材料の名前
白玉粉は「しらたまこ」と読み、もち米を原料とする日本独自の米粉である。「白玉」は「白い玉のような美しさ」を意味し、文字どおり雪のように白い粒状の粉が特徴だ。別名として「寒晒し粉(かんざらしこ)」があり、かつては厳寒期にしか製造できなかったことに由来する。
英語では「Shiratamako」とそのままローマ字表記されることが多い。海外の製菓材料店や和食レシピサイトでは「Glutinous Rice Flour」や「Sweet Rice Flour」と訳される場合もあるが、厳密にはこれらの呼称はもち粉(Mochiko)全般を指すことがあるため、区別が必要だ。白玉粉は水挽き製法で作られる点がもち粉との最大の違いであり、海外のレシピでも「Shiratamako」と固有名詞的に使われる傾向が年々強まっている。
特徴
白玉粉の最大の特徴は、その製法にある。もち米を精白・洗米した後、水に浸漬してから水を加えつつ石臼などで磨砕する。この工程を「水挽き(みずびき)」と呼ぶ。水挽きによって得られた乳白色の液体(白玉粉乳液)を沈殿させ、上澄みを除去してから脱水・成型・乾燥させると、不規則な粒状の白玉粉が完成する。
同じもち米を原料とする「もち粉」は、乾燥したもち米をそのまま粉砕して作るため、製法がまったく異なる。水挽き製法で作られた白玉粉は、でんぷん質がきめ細かく分離されるため、もち粉よりも口当たりがなめらかで、茹でたときにつるりとした舌触りとほどよいコシが生まれる。冷やしても硬くなりにくい性質を持ち、冷たいデザートとの相性が抜群に良い。
見た目はザラザラとした白い顆粒状で、これは製造の最終工程で板状の脱水ケーキを包丁で細かく刻んでから乾燥させるためだ。粉状ではなく顆粒状であることから保存性が高く、直射日光や高温多湿を避ければ長期保存が可能なのもありがたい点である。
栄養面では、主成分はでんぷんであり、タンパク質や脂質は少ない。グルテンを含まないため、小麦アレルギーのある方にも適した食材といえる。ただし、あくまで「もち米由来」の食品であるため、米アレルギーの方は注意が必要だ。
用途
白玉粉の代表的な用途は、やはり白玉団子だろう。白玉粉に水やぬるま湯を加えてこね、耳たぶほどの柔らかさに調整してから丸め、沸騰したお湯で茹でる。浮き上がってきたら冷水に取り、つるんとした白玉団子のできあがりだ。あんみつやかき氷のトッピング、フルーツポンチの具材として、夏の和スイーツには欠かせない存在となっている。
白玉団子以外にも、和菓子の世界では幅広く活躍する。求肥(ぎゅうひ)は白玉粉に砂糖と水飴を加えて練り上げたもので、大福餅の皮や練り切りの生地として使われる。羽二重餅、花びら餅、雪見だいふくの外皮など、もちもちとした食感が求められる菓子には白玉粉が欠かせない。
近年では、和菓子だけにとどまらず洋菓子やパンの材料としても注目されている。ポンデリング風のもちもちドーナツ、白玉粉入りのパンケーキ、タピオカ風のもちもちスイーツなど、SNSを通じてさまざまなアレンジレシピが広まった。料理の分野でも、すいとんのような汁物の具材、揚げ物の衣に混ぜてカリッとした食感を出す使い方など、活用の幅は年々広がっている。
主な原産国と産地
白玉粉の原料となるもち米は、日本国内産とタイ産が主流である。国産もち米を100%使用した白玉粉は風味が豊かで上品な味わいがあり、高品質な製品として扱われる。一方、タイ産もち米を使った白玉粉は価格が手頃で、業務用を中心に広く流通している。スーパーマーケットの店頭で見かける白玉粉にも、タイ産もち米を使用した製品は少なくない。パッケージの原材料欄を確認すれば、もち米の産地を判別できる。
国内の主要産地としては、埼玉県八潮市が挙げられる。八潮市は江戸時代から白玉粉の製造が盛んな土地であり、現在も全国穀類工業協同組合の白玉粉部会に加盟する業者が市内に複数存在する。江戸の町に供給された白玉粉の多くが八潮周辺で生産されたと考えられており、地域の特産品として長い歴史を持つ。
熊本県も白玉粉の産地として知られている。熊本県八代郡氷川町には、寛永15年(1638年)に創業した白玉屋新三郎があり、阿蘇山系の伏流水ともち米の産地としての利点を活かした白玉粉製造が続けられてきた。新潟県もまた、良質な水資源とコシの強いもち米を活かした白玉粉の産地として有名だ。
選び方とポイント
白玉粉を選ぶ際に確認したいのは、原料のもち米の産地、製法、そして用途との相性の3点である。
まず、もち米の産地についてだが、国産もち米を使用した製品はやはり風味が良い。佐賀県産のひよく米や新潟県産のこがねもちなど、品種名まで記載されている製品は品質への自信の表れともいえる。タイ産もち米を使用した製品が必ずしも劣るわけではないが、味や香りの繊細さを求めるなら国産を選ぶのが無難だ。
製法では、「石臼水挽き」で作られた白玉粉がおすすめとされる。石臼はゆっくりと回転するため摩擦熱が発生しにくく、もち米の風味や栄養素を損ないにくいという利点がある。大量生産向きの機械挽きに比べると粒子が均一に揃い、仕上がりの食感にも差が出やすい。石臼水挽きの白玉粉はやや価格が高めだが、白玉団子そのものを楽しむような用途には格段の違いが感じられる。
用途に応じた選び方も大切だ。白玉団子をシンプルに味わいたいなら粒子の細かい上質な白玉粉を、求肥や大福の皮に使うなら弾力がしっかり出るものを選ぶと仕上がりが良くなる。初めて白玉粉を使う方は、まず200g前後の小容量パックから試してみると失敗が少ない。
メジャーな製品とメーカー名
白玉粉の市場には、家庭用から業務用までさまざまな製品が存在する。ここでは、流通量が多く入手しやすい製品をいくつか紹介したい。
川光物産の「玉三 白玉粉」は、スーパーマーケットで見かける機会が最も多い定番商品のひとつだろう。川光物産は1667年に農耕・米穀雑穀集荷業として創業し、1921年(大正10年)に白玉粉の製造を開始した老舗メーカーである。「玉三」ブランドの白玉粉は国内産もち米100%使用の製品もラインナップしており、家庭での手軽な白玉づくりに適している。
火乃国食品工業は、熊本県に本社を置く白玉粉の専門メーカーだ。「粉の郷 白玉粉」は国産水稲もち米を使った製品で、家庭用から業務用まで幅広い容量を展開している。業務用の「白雪印」はタイ産もち米を使用した手頃な価格帯の製品で、飲食店や製菓業者にも広く採用されている。Amazonの白玉粉カテゴリでも上位にランクインする人気メーカーだ。
新潟県加茂市の渡英商店は、昭和初期から使い続けている大型の水挽き石臼(加茂市指定文化財)で白玉粉を製造している。新潟県産こがねもちを100%使用した石臼挽きの白玉粉は、粒子の均一さとなめらかな食感に定評がある。
白玉屋新三郎は、前述のとおり1638年創業の老舗であり、佐賀県神埼産のひよく米を原料にした石臼碾きの白玉粉を製造している。オンラインショップでの販売のほか、熊本の本店や福岡の百貨店で白玉スイーツも提供しており、白玉粉のブランドとして高い知名度を誇る。
そのほか、富澤商店の「特上白玉粉」やみたけ食品工業の白玉粉なども、製菓材料専門店や通販サイトで人気が高い。越後しらたま本舗(大槻)の業務用白玉粉も、プロの現場で評価を得ている製品だ。
歴史・由来
白玉粉の起源は室町時代にまでさかのぼるとされている。寒い冬に凍った米を細かく砕き、団子の原料に使ったのが始まりといわれる。この製法がやがて「寒晒し粉」として体系化されていった。
江戸時代に入ると、白玉粉の製造は本格化する。江戸時代初期に「玉屋三次郎」なる人物が亀有(現在の東京都葛飾区)で白玉粉を創製したとの説がある。当時は冬の厳寒期に水晒しをして製造していたため、「寒晒粉(かんざらしこ)」と呼ばれていた。天保12年(1841年)の菓子製法書『菓子話船橋』には「寒晒白玉粉之製法」として白玉粉の名が登場しており、この頃には「白玉粉」という名称が定着しつつあったことがうかがえる。
江戸時代の白玉は、おもに夏場の嗜好品として親しまれた。人口が密集し蒸し暑い江戸の町では、涼を求める庶民の間で冷水に白玉を浮かべた「冷水売り」が人気を博した。「ひやっこーい、ひやっこーい」と声を上げて売り歩く様子は浮世絵にも描かれている。七代目市川団十郎は白玉や求肥に並々ならぬこだわりを持った歌舞伎役者として知られ、その贅沢ぶりから江戸所払いの処分を受けたという逸話も残る。白玉は川柳の題材にもなるほど、江戸の食文化に根づいていた。
白玉粉の製造は宮中や将軍家、諸大名のための高級品として位置づけられていたが、明治に入ると庶民の手にも届く菓子原料へと変わっていった。埼玉県八潮市では江戸時代後期から白玉粉の製造が営まれ、なかでも伊勢野の種利商店は現存する業者のなかで最も古くから白玉粉を製造してきた老舗とされる。八潮産の白玉粉は昭和天皇の行幸の際に献上された記録もあり、地域の誇りとして受け継がれてきた。
第二次世界大戦中は嗜好品とみなされ、白玉粉の生産は一時中断を余儀なくされた。しかし戦後まもなく全国穀類工業協同組合が設立され、生産体制が徐々に回復していく。現在では機械化が進み、通年での製造が可能になったものの、水挽き製法という基本は室町時代から変わることなく守られている。
九州では、白玉屋新三郎が寛永15年(1638年)に駿河から熊本へ渡った初代が米飴屋を開業したことに始まり、良質な水ともち米に恵まれた土地で白玉粉づくりを発展させてきた。380年を超える歴史は、白玉粉という素材が日本の食文化にどれほど深く根ざしているかを物語っている。
白玉粉は、室町時代の素朴な保存食から、江戸時代の夏の風物詩へ、そして現代のSNS映えするスイーツの材料へと、時代に合わせて姿を変えながら日本人の食卓に寄り添い続けてきた。数百年の時を経てなお、もち米を水で挽くという原点が変わらないところに、この素材の底力がある。
