材料の名前

日本語では「はったい粉(はったいこ)」と呼ぶのが一般的だが、地域によって呼び名が大きく異なる。関東では「麦焦がし(むぎこがし)」、関西では「はったい粉」が通り名として定着している。ほかにも「香煎(こうせん)」「煎り麦(いりむぎ)」「おちらし粉」「散らし」「香ばし」「香粉(こうこ)」など、全国各地に方言が存在する。沖縄本島では「ゆーぬく」、鹿児島県喜界島では「いんにゅみー」と呼ばれることもあり、同じ食品でありながらこれだけ呼び名がある点は、古くから日本の食卓に根づいていた証拠といえるだろう。

漢字表記では「糗粉」「麨粉」と書く。俳句の世界では夏の季語に分類されている。

英語では “roasted barley flour” と訳される。海外に目を向けると、チベットの「ツァンパ(Tsampa)」がほぼ同じ製法の食品として知られる。韓国の「ミスッカル(미숫가루)」は、はったい粉を含む複数の穀物粉をブレンドした伝統飲料の素で、こちらも類似の食文化として注目されている。エチオピアでは焙煎した大麦粉を「ベソ(Besso)」と呼び、蜂蜜と水で練って食べる習慣がある。

特徴

はったい粉は、オオムギ(大麦)の玄穀を焙煎してから挽いた粉である。ハダカムギ(裸麦)を原料とする製品も多い。関東では大麦、関西以西では裸麦を使う傾向があり、地方によってはトウモロコシやキビを原料にする場合もある。

最大の特徴は、原料をあらかじめ焙煎している点にある。この工程によって麦の澱粉が糊化し、加熱なしでそのまま食べられる。いわば「最古のインスタント食品」ともいえる存在で、火を通さずにお湯や水で溶くだけで口にできる手軽さが古来から重宝されてきた理由のひとつだ。

見た目は灰褐色で、大豆から作られるきな粉とよく似ているが、原料がまったく異なる。きな粉は大豆、はったい粉は大麦(または裸麦)である。風味も異なり、はったい粉には麦特有の香ばしさとほのかな甘みがある。口に含むと穀物の素朴な味わいがふわりと広がり、「懐かしい味」と表現されることが多い。

栄養面では、食物繊維の含有量が際立つ。文部科学省の日本食品標準成分表によれば、はったい粉(オオムギ)100gあたりのエネルギーは約368kcal、たんぱく質は12.5g、食物繊維は15.5gとなっている。水溶性食物繊維の一種であるβ-グルカンを含み、腸内環境の改善やコレステロール値の低減に寄与するとされる。そのほかナイアシン(ビタミンB3)が7.6mg、カリウムが490mg、マグネシウムが130mg、鉄分が3.1mg、亜鉛が3.8mgと、ミネラル類も幅広く含まれる。焙煎による加工を経ているため消化吸収がよく、胃腸に負担をかけにくい食品でもある。

粉の質感はサラサラとしていて扱いやすく、クセが少ないため、さまざまな調理に応用しやすい。保存性にも優れ、湿気を避けて密封しておけば常温で長期間保管できる。

用途

お菓子づくりにおけるはったい粉の活躍の場は幅広い。伝統的な和菓子では、落雁(らくがん)の原料として古くから使われてきた。砂糖と混ぜて型に押し固めるだけで、香ばしい風味の干菓子に仕上がる。

家庭での食べ方として最もなじみ深いのは、砂糖を混ぜてお湯で練る方法だろう。粘土状に練り上げた「はったい」は、昭和40年代から50年代にかけて子供のおやつの定番だった。牛乳に溶かして飲む食べ方も根強い人気がある。

現代のお菓子づくりでは、小麦粉の一部をはったい粉に置き換えてクッキーやマフィン、ホットケーキに混ぜるレシピが広まっている。焙煎済みの粉末であるため、焼き菓子に加えると麦の芳醇な香りが際立ち、独特の風味を楽しめる。ドーナツの生地に練り込んだり、アイスクリームやプリンのトッピングとして振りかけたりする使い方もある。

鹿児島県奄美群島には、はったい粉に黒糖と餅粉を混ぜて鉄板で焼き、二つ折りにした「舟焼き」と呼ばれる郷土菓子がある。筒状に丸めたものは「やちむっちー(焼き餅)」と呼ばれ、島の暮らしに溶け込んだおやつとして親しまれてきた。

食用以外の用途としてユニークなのが、時代劇の撮影現場での利用だ。着物や肌にはったい粉を振りかけると、土ぼこりや汚れが付着した様子をリアルに再現できるため、映像制作の現場で重宝されている。

主な原産国と産地

はったい粉の原料であるオオムギは、中央アジアが原産とされ、世界で最も古くから栽培されてきた穀物のひとつに数えられる。エジプト、ギリシア、ローマなど古代文明の時代から食用にされており、現在でも世界各地で広く栽培されている。

大麦の主要な生産国は、ロシア、オーストラリア、ドイツ、フランス、カナダ、ウクライナなどで、寒冷かつ乾燥した気候に適した作物である。日本国内では北海道、栃木県、佐賀県、福岡県などが大麦の主な産地として知られる。

一方、はったい粉の原料として関西以西で好まれる裸麦(ハダカムギ)については、愛媛県が長年にわたり国内生産量第1位を維持している。愛媛県産裸麦は瀬戸内海の温暖な気候に育まれた高品質な麦として評価が高く、JA全農えひめをはじめ県内の製粉業者が良質なはったい粉を製造している。香川県もさぬき産裸麦の産地として知られ、裸麦を遠赤外線で焙煎した製品が流通している。

選び方とポイント

はったい粉を選ぶ際にまず確認したいのは、原料の産地である。国内産の大麦や裸麦を100%使用した製品は、品質管理がゆき届いており安心感がある。パッケージの裏面に「国内産大麦使用」「愛媛県産裸麦使用」「香川県産裸麦使用」といった表示があるものを選ぶとよい。

次に注目したいのが焙煎の度合いだ。メーカーによって焙煎の深さが異なり、浅煎りのものは穀物本来の味わいがやさしく、深煎りのものは香ばしさが強くなる。お菓子に使う場合は、用途に合わせて選ぶのがポイントになる。落雁のように粉そのものの風味を活かしたい場合はマイルドな浅煎りタイプ、クッキーやホットケーキに力強い麦の香りを加えたい場合は深煎りタイプが向いている。

保存性に優れたはったい粉ではあるが、開封後は湿気を吸いやすいため、チャック付きの袋に入った製品を選ぶと便利だ。開封したらしっかり密封し、高温多湿を避けて保管する。夏場は冷蔵庫での保管がおすすめである。

粒度にも違いがある。微粉末に仕上げた製品はお湯に溶けやすく、飲み物やなめらかな食感の菓子に向く。やや粗挽きのものは粒の食感が残り、クッキーなど焼き菓子のアクセントとして活きる。

また、はったい粉は大麦を原料としているため、小麦アレルギーの方が代替として検討する場合もあるだろう。ただし、大麦にもグルテンに似たたんぱく質(ホルデイン)が含まれるため、グルテンフリーではない点に注意が必要だ。アレルギーのある方は医師に相談したうえで利用してほしい。

メジャーな製品とメーカー名

はったい粉を取り扱うメーカーは中小規模の製粉会社が中心で、全国のスーパーや自然食品店、通販サイトで購入できる。代表的な製品とメーカーを以下に紹介する。

前原製粉株式会社(兵庫県)は、「義士」ブランドで知られる和粉の老舗メーカーだ。国内産大麦を100%使用した「はったい粉(麦こがし)120g」を販売しており、チャック付きの使いやすいパッケージが特徴。スーパーの製菓材料コーナーで見かける機会が多い製品である。

ムソー株式会社(大阪府)は、自然食品・オーガニック食品を幅広く扱う企業で、「国内産裸麦使用・はったい粉 120g」を展開している。国内産裸麦をじっくり焙煎した香り豊かな製品で、自然食品店やオンラインショップを中心に流通している。

株式会社山清(香川県)は、香川県さぬき産の裸麦を100%使用した「はったい粉 150g」を製造している。遠赤外線焙煎によって風味を引き出した製品で、麦の香ばしさに定評がある。

株式会社マエダ(愛媛県)は、愛媛県産裸麦100%の「はったい粉 180g」を販売している。裸麦の生産量日本一を誇る愛媛県ならではの製品で、βグルカンの含有をパッケージで訴求するなど、健康志向の消費者に向けた情報発信にも力を入れている。

キングフーズ株式会社の「はったい粉 120g」も、通販サイトの売れ筋として一定の知名度がある。複数個セットでの販売が中心で、日常的にはったい粉を使う家庭に支持されている。

山本貢資商店の「はったい粉 130g」は、国内産裸麦を丁寧に煎り上げ微粉末に仕上げた製品で、お湯に溶けやすくなめらかな口当たりが特長だ。

島田製粉所(東京都)は「麦こうせん」の名称で業務用を含むはったい粉を製造しており、17kg入りの大袋も取り扱っている。映画撮影用のまとめ購入にも対応しているというユニークな販売形態が印象的だ。

歴史・由来

はったい粉の歴史は古く、その起源は大麦の栽培史とともにある。大麦は紀元前8000年頃には西アジアの「肥沃な三日月地帯」で栽培が始まったとされ、エジプトやギリシア、ローマでも主食のひとつとして食べられていた。穀物を焙煎して粉にするという加工法は、火の利用とともに人類が最も早くたどり着いた食品加工技術のひとつといえる。

日本における記録としては、平安時代中期(931〜938年頃)に編纂された辞書『和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』に注目したい。この書物には「米麦を乾かし、これを炒って粉にし、湯水に点じて服す。これを『みずのこ』あるいは『はったい』という」と記されている。少なくとも平安時代には、焙煎した麦の粉を湯や水で溶いて飲食する習慣が日本に存在していたことがわかる。

「はったい」という言葉の語源についてはいくつかの説がある。ひとつは「はたき(砕き・叩き)」が訛ったという説で、古語で「叩いて粉々にする」という意味を持つ「はたきもの」が転じたとするものだ。もうひとつは「初田饗(はつたえ)」に由来するという説で、新穀を刈り取って煎り、粉にして人々に振る舞ったことにちなむとされる。いずれの説も定説には至っていないが、穀物を粉にして食す文化と深く結びついた言葉であることは間違いない。

戦国時代から江戸時代にかけてのエピソードも興味深い。大阪府貝塚市の願泉寺には、大坂の陣の際に落ちのびた徳川家康に住職の卜半(ぼくはん)がはったい粉を振る舞ったところ大変喜ばれたという逸話が残っている。以後、卜半家は明治に至るまで徳川家にはったい粉を献上し続けたと伝わる。源平合戦の頃には、義経一行が土地の者から振る舞われたはったい粉を気に入り、合戦の糧にしたという伝承も各地に残る。栄養が豊富で携行しやすいはったい粉は、武士にとっても頼りになる「戦場の食」だったのだろう。

江戸時代には庶民の間でも広く食べられるようになり、麦焦がしに柑橘類の皮を加えて風味を豊かにした「香煎」が茶席で供されるなど、菓子文化との接点も深まっていった。

昭和の時代に入ると、はったい粉は子供のおやつとして全盛期を迎える。昭和20年代から30年代にかけて、関西では「むぎちゃーに、はったいこー」という行商人の掛け声が街に響いていたという。乾物屋の店先に並び、砂糖を混ぜてお湯で練るだけの手軽なおやつとして、食糧事情が厳しい時代の子供たちの空腹を満たした。昭和40年代から50年代にかけても根強い人気を保っていたが、洋菓子やスナック菓子の台頭とともに、はったい粉を日常的に食べる習慣は徐々に薄れていった。

近年は健康志向の高まりを受けて、はったい粉が再び脚光を浴びている。食物繊維やβ-グルカンを手軽に摂取できる「和風シリアル」として、自然食品店やオンラインショップでの取り扱いが増えている。お菓子づくりの材料としても、小麦粉の代わりに使うことで独特の風味と栄養価を加えられるとして、レシピサイトやSNSで紹介される機会が増えてきた。

世界に目を向ければ、チベットではツァンパ(焙煎した大麦粉)をバター茶で練ったものが今も主食として食されており、ダライ・ラマの誕生日にはツァンパをかけ合って祝う「ツァンパ祭り」が催される。エチオピアのベソ、韓国のミスッカルなど、焙煎した穀物粉を食す文化は世界各地に存在し、はったい粉はその日本版ともいえる存在なのだ。

一見すると地味な粉に過ぎないはったい粉だが、その歴史を掘り下げてみると、平安時代の文献に名前が残り、戦国武将の糧となり、昭和の子供たちの記憶に刻まれ、そして今また健康食品として再評価されている。千年以上にわたって日本の食文化を支えてきたこの穀粉を、お菓子づくりの材料としてぜひ一度手に取ってみてほしい。香ばしい麦の香りとともに、はるかな時の流れを感じられるはずだ。

免責事項

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購入・ご利用の際は必ず最新のパッケージ表示または公式情報をご確認ください。特に食物アレルギーをお持ちの方は原材料を十分にご確認の上お求めください。
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