材料の名前
日本語では「上南粉(じょうなんこ)」と表記する。もち米を加工して作られる米粉の一種で、和菓子の世界では欠かせない原材料のひとつである。別名として「極みじん粉(ごくみじんこ)」「上みじん」「細真引(ほそしんびき)」、さらに石川県の加賀地方で盛んに作られていた歴史から「加賀みじん」とも呼ばれる。
英語では統一的な訳語が確立されておらず、”Jonanko”とローマ字表記されるか、製造工程を反映して”roasted glutinous rice flour”のように説明的に訳されることが多い。日本独自の和菓子文化から生まれた製粉素材であるため、海外では一般的な認知度は高くない。
特徴
上南粉の最大の特徴は、その粒子の細かさと、製造工程であらかじめ火が通っている点にある。
原料はもち米(糯米)で、まれにうるち米(粳米)が使われることもある。製法は、精白したもち米を水洗い・浸水したのち、蒸し上げて乾燥させ、道明寺種と呼ばれる状態にする。これを細かく粉砕してから、およそ200℃前後の焙煎機で少しずつ煎りあげて仕上げる。この加熱工程を経ているため、でんぷんがアルファ化(糊化)した状態で製品になる。つまり、調理時に改めて火を通さなくてもそのまま食べられる「アルファ型」の米粉に分類される。
これに対し、白玉粉や上新粉、もち粉など、生のまま粉にしたものは「ベータ型(生粉製品)」と呼ばれ、食べる前に加熱が必要になる。和菓子の技術者にとって、アルファ型とベータ型の性質の違いを理解することは基本中の基本であり、代用が利かない場面も少なくない。
上南粉を少し焦がしたものは「茶みじん粉」あるいは「焦がしみじん粉」と呼ばれ、香ばしい風味が加わるため、また異なる用途に使われる。
似た粉との比較では、寒梅粉(焼きみじん粉)は蒸した餅を薄く伸ばして白焼きにしてから粉砕したもので、上南粉とは工程が異なる。寒梅粉のほうが粒子はさらに細かく、口溶けがよりなめらかになるとされる。また、新引粉(しんびきこ)は上南粉と同様の工程を経るものの、最後に煎る際に焙煎機ではなく炒り釜を使う点が異なり、粒子の大きさも上南粉よりやや粗い。
食品成分データベースに上南粉そのものの項目はないが、製法が近いみじん粉の数値が参考になる。みじん粉100gあたりの栄養成分はおよそ、たんぱく質0.5g、脂質0.3g、炭水化物97.1gで、カロリーは約393kcalとされる。炭水化物がほとんどを占めるため、糖質量も高い。和菓子の材料としては少量ずつ使うことが多いので、一度に大量に摂取する場面は少ないが、落雁などの干菓子は砂糖と合わせて作るため、カロリーや糖質が気になる場合は食べ過ぎに注意したい。
用途
上南粉が活躍する場面は、和菓子づくりが中心である。代表的な用途をいくつか挙げてみよう。
まず筆頭は「打物(うちもの)」と呼ばれる干菓子の分野だ。打物とは、米粉に砂糖などを合わせて木型に詰め、打ち出して成形する菓子のこと。「打ち菓子」ともいわれ、その代表格が落雁(らくがん)である。落雁は、お盆や法事などで仏壇に供える砂糖菓子としてなじみ深い。上南粉を使った落雁は、もち米由来のほのかな粘りが口の中で広がり、独特の食感を生む。
「押物(おしもの)」にも上南粉は使われる。押物は、材料を型に入れて押し固め、包丁で切り分けて仕上げる菓子だ。宮城県塩竈市や仙台市の名物である「塩釜」がその代表で、米粉に砂糖や塩、海藻の粉や紫蘇の葉などを混ぜ合わせて作る。
「棹物(さおもの)」と呼ばれる、細長い棒状の和菓子にも配合されることがある。羊羹やういろうの仲間がこの分類に入る。
このほか、桜餅や椿餅の生地に加えたり、玉あられの成形に使ったり、おこし(米粉を飴で固めた菓子)の原料にしたりと、活躍の幅は広い。塩瀬総本家のように、饅頭の皮の生地に上南粉と上焼味甚粉を配合する老舗和菓子店も存在する。
和菓子以外の用途としては、天ぷらなどの揚げ物の衣にも使える。小麦粉や片栗粉だけの衣に比べると、サクサクとした軽い食感が出るのが利点だ。グルテンフリーの食材でもあるため、小麦アレルギーへの配慮が必要な場面でも重宝する。
ただし、上南粉だけで菓子を作ることは難しく、砂糖や水飴、ほかの米粉類と組み合わせて使うのが一般的である。御菓子処ささまの解説にも「上南粉だけではお菓子をつくることはできませんので、少量を他の粉に混ぜて使われます」とあるように、あくまで配合素材としての役割が大きい。
主な原産国と産地
上南粉は日本固有の和菓子文化から生まれた素材であり、原料のもち米も国産が基本となっている。市販の上南粉は「もち米(国産)」と表記されている製品がほとんどだ。
もち米の産地としては、新潟県、富山県、北海道、秋田県、佐賀県などが知られている。上南粉の製造においては、富山県に拠点を構える麻生圓兵衛商店が明治18年(1885年)の創業以来、良質な原料米にこだわった米粉製品を作り続けている。京都の美濃与も、和菓子原材料を専門に扱う業者として上南粉(味甚粉)を取り扱っている。
上南粉の別名である「加賀みじん」は、石川県金沢で盛んに製造されていたことに由来する。金沢は京都・松江と並んで「日本三大菓子処」のひとつに数えられ、加賀藩の茶の湯文化とともに和菓子産業が発展した土地柄である。上南粉の生産と密接に結びついた歴史があるといえよう。
選び方とポイント
上南粉はスーパーマーケットの店頭ではあまり見かけない食材である。製菓材料専門店であっても取り扱いがないことがあるため、事前に確認しておくのが無難だ。最も手軽なのは、Amazon や楽天市場などの通販で購入する方法で、100gあたり300~450円程度が相場となっている。
選ぶ際に確認しておきたいポイントは、原材料の欄である。もち米100%で作られた純粋な上南粉もあれば、コストを下げる目的ででんぷん粉(澱粉)が加えられている製品もある。富澤商店で販売されている上南粉の場合、原材料名は「もち米(国産)、でん粉/炭酸Ca、なたね油」と記載されている。一方、楽天市場のホームメイド協会セレクトショップで取り扱われている上南粉は「原材料:もち米」とだけ表記されており、添加物なしとなっている。仕上がりの風味やコストに影響するため、用途に応じて使い分けるとよい。
賞味期限はメーカーにより異なるが、おおむね120日から1年ほどが目安とされる。開封前は直射日光と高温多湿を避け、冷暗所で常温保存するのが基本だ。開封後は湿気を吸いやすくなるため、密閉できる容器に移し替え、できるだけ早く使い切りたい。米粉製品は虫がつくこともあるため、密閉性と保管場所には気を配ろう。
メジャーな製品とメーカー名
上南粉を製造・販売している主な企業やブランドを紹介する。
富澤商店(TOMIZ)は、製菓・製パン材料を幅広く扱う専門店で、全国に実店舗を持つほか、オンラインショップでも購入できる。「上南粉 / 100g」を販売しており、一般の家庭でも手に取りやすい小分けパッケージが特徴だ。もち米を風船状に焼き上げた打ち菓子用の粉として紹介されている。
藤林商店は、大正14年(1925年)創業の京都の老舗和菓子材料専門店である。澱粉を原料としてアルファー化仕上げした上南粉を業務用として取り扱っており、コストを抑えつつ品質を維持したい和菓子店向けの商品を揃えている。
美濃与は、京都で和菓子原材料の卸売を行う企業で、「上南粉(味甚粉)極味甚粉 13kg」といった業務用の大容量製品を扱っている。プロの和菓子職人を主な顧客としており、製品ラインナップも本格的だ。
麻生圓兵衛商店は、明治18年創業の富山県に拠点を置く製粉会社で、もち米・うるち米それぞれの上南粉を製造している。長年にわたり良質な原料米と伝統的な製法を守り続けている老舗である。
秀和産業は、関東一円に和菓子・洋菓子材料を卸売りしている企業で、もち米やうるち米の各種粉類とともに上南粉も取り扱っている。
村の粉屋(通販サイト)では、国産もち米を使用した「上南粉 200g」を販売しており、Yahoo!ショッピングなどで購入できる。
家庭向けの少量パッケージはまだ限られるが、近年は通販の充実により、個人でも比較的入手しやすくなった。
歴史・由来
上南粉の歴史を語るには、まず日本の米粉文化全体の流れを振り返る必要がある。
米を挽いて粉にし、菓子や食品に加工する技術は古くから存在していた。奈良時代には、米の粉に水を加えて練り、油で揚げた唐菓子が大陸から伝わっている。しかし、米粉の加工技術が本格的に花開いたのは、石臼が広く普及した江戸時代のことである。太平の世の中で茶の湯が武家から町人へと広がり、和菓子の需要が急速に増えた。これにともない、餅粉、白玉粉、道明寺粉、寒梅粉、みじん粉など、さまざまな種類の米粉が生み出されていった。
上南粉もこうした流れのなかで誕生した粉のひとつである。道明寺粉をさらに細かく砕いて焙煎するという手間をかけた加工は、打物や干菓子の品質を高めるために発展したと考えられる。
「上南粉」の名前の由来については、残念ながら決定的な文献による裏付けは乏しい。ただし、別名「加賀みじん」が示すとおり、石川県金沢で盛んに生産されていたことは甘春堂やWikipediaなど複数の資料で言及されている。加賀藩は三代藩主の前田利常公が茶の湯を奨励し、菓子文化が大いに栄えた地域だ。日本三大銘菓のひとつである落雁「長生殿」を生んだ森八も金沢の老舗であり、打物菓子の需要が高かった金沢で上南粉の生産が盛んになったのはごく自然な流れだろう。
寒梅粉の名は「寒梅が咲く頃にもち米の新米を加工するから」という由来が知られているが、上南粉についてはそのような季節にまつわる由来は確認できていない。「上南」の語源に関する定説は管見の限り見当たらないため、今後の研究や資料の発掘に期待したい。
明治期以降、製粉技術の機械化が進み、上南粉の生産もより安定したものになっていった。明治18年創業の麻生圓兵衛商店が富山で米粉製造を始めたのはこの時代であり、大正14年創業の藤林商店が京都で和菓子材料の流通を担い始めたのもその延長線上にある。こうした企業の歩みは、上南粉をはじめとする和菓子用米粉が、職人の世界で途絶えることなく受け継がれてきた証でもある。
現代の和菓子業界では、上南粉は依然として打物菓子の基本材料として揺るぎない地位を占めている。一般家庭での認知度こそ高くないものの、和菓子づくりに挑戦する人が増えるにつれて、通販で少量パッケージを購入する個人も徐々に増えてきた。グルテンフリーへの関心が高まる昨今、小麦粉の代替素材としての可能性も注目されつつある。
派手さはないけれど、上南粉は日本の菓子文化を縁の下から支え続けてきた名脇役である。和菓子を食べるときに、そこに使われている粉の来歴や職人の技術に思いを馳せてみると、いつもの一口がまた違った味わいに感じられるかもしれない。
