材料の名前

和菓子の世界で欠かせない材料のひとつが「白あん」である。漢字では「白餡」と書き、読み方は「しろあん」。英語では「White Bean Paste」や「Shiro An」と表記される。中国語(簡体字)では「白豆沙(bái dòushā)」、韓国語では「백앙금(ペクアングム)」と呼ばれることが多い。海外の和菓子レシピサイトや日本食紹介ページでは「Shiroan」とローマ字をそのまま使う場面も増えており、和菓子人気の高まりとともに国際的な認知度も少しずつ広がっている。

特徴

白あんは、白いんげん豆や白小豆などの白い豆を原料として作られるこしあんの一種である。小豆から作る赤あんとは見た目も風味も大きく異なり、淡いクリーム色をした上品な外観が特徴だ。

味わいの面では、小豆あんと比較して渋みが少なく、穏やかで澄んだ甘みを持つ。口当たりもなめらかで、素材そのものの風味を邪魔しにくい。この「素直な味」こそが白あんの最大の長所といえるだろう。着色しやすい白さを備えているため、食紅や抹茶、ゆず、いちごなどを混ぜて色や風味をつけるベースとしても重宝される。

食感については、製造工程でしっかりと裏ごしを行うため、粒のないなめらかなペースト状に仕上がる。白あんには「粒あん」タイプがほとんど存在せず、こしあんとして使うのが基本である。糖度は製品やメーカーによって異なるが、業務用の白練りあんでおおむね50~65度前後のものが多い。

栄養面では、原料の白いんげん豆由来のたんぱく質や食物繊維を含んでおり、脂質が低い点は赤あんと共通している。100gあたりのカロリーは砂糖の配合量によって変動するが、練りあんの状態でおよそ250~330kcal程度が目安となる。

用途

白あんの用途は和菓子の世界で実に幅広い。代表的な使い方を挙げると、まず「練り切り」がある。練り切りは白あんに山芋やつなぎの粉を加えて練り上げ、四季の花や風物詩をかたどった上生菓子で、茶席にも供される格式のある和菓子だ。白あんの色の白さとクセのなさが、精緻な色付けや造形を可能にしている。

「桃山」も白あんが主役の焼き菓子である。白あんに卵黄と砂糖を混ぜた生地を型に入れてオーブンで焼き上げるもので、しっとりとした食感と卵黄の風味が調和する。

さらに白あんは、饅頭やどら焼き、最中の中身として、赤あんと並んで定番の選択肢だ。白あんを使った饅頭は「薯蕷(じょうよ)饅頭」をはじめ全国に数多くの銘菓がある。白い羊羹やいちご大福、栗饅頭の中身にも白あんが活躍する場面は多い。

近年では和菓子の枠を超えた使い方も広がっている。白あんをベースにフルーツのピューレや果肉を練り込んだ「フルーツあん」は、大福やパンの具材として人気がある。マンゴーあんやいちごあん、ブルーベリーあんなどのバリエーション豊かな商品が次々と登場しており、その多くは白あんを土台としている。白あんの淡い色合いが、フルーツの鮮やかな色を引き立てるからだ。

あんパンの分野でも白あんは定番で、こしあんや粒あんと並んで「白あんパン」はパン屋の棚に並ぶ。洋菓子の材料としても、パウンドケーキの生地に練り込んだり、マフィンのフィリングに使ったりと、和洋を問わず活躍の幅が広がっている。

主な原産国と原料の産地

白あんの原料となる豆について整理しておきたい。白あんに使われる豆は、大きく分けて二つのグループがある。

ひとつ目はインゲンマメ属の白い豆で、手亡(てぼう)、大手亡(おおてぼう)、大福豆(おおふくまめ)、白花豆(しろはなまめ)などが該当する。現在、市販の白あん製品の大半はこのグループの豆、とりわけ手亡や大手亡から作られている。国内では北海道が主産地であり、国産いんげん豆の生産量の大部分を北海道が占める。輸入品としてはカナダ、アメリカ、ミャンマー、中国などから白いんげん豆が入ってきている。業務用の白あん原料としてはカナダ産やミャンマー産の使用頻度が高い。

ふたつ目は白小豆(しろあずき)で、こちらはササゲ属アズキ種に分類される、文字通り白い色をした小豆である。白小豆は手亡に比べて粒子が細かく、より滑らかな舌触りと小豆本来の上品な風味を備えている。しかし栽培が難しく収量も少ないため、価格は手亡の数倍以上にのぼる。国内の生産地は北海道十勝地方、岡山県(備中白小豆として有名)、兵庫県、茨城県、群馬県などに限られ、全国の作付面積は200ha前後にすぎない。白小豆を使った白あんは「白小豆餡」として区別され、高級和菓子店や老舗の上生菓子に用いられることが多い。

いんげん豆の原産地は中南米である。メキシコやペルーでは7,000年以上前から食用にしていた痕跡が確認されており、16世紀にヨーロッパへ伝わった。日本へは17世紀、中国の明から渡来した隠元隆琦(いんげんりゅうき)禅師が持ち込んだとされ、豆の名前「隠元豆(いんげんまめ)」はこの僧侶の名に由来する。

選び方とポイント

白あんは家庭用の小分けパック(150g~500g程度)から、業務用の大容量パック(1kg~5kg以上)まで、さまざまな規格で市販されている。選ぶ際に押さえておきたいポイントをいくつか紹介する。

まず、用途に合わせた状態の選択が重要だ。白あんには大きく「白生あん(しろなまあん)」「白練りあん」「白さらしあん(粉末)」の三つの形態がある。白生あんは砂糖を加えていない状態の豆のペーストで、自分で砂糖の量を調整して炊き上げたい場合に向いている。白練りあんは砂糖を加えて炊き上げ済みの完成品で、そのまま和菓子のフィリングとして使える。白さらしあんは生あんを乾燥させて粉末にしたもので、長期保存に優れ、水と砂糖を加えて練り上げれば白あんになる。

次に、原材料表示の確認だ。原材料欄に「白いんげん豆」や「手亡」と記載があるものが一般的で、北海道産の豆を使用した製品は風味が良いとされる。白小豆を使った製品はパッケージに「白小豆使用」と明記されている場合が多く、その分価格も高めになる。添加物については、砂糖と豆だけのシンプルな配合のものから、寒天や食塩、ソルビトール(保湿目的)を含むものまでさまざまだ。用途や好みに応じて選びたい。

糖度にも注目したい。糖度が低めのものはあっさりした甘さで、フルーツあんのベースや洋菓子への応用に向く。糖度が高めのものは保存性がよく、伝統的な和菓子にそのまま使いやすい。パッケージに糖度が記載されている業務用製品も多いので、レシピに合わせて選ぶとよいだろう。

保存面では、開封後は冷蔵庫で保管し、早めに使い切ることが基本となる。冷凍保存も可能で、小分けにしてラップで包み冷凍すれば1~2か月程度は品質を保てる。

メジャーな製品とメーカー名

白あんを製造・販売している主なメーカーと製品を紹介する。

「橋本食糧工業」は1905年(明治38年)に大阪市で創業した老舗の製餡メーカーである。「餡の橋本」として知られ、和菓子用しろあんをはじめ多彩なあんこ製品を製造している。大阪と東京に工場を持ち、全国のパン屋や和菓子店に製品を供給している。家庭向けの500g入り白あんも入手しやすい。

「茜丸(あかねまる)」は大阪市天王寺区に本社を置く製餡メーカーで、創業80年以上の歴史を持つ。「茜丸本舗 白あん 1kg」は業務用として流通しているほか、ECサイトでの個人向け販売も行っている。フルーツあんやユニークな変わり種あんのラインナップも豊富で、白あんをベースにしたいちごあんやあまおういちごあんなどが人気だ。

「伊勢製餡所」は三重県に拠点を置くメーカーで、家庭向けの小分けパック(300g)が全国のスーパーマーケットやECサイトで広く流通している。手軽に購入できることから、家庭での手作り和菓子に使う白あんとしての知名度が高い。

「谷尾食糧工業」は岡山県に本社を構える食品メーカーで、「さくら庵」ブランドの白こしあんを展開している。300g入りの家庭用から1kg入りの業務用まで揃っており、国内製造の品質で根強い支持がある。

「相互製あん」は製菓・製パン向けの業務用あんこを中心に展開するメーカーである。白あん1kgパックはプロフーズなどの製菓材料専門店を通じて流通しており、パン屋や洋菓子店での利用が多い。

「富澤商店(TOMIZ)」は製菓・製パン材料の専門小売として知られ、北海道産白いんげん豆だけで作った白さらしあん(粉末タイプ、150g)や、北海道十勝産の白こしあん(500g)などをオリジナル商品として販売している。製菓材料の買い物ついでに白あんも一緒に購入できる利便性の高さから、家庭のお菓子づくり愛好家に支持されている。

「小田垣商店」は兵庫県丹波篠山市に本店を置く、明治元年創業の豆類専門店だ。希少な白小豆を使った「幻のしろあんこ」(300g)は、白小豆ならではの深い風味となめらかな舌触りが味わえる高級品として知られる。

「吉川製餡」は白いんげん豆の生あんを北海道産の甜菜糖で炊き上げた白練りあん(1kg)を販売しており、糖度62%のしっかりとした甘さが特徴である。

歴史・由来

白あんの歴史を紐解くには、まず日本におけるあんこの起源から振り返る必要がある。

あんこの原型が日本に伝わったのは飛鳥時代とされる。遣隋使が中国から持ち帰ったのは、もともと肉や野菜の詰め物を意味する「餡」であった。甘い小豆の餡が登場するのはずっと後の話で、1349年(貞和5年)に中国から渡来した林浄因(りんじょういん)が、肉食の許されない僧侶のために小豆を煮詰めて甘葛(あまづら)の甘味と塩味を加え、饅頭の皮に包んだのが小豆餡入り饅頭の始まりとされている。

白あんの材料としてまず歴史に登場するのは白小豆だ。日本豆類協会の研究資料によると、白小豆に関する文献上の初出は、平安前期の延喜18年(918年)頃に成立した『本草和名』にまでさかのぼる。ここには中国の崔禹の記述として「白小豆」の名が見える。ただし、当時の記述は中国の文献を引いたものであり、日本国内での利用を直接示すものではない。

江戸時代に入ると、白小豆の用途が具体的に記録されるようになる。江戸前期の『合類日用料理抄』(1689年)には白小豆の粉を蒸して擂る調理法が載り、江戸後期の『本草図譜』(1828年)には「白豆、志ろあづき、常陸より多く出づ、あらいこ又ハ饅頭の白あんに用ふ」と記されている。洗い粉(石鹸の代わりに衣服の汚れを落とす粉)と白あんの両方に使われていたというのは、現代から見ると意外な事実だ。白小豆は「シャボン豆」とも呼ばれていたことが複数の文献に残っている。

江戸後期の菓子製法書『鼎左秘録』(1852年)や『菓子話船橋』(1841年)には、白小豆や白ササゲを使った練り羊羹のレシピが記録されており、この時代には白あんを使った和菓子がすでに確立していたことがわかる。

転機となったのは明治時代だ。明治初年以降、政府が欧米からインゲンマメの実用品種を輸入するようになった。大福豆、金時豆、手亡など多彩な品種が日本に入り、北海道を中心に栽培が広がった。白小豆は収量が少なく栽培が難しいという課題を抱えていたため、明治期の文献にはすでに「インゲンが餡の原料に供せられるに至れる以来、栽培するものが少い」という記述がある。つまり、白あんの原料が白小豆からインゲンマメ(特に手亡)へと移行したのは、明治時代のことなのだ。

「手亡(てぼう)」という名前の由来も興味深い。いんげん豆の多くは蔓(つる)が伸びるため、栽培時に「手竹(てだけ)」と呼ばれる竹の支柱を立てる必要がある。ところが手亡は半蔓性で支柱が不要だったため、「手竹がいらない=手が亡い」という意味で「手亡」の名がついたと伝えられている。

大正から昭和にかけて、白あんは和菓子の広がりとともにその存在感を増していった。練り切りは茶道文化の発展とともに江戸時代後期に誕生したとされるが、白あんを土台とした色鮮やかな上生菓子が全国に広まったのは、菓子文化が庶民に浸透した近代以降のことだ。

戦後の砂糖統制の時代には、長期保存が可能な「晒餡(さらしあん)」の需要が高まった。橋本食糧工業が晒餡の製造に注力したのもこの時期である。砂糖の供給が安定し、和菓子産業が復興するなかで、白あんは再び重要な材料としての地位を確立した。

現代では、フルーツあんや洋菓子への転用など、白あんの用途はかつてないほど多様化している。その白く控えめな見た目とは裏腹に、白あんは日本の菓子文化を長い歴史のなかで静かに、しかし確かに支え続けてきた材料なのである。

免責事項

商品紹介等については、公式サイトおよび公開情報を基に作成しております。
記載内容は掲載時時点での参考値です。商品仕様は予告なく変更される場合があります。
購入・ご利用の際は必ず最新のパッケージ表示または公式情報をご確認ください。特に食物アレルギーをお持ちの方は原材料を十分にご確認の上お求めください。
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