材料の名前
日本語では「小倉あん(おぐらあん)」と呼ばれる。漢字表記は「小倉餡」。英語圏では “Ogura-an” とそのままローマ字で表記されるほか、”Ogura sweet red bean paste” や “Coarsely-mashed sweet red bean paste” と訳されることもある。中国語(簡体字)では「小仓馅(Xiǎo cāng xiàn)」と書く。
「あんこ」全般を指す英語表現としては “sweet red bean paste” が広く使われているが、小倉あんはこしあんと蜜煮にした大粒の小豆を混ぜ合わせたものを指すため、単なるつぶあんやこしあんとは区別される。海外の日本食レストランや和菓子店では “Ogura” の名がそのまま通じる場面も増えてきた。
特徴
小倉あんとは、なめらかに仕上げたこしあんに、蜜で煮て漬けた大納言小豆の粒を加えたものである。こしあんのなめらかな舌ざわりと、大納言小豆のふっくらとした粒の食感を同時に味わえる点が最大の魅力だ。
「つぶあん」と混同されることが多いが、両者は似て非なるもの。つぶあんは普通サイズの小豆を粒ごと炊き上げて仕上げる。一方、小倉あんは土台にこしあんを用い、そこに別途蜜煮にした大納言小豆を混ぜ込む。二段階の工程を経るため、手間はかかるものの、こしあんの上品さと粒の存在感を両立できる。
大納言小豆は、一般的な小豆よりもひと回り大きく、煮ても皮が破れにくいという性質を持つ。この「煮崩れしにくさ」こそが、小倉あんに大納言を使う理由にほかならない。大納言という名前の由来には、公卿の役職「大納言」は切腹の習慣がなかったことから、「腹が割れない(皮が破れない)」小豆にその名が充てられたという逸話が伝わっている。
色合いは深い赤紫色で、光沢がある。糖度は製品によって異なるが、一般的な市販品は糖度52度前後のものが多い。近年は甘さ控えめの志向から、糖度42度前後に抑えた製品も登場している。
用途
小倉あんの使い道は実に幅広い。和菓子では、おはぎ、どら焼き、大福、饅頭、たい焼き、ようかん、最中(もなか)といった定番のお菓子に欠かせない存在だ。こしあんだけでは物足りない、でもつぶあんほど素朴すぎず上品さも欲しい、という場面で小倉あんが選ばれる。
パンとの相性も抜群で、あんぱんの中身として古くから親しまれてきた。山崎製パンの「小倉ぱん」は、小豆の粒感を楽しめる小倉あんを使った代表的な製品のひとつである。
忘れてはならないのが、名古屋の喫茶店文化を象徴する「小倉トースト」だ。厚切りのトーストにバターと小倉あんをたっぷり塗って食べるこのメニューは、1921年(大正10年)頃、名古屋市栄地区の喫茶店「満つ葉(まつば)」で生まれたとされる。客の学生たちがトーストをぜんざいに浸して食べていたのを見た店主が、最初からトーストにあんを載せるスタイルを考案したのが始まりという。現在ではコメダ珈琲店をはじめ、名古屋圏のモーニング文化に深く根づいている。
洋菓子の分野でも、小倉あんの活躍は目覚ましい。抹茶と小倉あんを組み合わせたロールケーキ、パウンドケーキ、マカロン、アイスクリームなど、和洋折衷のスイーツが数多く生まれている。ホットケーキやクレープのトッピング、フレンチトーストのフィリングとしても使われ、家庭のおやつから専門店のデザートまで、あらゆる場面で活躍する万能な製菓材料だ。
主な原産国と産地
小倉あんの主原料である小豆は、日本国内で生産されるものが圧倒的に多い。国産小豆のうち約9割以上を北海道が占めており、とりわけ十勝地方は小豆の一大産地として知られる。北海道は梅雨がなく、6月以降の日照時間が長いことが小豆の栽培に適しているとされる。
ただし、小倉あんに用いられる大納言小豆となると、産地の話はやや複雑になる。大納言の栽培面積が最も広いのは北海道で、「北海大納言」の名で流通している。一方、兵庫県や京都府で栽培される「丹波大納言」は、北海道産とは異なる特徴を持つ。丹波大納言は皮が薄く口当たりがよく、コクと風味に優れることから、高級和菓子店が好んで使用してきた。ただし生産量は極めて少なく、全国の小豆生産量の1%にも満たない希少品である。そのため「幻の小豆」と呼ばれることもある。
岡山県で栽培される「備中大納言」や、石川県の「能登大納言」も、各地の和菓子文化を支える品種として大切にされている。このように、大納言小豆の産地は各地に点在し、それぞれの風土が生み出す味わいの違いが、小倉あんの品質に反映される。
海外産の小豆としては、中国やカナダなどから輸入されるものもあり、業務用の小倉あん製品の一部に使用されている。しかし、高品質な小倉あんには国産、とりわけ北海道産や丹波産の小豆が使われるケースが多い。
なお、小豆の原産地については長らく中国を含む東アジアとする説が有力だったが、近年の農研機構によるゲノム解析研究で、栽培小豆は縄文時代の日本列島で野生のヤブツルアズキから栽培化され、そこからアジア大陸へ広まった可能性が示されている。小豆という作物の起源に関する見方は、研究の進展とともに更新されつつある。
選び方とポイント
小倉あんを選ぶ際にまず確認したいのは、原材料表示である。品質の高い製品は、小豆・砂糖・食塩といったシンプルな原料で構成されている。加工デンプンや増粘剤、着色料が多く添加されている製品は、コストを抑えるために小豆以外の原料で量を補っている場合がある。
次に注目すべきは、小豆の産地だ。「北海道産小豆100%使用」や「丹波大納言使用」といった表記がある製品は、原料へのこだわりが読み取れる。産地が明記されていない場合、輸入小豆がブレンドされている可能性も考慮に入れたい。
糖度も重要な判断基準となる。一般的な小倉あんの糖度は50度前後が標準で、甘さ控えめの製品では40度台前半に設定されているものもある。自分の用途や好みに合わせて選ぶとよい。トーストに塗るなら甘さ控えめのほうがバターとのバランスが取りやすく、和菓子の餡として使う場合は、伝統的な甘さのものが合いやすい。
缶詰タイプとパウチタイプの違いも押さえておきたい。缶詰は長期保存に向いており、賞味期限は製造から3年程度のものが多い。パウチは開封後の取り回しがしやすく、少量ずつ使いたい家庭向きだ。業務用の2号缶(1kg入り)は大量に使う場面に適しているが、開封後は冷蔵保存し早めに使い切る必要がある。
粒の大きさや残り具合も製品によって異なる。大粒の大納言がしっかり残っているものは見栄えがよく、粒の食感も楽しめる。一方、やや粒が崩れ気味のものはパンに塗りやすく、均一な味わいになる。用途に応じて使い分けるのがポイントだ。
有機JAS認証を取得した製品も流通しており、オーガニック志向の方にはそうした選択肢もある。遠藤製餡の「有機小倉あん」はその一例で、有機栽培の小豆と有機砂糖を使い、素材の風味を生かした控えめな甘さに仕上がっている。
メジャーな製品とメーカー名
家庭向けの市販品として広く知られているのが、井村屋の製品だ。1896年(明治29年)創業の井村屋は、小豆製品を主力とする老舗メーカーで、「北海道ゆであずき」シリーズや「つぶあん」「こしあん」の缶詰・パウチ製品を展開している。スーパーのあんこ売り場で最も目にする機会が多いブランドのひとつである。
遠藤製餡は、東京都東村山市に本社を構える製餡メーカーで、コメダ珈琲店と提携した「コメダ特製小倉あん」が大ヒット商品となった。売上累計1,500万個を突破したこの製品は、名古屋流の水飴入りで甘めに仕上げた小倉あんをパウチに詰めたもの。家庭で手軽に小倉トーストが再現できるとあって、全国のスーパーに販路を広げている。同社は有機JAS認証の小倉あんも手がけており、品質へのこだわりが強いメーカーだ。
業務用市場では、橋本食糧工業が存在感を示す。1905年(明治38年)に大阪で創業した同社は、「冨久印」ブランドの小倉あんで知られ、製菓・製パン業界に幅広く製品を供給している。2号缶入りの小倉あんは、パン屋や和菓子店で長年使われてきた定番品だ。
ホテイフーズも、小倉あんの缶詰製品を展開している。やきとり缶詰で有名な同社だが、小倉あんの2号缶やT1号缶も業務用・家庭用として流通しており、北海道産小豆を使った製品もラインアップに含まれる。
谷尾食糧工業は、岡山県笠岡市に本社を置くあんこ専門メーカーで、ゆであずきやつぶあん製品の製造を得意とする。近年はあんこの新しい食べ方を提案するパッケージデザインにも力を入れ、従来の和菓子用途にとどまらない市場開拓を進めている。
森永製菓の「小倉あん」缶詰は、海外の日本食材店でも販売されており、北米やアジア圏の日本食ファンにも親しまれている。アイスクリームやかき氷のトッピングとして使えるやや柔らかめの仕上がりが特徴だ。
製菓材料の専門店である富澤商店(TOMIZ)では、「極上小倉あん」をはじめとする製菓用の小倉あんが販売されており、家庭でどら焼きやあんぱんを手作りする層に支持されている。
歴史・由来
「小倉あん」の名前は、京都の嵯峨嵐山にそびえる小倉山に由来する。名前の由来には複数の説が伝わっているが、最も有力とされるのは、小倉山の周辺で良質な大納言小豆が栽培されていたことにちなむという説だ。
もうひとつの有名な説は、秋の小倉山で紅葉した木々が緑の山肌に点在する様子が、あんの中に散らばる小豆の粒に似ていることから、「小倉」の名がついたというもの。小倉山は小倉百人一首でも「小倉山 峰のもみぢば 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ」と詠まれた紅葉の名所であり、その景観が小倉あんの語源になったというのは、なんとも風雅な話である。
小倉あんの誕生を伝える伝承はこうだ。平安時代初期の809年頃、弘法大師空海が唐(中国)から持ち帰った小豆の種子を、嵯峨・小倉の里に住む菓子職人の和泉和三郎(いずみ わさぶろう)が栽培し始めた。それから11年後の820年(弘仁11年)、和三郎は御所から下賜された砂糖を使い、小豆と煮合わせて甘い餡を作り上げた。これが日本初の甘味小豆餡であり、「小倉餡」の始まりとされている。和三郎はもともと揚げせんべいの製法も空海から学んでいたと伝わっており、菓子づくりの先駆者としての側面も持つ。
この伝承を記念して、京都市右京区の二尊院には「小倉餡発祥之地」の石碑が建てられている。2016年には二尊院で「小倉あん発祥地」顕彰式典も開催された。さらに近年、和三郎と空海を祀る「和泉明神社」が二尊院の境内で再建されたことも報じられており、小倉あんのルーツへの敬意は現在も受け継がれている。
もっとも、この伝承は歴史的な文献で詳細に裏づけられたものではなく、あくまで言い伝えの域を出ないという見方もある。砂糖が平安時代の日本で広く流通していたとは考えにくく、御所から下賜された特別なものだったと推測される。甘い餡が庶民に普及するのは、砂糖の流通が拡大した江戸時代以降のことだ。
いずれにせよ、小倉あんが京都の嵯峨野という風光明媚な土地と深い縁を持ち、千年以上にわたって日本の甘味文化の中心にあり続けてきたことは確かである。和菓子から食パン、洋菓子まで、時代とともに姿を変えながら日本人の食卓を彩ってきた小倉あんは、これからも菓子づくりに欠かせない原材料であり続けるだろう。
