材料の名前
日本語では「わらび粉(蕨粉・わらびこ)」と呼ばれる。特にワラビの根から採取した澱粉のみで作られたものは「本わらび粉(本蕨粉)」と呼び、他の澱粉を混合した製品と明確に区別される。英語では「bracken starch」もしくは「bracken-root starch」と訳されることが多い。原料となるワラビの学名は Pteridium aquilinum で、日本に自生する変種は Pteridium aquilinum subsp. japonicum とされ、英名は「eastern bracken」である。なお、植物分類上はコバノイシカグマ科ワラビ属に属する多年生のシダ植物にあたる。かつてはイノモトソウ科やウラボシ科に分類されていた時期もあったが、現在の分類体系ではコバノイシカグマ科(Dennstaedtiaceae)に置かれている。
特徴
わらび粉の最大の特徴は、独特の粘りの強さと、澱粉特有の粉臭さがほとんどないことにある。色は灰褐色から薄い灰色をしており、水を加えて加熱すると黒みがかった茶褐色に変わる。この色合いこそが本わらび粉で作ったわらび餅の証で、スーパーなどで見かける無色透明のわらび餅とは見た目がまったく異なる。
糊化(こか)したわらび粉は弾力に富み、口に入れるとやわらかく溶けていく独特の食感を生む。もちもちとした歯ごたえと、すっと消えるような口どけが同時に楽しめるのは、他の澱粉にはない本わらび粉ならではの性質である。
ただし、製造には気の遠くなるような手間がかかる。冬場の寒い時期にワラビの地下茎を掘り起こし、叩いてほぐし、冷水で何度も繰り返し洗って澱粉を沈殿させ、上澄みを捨て、再び水を加えて撹拌する。この精製工程を経て乾燥させたものが、ようやくわらび粉になる。Wikipediaの記載によれば、10kgのワラビの根からわずか70g程度しか採れないとされるほど収量が少ない。波里(なみさと)の資料でも、ワラビの根からの澱粉収量は12~15%程度と記されており、いずれにしても歩留まりが極端に低い素材であることに変わりはない。
こうした事情から、本わらび粉の価格は1kgあたり1万円~3万円にも達し、同じく高級和菓子材料として知られる本葛粉のおよそ数倍にあたる。まさに「幻の和菓子原料」と呼ばれるにふさわしい希少性を持っている。
用途
わらび粉の代表的な用途は、何といっても「わらび餅」である。わらび粉に水と砂糖を加えて鍋で加熱し、半透明になるまで練り上げたものを冷やし固め、きな粉や黒蜜をかけて食べる。本わらび粉を使った場合は黒みがかった色味に仕上がり、独特の風味と弾力が際立つ。
わらび餅以外にも、蕨まんじゅうや蕨ようかんなど、和菓子の生地素材として幅広く使われている。練り上げたわらび粉で餡を包んだ蕨まんじゅうは、京都や奈良を中心に老舗の和菓子店が手がける季節の銘菓として親しまれてきた。
食用以外の用途も見逃せない。糊化したわらび粉は粘性が強いため、かつては和傘、提灯、襖(ふすま)、油紙、合羽(かっぱ)などを作る際の糊として利用されていた。着物の染色工程で布地を固定するための糊にも使われた歴史がある。こうした非食用の需要もまた、わらび粉が日本の暮らしに深く根ざしていたことを物語っている。
主な原産国・産地
ワラビそのものは、世界の温帯から熱帯にかけて広く分布する植物であり、東アジア、ヨーロッパ、北米など各地に自生している。しかし、ワラビの地下茎から澱粉を抽出して「わらび粉」として利用する食文化は、主に日本で発展してきた。
国内のわらび粉産地としては、南九州が圧倒的な存在感を示す。鹿児島県と宮崎県はわらび粉の主要な生産地として知られ、オーサワジャパンの本わらび粉も原材料に「蕨根(宮崎・鹿児島産)」と明記している。廣八堂もまた鹿児島に工場を構え、本蕨粉の製造拠点としている。
一方、東北地方では岩手県の西和賀町が独自のわらび粉文化を守っている。西和賀町は豪雪地帯として知られ、極上の太いわらびが採れる産地で、2024年1月に山菜として日本初のGI(地理的表示)登録を受けた「西わらび」の産地でもある。ここで製造される「西蕨粉」は、京都の和菓子材料店ヤマグチとの連携をきっかけに品質向上が進み、全国の和菓子職人から注目されるようになった。秋田県でも同様の取り組みが見られる。
近年は国産の生産量減少にともない、中国産のわらび粉も流通している。一部メーカーでは、国産が入手困難な時期に中国産の本わらび粉を代替品として取り扱うケースも出てきている。
選び方とポイント
わらび粉を購入する際に最も大切なのは、原材料表示の確認である。商品名に「わらび餅粉」と書かれていても、中身がさつまいも澱粉やタピオカ澱粉であるものが大半を占める。これは偽物というわけではなく、手頃な価格でわらび餅風のお菓子を楽しめるように作られた代替品であり、そもそも本わらび粉の流通量自体がごくわずかであるために生まれた市場の現実でもある。
本わらび粉を求めるなら、原材料表示に「蕨澱粉100%」「本わらび粉」「蕨根」と明記されたものを選ぶ必要がある。パッケージの色も目安になり、本わらび粉は灰褐色を帯びた粉末である。真っ白な粉は他の澱粉と考えてよい。
もう一つ知っておきたいのが、「本わらび粉100%」と「本わらび粉入り(ブレンド)」の違いである。蓮根澱粉やタピオカ澱粉に本わらび粉を配合した製品も「本わらび粉入り」として販売されている。こうしたブレンド品は100%品に比べて扱いやすく、価格も手頃なため、家庭でのお菓子作りには十分役立つ。用途や予算に応じて使い分けるのが賢い選択と言えるだろう。
保存は常温で問題ないが、湿気を避けて密封することが前提となる。賞味期限が長い乾物とはいえ、開封後は早めに使い切ることが望ましい。
メジャーな製品とメーカー名
わらび粉を取り扱う主なメーカーと製品を以下にまとめる。
廣八堂(ひろはちどう)は、福岡県朝倉市秋月に本社を置く葛・蕨の老舗専門メーカーである。創業から140年以上の歴史を持ち、鹿児島工場で本蕨粉を製造している。業務用の蕨粉(蓮根澱粉と本蕨粉のブレンド)は、全国の和菓子店やパティスリーで広く採用されている。FSSC22000認証を取得した工場での製造体制も、品質面での信頼につながっている。
富澤商店(TOMIZ)は、創業100年を超える製菓製パン材料の専門店で、家庭向けから業務用までわらび粉のラインナップが充実している。南九州産の国産わらび根を使った「本わらび粉(100g)」は、少量から購入できる貴重な選択肢として人気が高い。また「特撰わらび粉」は蓮根澱粉に本わらび粉を加えたブレンド品で、和菓子屋でも広く使われている高級仕様の製品である。
ヤマグチは京都に拠点を置く和菓子材料の専門店で、国産わらび根100%の「黒本蕨(くろほんわらび)」を登録商標として展開している。極寒期に冷水で繰り返し晒す「京寒晒製法」で仕上げた本蕨粉は、漆黒の艶と濃厚な風味が特徴で、プロの和菓子職人から高い評価を得ている。岩手県西和賀町のわらび粉づくりの復興にも関わった実績を持つ。また、本蕨粉と本葛粉をブレンドした「蕨粉 極」も、扱いやすさと本格的な風味を両立した製品として家庭用・業務用の両方で支持されている。
井上天極堂は奈良県御所市に本社を構え、1870年の創業以来、吉野本葛を作り続けてきた老舗である。葛粉を主力としつつ、わらび粉やわらび餅粉の製造販売も手がけており、国産わらび澱粉100%の本わらび粉(粉末タイプ)をプロ向けに提供している。本わらび粉にタピオカ澱粉を加えた扱いやすい家庭向け製品もある。
オーサワジャパンは自然食品の流通を手がける企業で、「オーサワの本わらび粉」は宮崎・鹿児島産の蕨根のみを使用した国産100%の製品として知られる。50g入りで数量限定販売となっており、自然食品店やオンラインショップで購入できる。
歴史・由来
わらび粉の歴史は非常に古く、日本人がワラビの地下茎から澱粉を取り出して利用してきた起源は、少なくとも平安時代にまでさかのぼると考えられている。わらび餅にまつわる最も有名な逸話として語り継がれているのが、平安時代の醍醐天皇(在位897~930年)の話である。醍醐天皇はわらび餅をこよなく愛し、あまりの美味しさに「太夫(たゆう)」の位を授けたという伝説が残る。この故事から、わらび餅の異名を「岡太夫(おかたゆう)」と呼ぶようになった。寛永19年(1642年)に書写された大蔵虎明能狂言集にも、この古い言い伝えが「岡太夫」という演目の中に記されている。
ただし、わらび粉の精製は大変な手間を要するため、日常的に食べられる庶民の食材ではなかった。米や芋、豆などと比べて著しく効率が低いため、身分の高い者が食するか、凶作時の非常食として利用されたという説がある。ワラビの地下茎は山野に広く自生するため、飢饉の折には最後の食糧として人々の命をつないだという一面もあった。
わらび粉の代替品使用も、実は歴史が古い。元和2年(1616年)に林道春(林羅山)が著した紀行文『丙辰紀行』には、現在の静岡県掛川市あたりの宿場で売られていたわらび餅に、すでに葛粉が混ぜられていたことが記録されている。「人その蕨餅なりと知りてその葛餅ということを知らず」という一節は、江戸時代初期にはすでに本わらび粉の供給が追いつかず、代替澱粉が使われていた実態を生々しく伝えている。
江戸時代以降、わらび粉の生産はさらに減少の一途をたどった。近代に入ると、さつまいも澱粉やタピオカ澱粉が安価な代替品として普及し、市販のわらび餅の大半は本わらび粉を使わないものとなった。一方で、高級和菓子店や京都の老舗では本わらび粉にこだわり続ける職人も絶えず、その伝統は今に引き継がれている。
また、食用以外にも、わらび粉は和傘や提灯、襖、着物の染色などに使う糊として長く利用されてきた。こうした工芸分野での需要があったことも、日本各地でわらび粉づくりの技術が伝承された理由の一つと考えられる。
現代では、自生するワラビの減少や採取の担い手不足によって、国産本わらび粉の生産量はさらに少なくなっている。その中で、岩手県西和賀町のように地域をあげてわらび粉づくりの復活に取り組む動きや、京都のヤマグチのように産地と連携して品質向上を図る事業者の存在は、この希少な食文化を次の世代へつなぐ大きな力になっている。
