓子の世界でも、生クリーム大福やクリームどら焼きなど、ホイップクリームを取り入れた和洋折衷のスイーツが人気を集めている。あんことクリームの組み合わせは、日本独自のスイーツ文化として定着した。
主な原産国
ホイップクリームの原料となる乳製品は、酪農が盛んな地域で生産されている。クリーム(フレッシュクリーム)の生産量で見ると、ドイツ、フランス、ポーランドといったヨーロッパの酪農大国が上位に並ぶ。アメリカ合衆国はホイッピングクリームの生産量で世界最大規模を誇り、国内の巨大な消費需要を国内生産で支えている。
ニュージーランドやオーストラリアは乳製品の輸出大国として知られ、アジア各国へのクリーム原料の供給元としても存在感が大きい。日本国内で使用される生クリームの原料乳は、主に北海道産が中心だ。北海道は日本の生乳生産量のおよそ半分以上を占めており、国内メーカーの多くが北海道産の原料クリームを看板商品に据えている。
植物性ホイップクリームの主原料であるパーム油やヤシ油は、マレーシアやインドネシアが主要産出国にあたる。植物性クリーム製品は、これらの油脂を加工して乳化・調合する工程を経て製品化される。
選び方とポイント
ホイップクリームを選ぶ際にまず確認したいのは、パッケージの「種類別」表示だ。「クリーム」と記載されていれば、生乳由来の乳脂肪100%の純生クリーム。「乳等を主要原料とする食品」であれば、植物性油脂を含むか、添加物が入ったタイプとなる。
乳脂肪分の割合も選択の大きな基準になる。デコレーションケーキのナッペや絞りに使うなら、乳脂肪分42〜47%あたりが扱いやすい。しっかりとした硬さが出るため、形崩れしにくく、絞りのラインがきれいに残る。一方、ムースやパンケーキのトッピングのように、軽い食感を求める場合は、乳脂肪分35%前後のものが向いている。ふわっとした仕上がりになり、口の中でなめらかに溶けていく。
純生クリームは賞味期限が短く、開封後はできるだけ早く使い切る必要がある。購入時には製造日や賞味期限を必ず確認しよう。スーパーの棚で見比べるときは、容器が膨張していないか、保管温度が適切か(要冷蔵で10℃以下が基本)もチェックしたい。
植物性タイプやコンパウンドタイプは保存期間が比較的長めで、価格も手ごろだ。たくさん使うイベント時や、頻繁にお菓子を作る人には選択肢に入る。ただし、風味の面では純生クリームに劣るため、ここぞという場面では動物性を選ぶのがおすすめだ。
スプレー缶タイプのホイップクリームは、亜酸化窒素ガスの圧力でクリームを泡立てながら噴出する仕組み。手軽に使える反面、保形性はやや弱く、時間が経つとへたりやすい。デコレーションよりも、飲み物やパンケーキへのちょい足し向きと考えるとよい。
冷凍タイプの「フローズンホイップ」も流通しており、必要な分だけ解凍して使えるため、業務用だけでなく家庭でも便利に使える。解凍は冷蔵庫でゆっくり行うのが基本で、電子レンジでの急速解凍は品質を損なう原因になる。
メジャーな製品とメーカー名
日本のスーパーや製菓材料店で手に入る代表的な製品とメーカーを紹介する。
タカナシ乳業(高梨乳業)は、「特選北海道純生クリーム」シリーズで知られ、乳脂肪分35%・42%・47%のラインナップがある。北海道産の原料乳を使用した純生クリームで、パティシエからの評価も高い。家庭向けには200ml、業務向けには1000mlパックが展開されている。
中沢乳業は、プロのパティシエやシェフに愛用者が多いメーカーだ。「中沢フレッシュクリーム」は36%・42%・45%など脂肪分別にラインナップが揃い、さらに北海道産原料にこだわった「北海道フレッシュクリーム」シリーズ、最高峰の「スーパーフレッシュクリーム」シリーズも展開している。製菓専門店やオンラインショップでの流通が中心だ。
雪印メグミルクは、家庭向けの「北海道フレッシュクリーム」(純生タイプ)のほか、植物性脂肪の「ホイップ 植物性脂肪40%」を販売している。スーパーで手軽に購入できるため、家庭のお菓子作りで目にする機会が多い。
スジャータめいらくグループは、「スジャータホイップ」や「スプレーホイップ」、「豆乳入りホイップ」など、幅広いラインナップを持つ。とくにスプレー式ホイップクリームは、缶を振って押すだけで使えるため、手軽さで根強い人気がある。乳製品を使わない豆乳入りタイプは、アレルギー対応の場面で選ばれることが多い。
よつ葉乳業は北海道を拠点とする乳業メーカーで、「よつ葉の北海道十勝純生クリーム」シリーズを展開している。北海道十勝産の生乳を使用しており、産地のブランド力と品質の安定感に定評がある。
このほか、業務用では月島食品工業やオーム乳業、森永乳業なども大きなシェアを持っている。月島食品工業は植物性ホイップクリームの開発に力を入れており、生クリームに近い風味を再現した製品を多く手がけている。
歴史・由来
ホイップクリームの歴史をたどると、16世紀のヨーロッパに行き着く。クリストフォロ・ディ・メッシスブーゴが1549年にフェラーラで著した料理書には、甘味や香りをつけて泡立てたクリームのレシピが記されていた。当時、このような泡立てたクリームは neve di latte(イタリア語で「牛乳の雪」)と呼ばれていた。1570年にはローマの料理人バルトロメオ・スカッピのレシピにも登場しており、16世紀のイタリアではすでに上流階級の食卓を飾る存在だったことがうかがえる。
フランス語でホイップクリームを意味する crème fouettée という表現は1629年に記録が残っている。英語の whipped cream という用語は1673年が初出とされ、whipという語が料理用語として使われ始めたのは1670年頃のことだった。17世紀まで「スノー・クリーム(snow cream)」という表現も用いられていた。
当時の泡立て作業は非常に手間のかかるものだった。自然に分離した牛乳の上澄みのクリームを、ヤナギの枝やイグサの茎などで根気よくかき混ぜ、表面にできた泡をすくい取っては残りの液体を流すという工程を、1時間以上繰り返していたという。
フランスでは、17世紀のシャンティイ城にまつわる逸話がよく知られている。大コンデ公のメートル・ドテル(給仕長)を務めた料理人フランソワ・ヴァテール(1631〜1671年)が、クレーム・シャンティイの考案者として語られることが多い。しかし、Wikipediaの記述によれば、ヴァテールとクレーム・シャンティイの結びつきは「しばしば不正確に、証拠もなく言及される」ものであり、シャンティイの名がホイップクリームに結びつけられた表現の初出は18世紀半ばとされている。つまり、ヴァテール起源説は伝説的な性格が強く、歴史的に立証されたものではない。「クレーム・シャンティイ」の名は、美食の象徴としてのシャンティイ城の名声にちなんで広まった可能性が高いとされる。
19世紀に入ると、ホイップクリームの環境は大きく変わった。遠心分離機(セパレーター)の発明により、牛乳から乳脂肪を効率的に取り出せるようになり、高脂肪のクリームが安定して供給されるようになった。これにより、泡立て作業の時間は大幅に短縮され、品質も格段に向上した。同じ頃のレシピ本では、泡を安定させるためにトラガカント・ガムやゼラチン、泡立てた卵白を加える手法も紹介されていた。
1930年代には、亜酸化窒素ガスを使ってクリームを泡立てる「ホイッピング・サイフォン」が発明された。チャールズ・ゲッツとマーシャル・レイネックがほぼ同時期に開発し、特許をめぐる法廷争いにまで発展している。この技術はその後、スプレー缶式のホイップクリームとして商品化され、手軽に使えるホイップクリームの普及に大きく貢献した。
日本においては、1923年に生クリームの工業的製造が始まったとされる。第二次世界大戦後の洋菓子文化の広まりとともに生クリームの需要は急拡大し、1960年代にスーパーマーケットの冷蔵設備が普及すると、家庭でもケーキやクリームを楽しむ文化が根づいていった。1970年代以降は泡立て済みのホイップクリーム製品や紙パック入りのクリームが次々と登場し、家庭でのお菓子作りはぐっと身近なものになった。
さらに近年は、植物性油脂を原料としたホイップクリームの品質向上が著しい。マーガリンがバターの代替として発展したように、植物性ホイップクリームも動物性の生クリームの風味に近づける技術開発が進められている。乳アレルギーへの対応やヴィーガン需要、コスト面での優位性から、業務用・家庭用を問わず市場は拡大傾向にある。
