材料の名前
日本語では「葛湯(くずゆ)」と表記する。葛(クズ)の根から採れるでんぷん=葛粉を水で溶き、砂糖を加えて加熱したとろみのある飲み物であり、そのまま飲用されるほか、和菓子づくりの素材としても広く活用されてきた。
英語では “Kudzu starch gruel” や “Arrowroot tea” と訳されることが多い。中国語(簡体字)では「葛粉汤(Géfěn tāng)」と書かれ、韓国語では「칡즙」のようにクズの汁物として認識される。ローマ字表記は「Kuzuyu」で、海外の日本食関連メディアでもこの表記がそのまま使われる場面が増えている。
なお、漢方薬で知られる「葛根湯(かっこんとう)」は葛根を含む処方薬であり、飲料としての葛湯とは別物である。ただし、両者の原料はいずれもマメ科クズ属の植物の根であり、歴史的にも深い関わりがある。
特徴
葛湯の最大の魅力は、加熱によって生まれる独特のとろみと、透き通るような質感にある。葛粉を水で溶いて鍋にかけると、白い液体がしだいに透明へと変わり、なめらかな粘りが生じる。このとろみのおかげで対流が起こりにくく、液体の蒸発も抑えられるため、冷めにくいという実用上の利点もある。冬場の寒い夜に一杯の葛湯をすすると、体の芯からじんわり温まるのはこのためだ。
味わいの面では、葛粉と砂糖だけで仕立てるとほのかな甘みだけが残る、きわめて上品な飲み物に仕上がる。しかし近年は抹茶、生姜、柚子、小豆、シナモン、コーヒーなどで風味づけしたバリエーションが市販品として多数登場しており、アレンジの幅はかなり広い。小さなあられや浮き菓子をトッピングする商品もあり、見た目の楽しさも兼ね備えている。
栄養面を見ると、主成分は葛粉由来の炭水化物と砂糖の糖分で、ビタミンはほぼ含まれない。ただし、本葛(後述)にはマメ科植物特有のイソフラボン誘導体(ダイゼイン、ダイジン、プエラリンなど)が微量に含まれており、発汗・解熱・鎮痙の作用があるとされてきた。この成分はジャガイモやサツマイモ由来のでんぷんには含まれず、本葛に固有のものである。また、本葛粉は片栗粉と比較すると鉄分が約3倍以上、カルシウムは約2倍と多く、リンの含有量は約5分の1と少ない。こうした特性から、離乳食や介護食の素材としても注目されてきた。
葛でんぷんの粒子は5~20マイクロメートルと、でんぷん類のなかでも小さい部類に入る。この微細な粒子が、ほかのでんぷんでは再現しがたい、なめらかで上品な舌ざわりを生み出している。
用途
葛湯はそのまま飲む用途がまず思い浮かぶが、お菓子の世界における役割も幅広い。
まず、葛湯そのものが「飲む和菓子」として成立している。固形の葛粉と砂糖を型で抜き、薄紙に包んだ干菓子タイプの葛湯は、カップに入れて熱湯を注ぐだけで手軽に楽しめるため、贈答用の銘菓として定着している。松屋本店の「吉野拾遺」がその代表格だ。
和菓子の製造材料としても、葛湯の原料である葛粉は欠かせない存在である。葛饅頭や葛餅、葛切り、葛ちまき(水仙ちまき)など、葛を主原料とする菓子は数多い。葛粉は透明感と弾力を生み出すため、夏の涼菓に使われることが多い。葛饅頭の透き通った皮に餡が透けて見えるさまは、日本の夏を象徴する美しさだ。
また、あんかけやとろみづけの材料として、料理の世界でも重宝される。「吉野仕立て」と呼ばれる葛でとろみをつけた調理法は、吸い物や煮物に上品なとろみを加える技法として、料亭や家庭料理で広く用いられている。
さらに、離乳食や介護食のとろみ材としての利用も見逃せない。嚥下(えんげ)機能が弱い乳幼児や高齢者にとって、葛でとろみをつけた食品は飲み込みやすく、消化にも優しい。風邪のひきはじめに葛湯を飲む習慣も、こうした滋養食としての側面と結びついている。
主な原産国と産地
葛湯の原料であるクズ(学名:Pueraria montana var. lobata)は、マメ科クズ属のつる性植物で、日本、中国、朝鮮半島、台湾、フィリピンなど東アジアから東南アジアにかけて広く自生している。中国ではほぼ全土に分布しており、百度百科によれば新疆、青海、チベットを除く地域で見られるとされる。
日本国内では、北海道から九州まで広範囲に生育しており、特に以下の産地が葛粉の名産地として知られる。
奈良県吉野地方は、国内でもっとも名高い葛の産地である。冬の冷たい水と乾いた寒気が葛粉の精製に適しており、「吉野晒し(よしのざらし)」と呼ばれる伝統的な水晒し製法が古くから受け継がれてきた。この地で作られた葛粉は「吉野葛」と称され、なかでも葛のでんぷん100%のものだけが「吉野本葛」と表示される。
福岡県朝倉市秋月も、もう一つの重要な産地だ。江戸時代の秋月藩で特産品として扱われ、幕府への献上品にもなった「久助葛」の伝統が現在も続いている。
石川県宝達山では、中世末期に金鉱山の労働者の健康管理のために葛根を活用したのが始まりとされる「宝達葛」が知られている。
ただし、現在流通している「葛粉」の多くは本葛ではなく、ジャガイモ(馬鈴薯でんぷん)やサツマイモ(甘藷でんぷん)、トウモロコシ(コーンスターチ)を原料とした代用品である。また、本葛と表示された製品でも中国産や台湾産の葛粉が使われているケースがあるため、国産にこだわる場合は産地表示をよく確認する必要がある。
選び方とポイント
葛湯の品質を左右する最大の要素は、原料となる葛粉の種類である。ここを押さえておけば、自分に合った葛湯を選びやすくなる。
まず、パッケージの表示を確認したい。「本葛」または「吉野本葛」と記載されているものは、葛のでんぷん100%の製品である。一方、単に「葛粉」「くず粉」とだけ書かれたものは、サツマイモやジャガイモのでんぷんが混合されていたり、あるいはまったく葛を含まない場合もある。原材料欄に「甘藷でんぷん」「馬鈴薯でんぷん」と記載があれば、それは代用品と考えてよい。
「吉野葛」と表示されたものは、葛でんぷん50%にサツマイモなどのでんぷんを50%混ぜて製造されたもので、本葛と代用品の中間に位置する。価格を抑えつつ葛の風味をある程度楽しみたい場合には、こちらも選択肢になる。
インスタントタイプの葛湯を選ぶ際は、原材料の配合順に注目するとよい。日本の食品表示法では、配合量の多い順に原材料を記載する決まりがある。砂糖やでんぷんが先頭にきて、本葛が後方に記載されている場合、葛の含有率はそれほど高くない。
風味のバリエーションも選び方の一つ。プレーンタイプは葛本来の味を確かめるのに向いており、生姜入りは体を温めたいとき、抹茶入りはお茶請けとして楽しみたいときに適している。柚子、小豆、シナモンなど多彩なフレーバーが出ているので、好みに合わせて試してみるのも面白い。
保存面では、葛粉は湿気を嫌う。未開封であれば常温保存が可能だが、開封後は密閉容器に移して冷暗所で保管するのが望ましい。インスタントの個包装タイプなら、比較的長く品質を保てる。
メジャーな製品とメーカー名
葛湯は、老舗の和菓子店から食品メーカーまで、さまざまな企業が製造・販売している。ここでは代表的な製品をいくつか取り上げる。
井上天極堂(奈良県御所市)は、1870年(明治3年)に吉野本葛の製造を始めた老舗である。吉野本葛を贅沢に使った葛湯のほか、胡麻豆腐や葛きりなども手がける。葛湯は複数のフレーバーが用意されており、プレーン、抹茶、生姜、柚子、しるこなど多彩なラインナップが揃う。「乳酸菌葛湯」のように現代的な商品も展開している。
松屋本店(奈良県吉野郡吉野町)は、天保13年(1842年)創業。もともとは味噌醤油の醸造業からスタートし、昭和37年(1962年)に葛湯「吉野拾遺(よしのしゅうい)」の製造販売を開始した。吉野本葛と上白糖を木型で抜いた干菓子風の葛湯で、熱湯を注ぐと桜花をかたどった浮き菓子がふわりと浮かび上がる。名前は後醍醐天皇の吉野遷幸にまつわる古書にちなんでいる。お土産や贈答品として根強い人気を誇る。
廣久葛本舗(福岡県朝倉市秋月)は、文政2年(1819年)に初代久助が創業した。一子相伝の製法で「久助葛」を作り続けており、現在は10代目が伝統を受け継ぐ。本葛を使った葛湯も取り扱い、秋月藩の特産品としての歴史を今に伝えている。
中村軒(京都市西京区)は、明治16年(1883年)創業の老舗和菓子店で、名物「麦代餅(むぎてもち)」で知られる。冬季限定で販売される「かぜしらず」は、くり抜いた柚子釜の中に100%本葛の葛湯を流し込んだ一品で、電子レンジで温めてから柚子の蓋を搾って果汁を加えるという独特の食べ方が楽しめる。
手軽に楽しめるインスタントタイプの葛湯では、日東食品工業(広島県広島市)の「ニットーリレー」ブランドが広く流通している。くず湯、抹茶くず湯、小豆抹茶くず湯、十八穀くず湯など豊富な種類があり、本葛を配合した商品をスーパーやドラッグストアで手軽に入手できる。
今岡製菓(広島県廿日市市)もくず湯の定番メーカーの一つで、プレーンの「くず湯」や「抹茶くず湯」を和紙風のパッケージで販売している。不二食品の「葛くず湯」、川光物産(東京都中央区)の「玉三」ブランドの本くず湯シリーズ、杉丸物産の「くずゆくず」なども、スーパーの粉末飲料コーナーでよく見かける商品だ。
歴史・由来
葛と日本人との関わりは、はるか古代にまでさかのぼる。クズは万葉集に詠まれた秋の七草の一つであり、奈良時代にはすでに「黒葛」として風土記にその名が記されていた。葉を食用にし、花を乾燥させて薬に用い、茎の繊維は布に、根はでんぷんの原料にと、捨てるところのない植物として重宝されてきた。
葛の根からでんぷんを精製する技術は、水晒し法(すいざらしほう)と呼ばれる。根を砕いて水の中ででんぷんをもみ出し、沈殿させ、上澄みを捨てて新しい水を加える作業を何度も繰り返すことで、不純物やアクを取り除いていく。この技法が確立される以前は、人々は葛の根をそのまましがんで食べていたと考えられている。韓国などでは近代までその風習が残っていたとされるが、生のままではにおいが強く、とても食べやすいとは言いがたかったようだ。
東北地方では、葛根を乾燥させて石臼でひき、小麦粉と混ぜて団子にした「根餅(ねもち)」が、飢饉の際の救荒食として利用されていたと伝わる。こうした食文化の延長線上に、より精製度を高めた葛粉の生産が発展していった。
和菓子の材料として葛が本格的に使われはじめたのは、鎌倉・室町時代以降のことである。中国に留学した禅僧が「点心」を日本に伝えた際、その材料の一つとして本葛粉が用いられ、葛饅頭や葛切りの原形が生まれた。当時、葛切りには「水繊」の字があてられていたが、黄色と白の短冊状に仕立てた姿が水仙の花に見立てられたことから、やがて「水仙」の文字が用いられるようになった。葛切りは「水仙羹(すいせんかん)」、葛饅頭は「水仙饅頭」、葛ちまきは「水仙ちまき」と呼ばれ、この優美な名称は現在でも料亭の品書きなどに残っている。
漢方の分野では、葛根は古くから薬効のある生薬として知られていた。中国後漢末の3世紀初めに張仲景が著したとされる医学書『傷寒論(しょうかんろん)』には、すでに「葛根湯」の処方が記載されている。1800年近い歴史をもつこの漢方薬は、風邪の初期症状に用いる処方として、日本でも広く知られるようになった。
葛湯を飲む習慣もまた、こうした薬効への信頼と深く結びついている。本葛にはイソフラボン誘導体が微量含まれており、体を温め、発汗を促し、胃腸の調子を整えるとされてきた。「風邪をひいたら葛湯」という言い伝えは、単なる迷信ではなく、葛根がもつ薬理成分に裏打ちされた、いわば生活の知恵だったのだ。
江戸時代になると、各地で葛粉の生産が本格化した。奈良の吉野地方は冬の冷たい清水と寒気に恵まれ、「吉野晒し」と呼ばれる精製法が磨き上げられていった。この地で作られた葛粉は「吉野葛」として全国に名を馳せ、混じりけのない純粋な製品には「本葛」の名が冠された。一方、福岡県秋月では文政2年(1819年)に初代・高木久助が純白の本葛を作り上げ、藩主黒田公から称賛を受けたことが「久助葛」のはじまりと伝わる。
葛湯が菓子として洗練された形をとるのは、江戸後期から昭和にかけてのことだ。奈良吉野の松屋本店は天保13年(1842年)に味噌醤油醸造業として創業し、昭和37年(1962年)に吉野本葛を用いた葛湯「吉野拾遺」の販売を始めた。熱湯を注ぐと桜の浮き菓子がほどけるこの葛湯は、吉野のお土産として今なお親しまれている。
戦後の食品産業の発展とともに、インスタント葛湯も広まった。本葛に代わってジャガイモやサツマイモのでんぷんを用いた安価な製品が大量に流通するようになり、家庭で気軽に葛湯を楽しめる環境が整っていった。現在では、抹茶や生姜、柚子、十八穀など多彩な風味の商品がスーパーやコンビニの棚に並んでおり、伝統的な飲み物でありながら、時代に合わせた進化を続けている。
とはいえ、本葛で丁寧に仕立てた葛湯のなめらかさ、ほのかな香り、透き通った美しさは、代用品では決して再現できない。和三盆糖を合わせた最高級の葛湯は、口に含んだ瞬間にその違いがわかるほどだ。日本の風土が育んだ素材と、先人たちの技が織りなすこの飲み物は、単なる飲料を超えた、一つの食文化そのものと言ってよいだろう。
