材料の名前
日本語名:トレハロース 英語名:Trehalose 別名:マッシュルーム糖(きのこ類に多く含まれることに由来) 化学名:α,α-トレハロース(α-D-グルコピラノシル-(1→1)-α-D-グルコピラノシド)
分子式はC₁₂H₂₂O₁₁で、グルコース(ブドウ糖)が2分子結合した二糖類に分類される。市販の製菓用トレハロースは、白色の結晶性粉末として流通しており、見た目はグラニュー糖に近い。
特徴
トレハロースの最大の特徴は、砂糖とは異なる控えめで上品な甘さにある。製造元であるナガセヴィータの公式データによると、甘味度は砂糖(ショ糖)を100とした場合に38程度。後味が残りにくく、すっきりとした味質を持つため、素材そのものの風味を引き立てたい場面に向いている。カロリーは砂糖と同じく1gあたり約4kcalだが、甘さが控えめなぶん、砂糖と併用するケースが一般的だ。
化学的な性質として注目したいのは「非還元糖」であるという点である。砂糖やブドウ糖などの還元糖は、加熱するとアミノ酸やたんぱく質と反応して褐変を起こす(メイラード反応)。一方、トレハロースは還元基同士が結合しているため、この反応が起こりにくい。お菓子づくりの現場では、焼き色を抑えたいときや、素材の色味をきれいに出したいときに役立つ性質といえる。
熱や酸に対する安定性も高く、自然界に存在する二糖類の中でもっとも安定した糖質とされている。加熱調理や酸性の食品に加えても分解されにくいため、幅広いレシピに対応できる。
さらに、保水力の高さも大きな魅力だ。でんぷんの分子に水分をつなぎとめる働きがあるため、パンや餅、団子などの「固くなる」現象(でんぷんの老化・β化)を抑えられる。この保水力は、冷凍・解凍を繰り返す食品の品質維持にも効果を発揮する。
たんぱく質の変性を抑制する機能もあり、卵白の泡立ちを安定させたり、冷凍した肉や魚のドリップ(解凍時に出る水分)を減らしたりといった効果が報告されている。
加えて、苦味・渋味・えぐ味・生臭さといった不快な味やにおいを和らげる矯味矯臭効果も持っている。お菓子の分野では、抹茶や柑橘類などの苦味をまろやかにする目的でも使われることがある。
虫歯の原因菌(ミュータンス菌)のエサになりにくいという性質も、砂糖との違いとして覚えておきたい。
用途
お菓子づくりにおけるトレハロースの使い方は実に幅広い。以下に、代表的な用途を具体的に紹介する。
和菓子の分野では、餅・大福・団子などでんぷん系の生地に配合し、時間が経っても柔らかさを保つ目的で使われている。あんこに加えると、甘さを抑えながらもしっとりとした食感が持続する。練り切りやこなし(京菓子の生地)に使えば、乾燥を防いで美しい形を長く保てる。和菓子業界ではトレハロースの登場以降、製品の日持ちが格段に改善されたといわれている。
洋菓子では、スポンジケーキやパウンドケーキの砂糖の一部をトレハロースに置き換えることで、しっとりとしたきめ細かい仕上がりになる。クッキーやサブレに使うと、サクサク感が長持ちしやすい。メレンゲに加えると気泡が安定し、焼きメレンゲやマカロンの仕上がりが向上する。生クリームの離水(水分が分離する現象)を抑える効果もあるため、デコレーションケーキの保形性を高めたい場面でも重宝する。
パンの分野では、食パンや菓子パンに配合することで、焼き上がりのふんわり感が翌日以降も持続する。コンビニエンスストアやスーパーマーケットで販売される日配パンにも広く採用されている。
冷凍菓子やアイスクリームでは、冷凍耐性を活かして、解凍後の食感劣化を防ぐ目的で使われる。冷凍大福や冷凍ケーキなど、冷凍流通が当たり前になった現代のお菓子づくりには欠かせない存在だ。
また、お菓子以外にも、惣菜・水産加工品・畜産加工品・レトルト食品・飲料などの加工食品全般に利用されている。食品以外では、保水力を活かした化粧品の保湿成分、臓器保護液など医薬品分野、さらには切り花の延命剤や木製文化財の保存処理にまで応用が広がっている。
砂糖との置き換え比率は、お菓子の種類や目的によって異なる。製造元のナガセヴィータは、砂糖の20~40%をトレハロースに置き換えることを推奨している。家庭でのお菓子づくりでは、まず砂糖の10%程度から試してみるのが失敗しにくいとされる。いきなり大量に置き換えると、甘さが足りなくなったり焼き色がつかなくなったりするため、少しずつ調整するのがコツだ。
主な原産国・原料
現在流通しているトレハロースの原料は、トウモロコシやジャガイモなどのでんぷんである。トウモロコシを原料とする場合、その主要産地はアメリカ、ブラジル、アルゼンチンなどで、日本のコーンスターチ工場では主にアメリカ産やブラジル産のデントコーン(でんぷん用トウモロコシ)が使われている。
トレハロースの製造自体は、日本と中国が主な生産国となっている。日本では、岡山県に本社を置くナガセヴィータ(旧・林原)が世界で初めて量産化に成功し、国内市場のほぼ全体、海外市場でも高いシェアを維持してきた。ナガセヴィータの岡山機能糖質工場が主力の生産拠点であり、2009年にトレハロース専用工場を竣工、2016年に増築を行って量産体制を強化している。
中国にもトレハロースを製造するメーカーが複数存在し、近年は中国産の製品も国際市場に流通するようになった。ただし、品質や純度の面でメーカーによる差があるため、用途に応じた選定が求められる。
選び方とポイント
製菓材料としてトレハロースを選ぶ際に、押さえておきたいポイントをまとめる。
まず確認したいのは純度だ。ナガセヴィータが製造する「トレハ」の場合、トレハロース含量は無水物換算で98.0%以上と規定されている。高純度の製品を選べば、品質のばらつきが少なく安定した仕上がりが得られる。
粒度(粒の細かさ)にも注目したい。ナガセヴィータの製品ラインナップには、通常タイプの「トレハ」と、より粒子が細かい「トレハ微粉」がある。まぶし用や、生地にムラなく溶かし込みたい場合には微粉タイプが使いやすい。
容量は、家庭用であれば200g~1kgの小分けパックが各製菓材料店で手に入る。業務用には2kg袋や20kg袋も流通しており、使用頻度に応じて選ぶとよい。
保存方法は、直射日光と高温多湿を避けて常温で保管する。砂糖と同様に吸湿しやすい性質があるため、開封後は密閉容器に移すか、袋の口をしっかり閉じて保管するのが望ましい。
購入先としては、富澤商店(TOMIZ)、cotta、プロフーズ、カリョーといった製菓材料専門店のオンラインショップで取り扱いがある。Amazonや楽天市場でも「トレハ」「トレハロース」で検索すると、さまざまな容量の製品が見つかる。
メジャーな製品とメーカー名
トレハロースの代名詞ともいえる製品は、ナガセヴィータ株式会社(旧・株式会社林原、本社:岡山県岡山市)が製造・販売する「トレハ」(TREHA)だ。世界初のでんぷんからの量産化技術を持ち、トレハロースのパイオニアとして知られる。「トレハ」はナガセヴィータの登録商標であり、食品向け・化粧品向け・飼料向けなど用途別にラインナップが展開されている。食品用途では、製菓・製パン業界から食品メーカーまで幅広く採用されている。
ナガセヴィータは長瀬産業株式会社(東証プライム上場)のグループ会社で、2024年4月に旧社名「株式会社林原」から現社名に変更された。
販売チャネルとしては、林原商事(現在はナガセヴィータの販売部門)を通じた業務用流通のほか、前述の製菓材料専門店やネット通販でも一般消費者が購入できる。200gで400~500円前後、2kgで2,000~3,000円前後(販売店により異なる)が目安となっている。
歴史・由来
トレハロースの歴史は、1832年にまでさかのぼる。ドイツの化学者ウィガーズ(H.A.L. Wiggers)がライ麦の麦角菌(Claviceps purpurea)から、無色で甘味のある非還元性の結晶を発見したのが最初の報告とされる。
その後、1859年にフランスの化学者マルセラン・ベルテロ(Marcellin Berthelot)が、ゾウムシの一種(Larinus nidificans)が作り出す「トレハラマンナ」と呼ばれる甘い物質からこの糖を分離・精製し、「trehalose(トレハロース)」と命名した。名前の由来は、原料となった「trehala(トレハラ)」にちなんでいる。
その後の研究で、トレハロースはきのこ類・酵母・昆虫・海藻など自然界に広く存在することがわかった。特に昆虫の血液中の主要な糖がトレハロースであることや、クマムシが乾燥に耐えるために体内のブドウ糖をトレハロースに変換すること(クリプトビオシス)など、生物学的に興味深い知見が次々と明らかになった。
しかし、長い間トレハロースは「存在は知られているが、大量に手に入らない糖」だった。酵母から抽出する方法では1kgあたり3万~5万円と高額で、化粧品や試薬といったごく限られた用途にしか使えなかった。
この状況を一変させたのが、岡山県のバイオ企業・株式会社林原(現ナガセヴィータ)の研究員、丸田和彦氏の発見である。1994年、丸田氏は岡山市内の土壌から採取した微生物が、でんぷんからトレハロースを直接生成する新しい酵素を産生していることを突き止めた。当時の学会では「結合エネルギーの観点から、でんぷんからトレハロースは生成できない」というのが通説であり、同僚の研究者たちも当初は懐疑的だったという。
研究の結果、2種類の酵素――「マルトオリゴシルトレハロース生成酵素」と「トレハロース遊離酵素」――が協働してでんぷんからトレハロースを高効率に生成していることが解明された。変換率は約80%と極めて高く、工業的な量産に十分耐えうるものだった。
酵素の発見からわずか2年後の1995年、林原はトレハロースの量産品の販売を開始した。価格は従来の約100分の1にまで下がり、1kgあたり数百円という水準になった。この劇的なコストダウンにより、トレハロースはそれまで手が届かなかった食品分野に一気に普及していく。
日本では1995年の食品衛生法改正に伴い、トレハロースは既存添加物として認められた。海外でも、1998年に韓国と台湾で食品原料として承認されたほか、EU・アメリカ・カナダなどでも食品への使用が認められている。WHO/FAO合同食品添加物専門家会議(JECFA)は、トレハロースについて「一日許容摂取量(ADI)を特定する必要はない」と結論しており、安全性は国際的に高く評価されている。
2025年には発売から30周年を迎え、ナガセヴィータはこれを記念した取り組みを展開した。現在もトレハロースの用途開発は続いており、介護食品の物性改善や農作物のストレス耐性向上など、食品の枠を超えた新たな可能性が探られている。
