材料の名前(日本語・外国語)
日本語では「パラチニット」と呼ばれ、正式な化学名は「還元パラチノース」である。英語圏では「Isomalt(イソマルト)」の名で広く知られており、EUの食品添加物番号はE953が割り当てられている。ドイツ語圏では開発元の商標にちなんで「Palatinit」と表記されることが多い。フランスの製菓業界でも「isomalt」の綴りがそのまま用いられ、世界の洋菓子レシピに頻繁に登場する素材だ。日本国内では、DM三井製糖株式会社が「パラチニット」を登録商標として使用しており、製菓材料の販売店やオンラインショップではこの名称で流通している。
特徴
パラチニットは、砂糖(ショ糖)を出発原料として製造される糖アルコールの一種である。見た目は白色の結晶で、砂糖と似た外観をしているが、その物性や体内での代謝は砂糖と大きく異なる。
まず注目したいのがカロリーだ。砂糖が1gあたり4kcalであるのに対し、パラチニットは1gあたり2kcalと、ちょうど半分のエネルギー値しか持たない。甘味度もまた砂糖のおよそ半分程度で、まろやかでスッキリとした甘さが特徴だ。後味にクセや苦みがなく、素材の風味を邪魔しないため、フルーツやハーブなど繊細な香りを活かしたお菓子づくりに向いている。
パラチニットの物理的な性質で、製菓の現場からとくに評価されているのが「低吸湿性」である。砂糖やソルビトールなどの甘味料は空気中の水分を吸収してべたつきやすいが、パラチニットは湿度が高い環境でも表面がさらさらのまま保たれる。この性質のおかげで、ハードキャンディや飴細工が夏場の高温多湿な条件下でもべとつかず、保存性や見た目の美しさが長時間維持される。
熱安定性の高さも見逃せない。砂糖を160℃まで加熱すると、急速にカラメル化と分解が進み、色が濃く変化する。DM三井製糖の公開データによれば、160℃で加熱した場合、砂糖の残存率が37.5%まで低下するのに対し、パラチニットは96.6%がそのまま残るという結果が示されている。つまり、高温で加熱しても色がつきにくく、分解しにくい。この特性が、透明で美しいガラスのような飴を仕上げるうえで欠かせないのだ。
酸に対する安定性も優れている。砂糖は酸性条件下に置くとわずか20分程度で95%以上が加水分解されてしまうが、パラチニットは同条件で分解率がわずか数%にとどまる。フルーツジュースやクエン酸を加えたお菓子でも品質が劣化しにくい理由はここにある。
さらに、パラチニットは血糖値やインスリン濃度をほとんど上昇させないことが報告されている。小腸での消化吸収が非常に緩やかなため、糖質制限に取り組む方やカロリーを気にかける方にとっても選びやすい甘味料といえるだろう。歯の健康面でも、虫歯の原因菌であるミュータンス菌の栄養源になりにくいことから、「非う蝕性(虫歯を誘発しない性質)」があるとされ、シュガーレスキャンディやガムの原料としても重宝されている。
ただし注意点もある。他の糖アルコールと同様に、一度に大量に摂取するとお腹がゆるくなることがある。目安として、1日あたり20~30gを超えるとお腹の不調を感じる人が出てくるとされるので、食べすぎには気をつけたい。もっとも、日常的に少量ずつ摂取していると体が慣れてくるという報告もある。
用途
パラチニットの用途は幅広いが、とりわけ製菓分野で存在感を発揮する。
飴細工はその代表格だ。パティシエの世界では、コンテストや高級レストランのデセールの飾りとして、花や鳥、リボンなどを飴で形作る「シュクレ・ティレ(引き飴)」や「シュクレ・スフレ(吹き飴)」「シュクレ・クレ(流し飴)」などの技法が用いられる。パラチニットで炊いた飴は透明度が高く、カラメル化が起きにくいため、着色料を加えると鮮やかで美しい色合いが素直に出る。グラニュー糖で作る飴に比べると、少しマットな質感のツヤになるものの、吸湿に強いぶん作品を長期間展示できる利点がある。パラチニットのカラメル化温度は約180℃と高いため、空気を含ませて引くと真っ白な飴に仕上がるのも特徴だ。飴細工の初心者にとっても扱いやすい素材として知られている。
ハードキャンディの製造にも適している。水飴を併用しなくても結晶化(晶出)が起きにくいため、すっきりと透明なキャンディに仕上がる。フレーバーの立ちがよく、色もきれいに出るうえ、吸湿性が低いので簡易包装でも品質を保ちやすい。
チューインガムの分野では、微粉砕が容易なパラチニットの性質を活かすことで、食感がよく風味が長続きするガムを実現できる。チョコレートに配合した場合は、砂糖に比べて甘さが控えめになるため、カカオの風味を前面に出したさっぱりとした仕上がりになる。
錠菓や糖衣菓子では、打錠性に優れた粉末タイプのパラチニットが活用される。口当たりのよいタブレットや、低吸湿性で耐酸性のある糖衣コーティングを作ることが可能だ。
ゼリーやジャムに使う場合は、単独ではなく還元麦芽糖水飴やソルビトールなど、溶解性や保水性の高い糖質と組み合わせるのが一般的である。こうすることで、フルーツ本来の色や香りを活かした美しい仕上がりになる。
製菓以外の用途にも目を向けると、卓上甘味料としてスティックタイプの商品も販売されている。固結しにくいパラチニットの性質を活かし、高甘味度甘味料と混合して顆粒状に加工した製品もある。コーヒーや紅茶に溶かして使えば、砂糖よりも穏やかな甘さを楽しめるだろう。
主な原産国
パラチニットの原料は砂糖(主にてん菜=ビート由来のショ糖)であり、製造拠点はドイツにある。DM三井製糖の公式サイトにおいても、パラチニットの製造場所はドイツ連邦共和国と明記されている。製造を担っているのは、ドイツの大手製糖グループSüdzucker(ズートツッカー)の傘下にあるBENEO GmbH(ベネオ)である。BENEOはドイツ南西部のマンハイムに本社を置き、てん菜から精製された砂糖を原料にイソマルト(パラチニット)を生産している。日本国内ではDM三井製糖がBENEOから輸入し、業務用・家庭用の各種製品として販売する流通形態をとっている。
てん菜の主要な生産地域はヨーロッパ全域に広がっており、ドイツ、フランス、ポーランドなどが主な産地だ。パラチニットという製品の原産国はドイツと覚えておけば間違いないだろう。
選び方とポイント
パラチニットを購入する際にまず確認したいのが「形状」である。主に「顆粒タイプ」と「粉末タイプ」の二種類が流通している。
顆粒タイプは粒径が0.5~3.5mm程度の白い粒状で、飴細工やハードキャンディの製造に最も多く使われる形状だ。鍋に入れて加熱・溶解する工程に適しており、粒がしっかりしているため計量もしやすい。飴細工を始めたい方は、まずこの顆粒タイプを選ぶのがよい。
粉末タイプは粒径150μm以下に微粉砕されたもので、錠菓や糖衣菓子の原料、あるいは生地に混ぜ込む用途に向いている。また、アイシングのように粒子の細かさが仕上がりに影響する場面でも役立つ。
容量は200g、500g、2kgといった小口パッケージから、業務用の25kg袋まで幅広い。家庭で飴細工を試すなら200gか500gパックで十分だ。頻繁に使う製菓教室やパティスリーであれば、コストパフォーマンスの高い大容量を選ぶとよい。
保存は常温で問題ないが、湿気を完全に遮断できる密閉容器に移し替えるのが望ましい。低吸湿性とはいえ、開封したまま長期間放置すればわずかに吸湿する可能性はある。直射日光を避けた涼しい場所で保管しよう。品質保証期限は未開封の場合で製造後3年程度とされているものが多い。
また、パラチニットと混同されやすい素材に「パラチノース」がある。パラチノースはイソマルツロースとも呼ばれる二糖類で、パラチニットの製造工程における中間体にあたる。パラチノースは水素添加される前の段階の物質であり、カロリーや血糖値への影響、物性がパラチニットとは異なるため、購入時には名称をよく確認してほしい。
メジャーな製品とメーカー名
日本国内でパラチニットを扱っている代表的な企業と製品を紹介する。
まず、原料メーカーとして最も重要な存在がDM三井製糖株式会社だ。「スプーン印」ブランドで知られるこの会社は、ドイツBENEOからパラチニットを輸入し、業務用原料および消費者向け製品の両方を展開している。業務用では「パラチニットPN」(顆粒タイプ、25kg袋)と「粉末パラチニットPNP」(粉末タイプ、20kg袋)が主力製品にあたる。消費者向けには「パラチニットスイート」というスティックタイプの卓上甘味料が販売されており、1本1.2gの個包装で20本入り、50本入り、100本入りの三種類がラインナップされている。
製菓材料の小売においては、富澤商店(TOMIZ)が「パラチニット顆粒(飴細工用のお砂糖)」として200gパックと500gパックを取り扱っている。同社の店舗やオンラインショップで手軽に購入でき、家庭向けの飴細工用素材として人気が高い。
cotta(コッタ)もまた、パラチニット顆粒を500gおよび業務用25kgの単位で販売している製菓材料の通販大手だ。cottaのウェブサイトでは製品ごとにレビューやレシピが掲載されているので、初めてパラチニットを使う人が情報収集するのにも役立つ。
海外に目を向けると、製造元であるBENEO GmbHが「ISOMALT」のブランド名で世界各国に供給している。BENEOはSüdzuckerグループの100%子会社で、イソマルトのほかにパラチノース(Palatinose)や食物繊維素材なども手がける機能性食品素材メーカーだ。欧米の製菓用品店では「Isomalt」として棚に並んでいることが多い。
歴史・由来
パラチニットの物語は、1950年代のドイツにさかのぼる。ドイツ南西部のプファルツ(Palatinate)地方にあったSüddeutsche Zucker AG(現Südzucker AG)の研究施設で、研究者ヴァイデンハーゲン(Weidenhagen)らが砂糖(ショ糖)の異性化によって得られるイソマルツロース(パラチノース)を同定・記録したのが始まりだった。この発見に由来し、プファルツ地方の英語名「Palatinate」からとって「Palatinose(パラチノース)」という商標名がつけられた。
パラチノースそのものは、ハチミツやサトウキビの搾汁にも天然で微量に含まれる糖であるが、Südzuckerはこのパラチノースを水素添加(還元)することで得られる糖アルコール、すなわちイソマルト(パラチニット)に大きな商業的可能性を見出した。
1979年、Südzuckerグループはイソマルトの製造と販売を担う子会社「Palatinit Süßungsmittel GmbH(パラチニット甘味料有限会社)」をマンハイムに設立した。社名の「Palatinit」もやはりプファルツ(Palatinate)地方に由来する。そして1989年、同社初の工業規模でのイソマルト製造プラントが稼働を開始した。
アメリカでは1990年にイソマルトの使用が認められ、FDAにGRAS(Generally Recognized As Safe=一般的に安全と認められる物質)認定の申請が行われた。その後、EU、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、メキシコ、イランなど世界各地で食品への使用が許可され、グローバルな素材へと成長していった。EUでは食品添加物番号E953が付与されている。
日本では、三井製糖(現DM三井製糖)がBENEOとの提携を通じてパラチニットを輸入・販売してきた。もともと三井製糖は岡山工場でパラチノースを自社製造していた時期もあったが、2014年にBENEOからの輸入体制に切り替える決定を行い、以後はドイツ製のパラチニットが日本市場に流通する形となっている。
2007年には、Palatinit社がOrafti社、Remy社と統合し、BENEO Groupとして再編された。現在の「BENEO GmbH」という企業名はここから始まっている。2012年時点で、世界全体でのイソマルトの年間生産量はおよそ10万トンに達したと報告されている。
飴細工の世界では、パラチニットは今やなくてはならない存在だ。国際的なパティスリーコンクールでは、出場者の多くがパラチニットを使って作品を制作している。扱いやすさ、透明度の高さ、保存性のよさ——これらの特性が、砂糖の飴とは異なる表現の幅をパティシエたちにもたらした。家庭のお菓子づくりにおいても、ステンドグラスクッキーの窓部分やキャンディ・ロリポップなど、透明感のある仕上がりを手軽に楽しめる素材として人気が広がっている。
砂糖を原料としながら砂糖とは全く異なる個性を持つパラチニットは、健康志向と美しさの両立を求める現代の製菓トレンドにぴたりと合致する素材だ。一度その使い心地と仕上がりを体験すれば、キッチンに常備したくなるお菓子の材料といえるだろう。
