材料の名前
日本語では「甘納豆(あまなっとう)」と呼ぶ。かつて榮太樓總本鋪が考案した際の正式名称は「甘名納糖(あまななっとう)」であった。英語圏では定まった訳語がなく、”Amanattō” とそのままローマ字表記されるか、”candied beans””sugar-coated beans””sweetened beans” などと訳されることが多い。中国語では「甜纳豆(ティエンナードウ)」と表記される。なお、発酵食品の「納豆(糸引き納豆)」とは一切関係がない。名前に「納豆」と入っているため誤解されやすいが、由来は後述するとおり、浜名納豆(浜納豆)や大徳寺納豆といった塩辛納豆の見た目に似ていたことから名づけられたものである。
特徴
甘納豆は、豆類を糖蜜でじっくり煮含め、表面にグラニュー糖をまぶして乾燥させた和菓子の一種である。口に含むと、しっとりとした食感とともに豆そのものの風味が広がり、後からやさしい甘みが追いかけてくる。表面の砂糖がほのかにざらつき、中はふっくらとやわらかい。この「外はさらり、中はしっとり」という二重の食感が甘納豆ならではの持ち味といえる。
原材料となる豆の種類によって、味わいや色合いが大きく変わる。小豆を使ったものは深い小倉色で、えんどう豆(うぐいす豆)を使えば淡い緑色に仕上がる。白花豆の甘納豆は上品な乳白色、金時豆はつややかな赤紫色、紫花豆やべにばないんげん(花豆)は大粒でほくほくとした味わいが楽しめる。さらに、黒大豆(黒豆)、そら豆、落花生のほか、栗、蓮の実、さつまいもの輪切り(芋納豆)を蜜漬けにしたものもあり、バリエーションはかなり豊富だ。
製法はいたってシンプルだが、手間と時間を要する。乾燥豆をまず一晩水に浸して十分に吸水させ、やわらかくなるまで水炊きする。続いて、濃度を少しずつ上げながら糖蜜に漬け込んでいく。糖蜜の浸透を急ぐと豆の皮が破れてしまうため、数日かけてゆっくり蜜を通すのがこの工程の要となる。蜜漬けが完了したら余分な蜜を切り、表面にグラニュー糖をまぶし、適度に乾燥させて完成となる。製造に要する期間は、豆の種類にもよるが、おおむね3日から1週間程度とされる。
栄養面では、小豆の甘納豆100gあたりのエネルギーは約284kcal、炭水化物は約69.5g、たんぱく質は約3.4g、脂質は約0.3gである(日本食品標準成分表に基づく数値)。砂糖を多く使うため糖質は高めだが、豆由来の食物繊維やミネラルも含まれている点は見逃せない。保存の面では半生菓子に分類され、開封前であれば常温保存が可能な製品も多い。ただし水分を含む食品なので、開封後は冷蔵庫で保管し、早めに食べきるのが望ましい。糖度が高いため冷凍してもカチカチには凍らず、冷凍保存にも適している。
用途
甘納豆は、そのまま茶菓子として食べられるほか、製菓・製パンの材料としても幅広く活用されている。
最もポピュラーな使い方の一つが、蒸しパンへのトッピングだ。ホットケーキミックスの生地に甘納豆を混ぜ込んで蒸すだけで、どこか懐かしい甘さの蒸しパンが出来上がる。パン生地に練り込む「豆パン」も、北海道を中心に根強い人気がある。
和菓子の分野では、ようかんやういろう、寒天寄せの具材として用いられるほか、おはぎの飾りや、甘納豆そのものを主役にした詰め合わせも贈答品として定番となっている。
少し意外な使い方として知られるのが赤飯への投入だ。北海道の道央圏や山梨県では、小豆やささげの代わりに甘納豆を入れた甘い赤飯を炊く風習があり、食紅でほんのりピンクに色づけするのが特徴となっている。この食文化は室町時代に甲斐国(現在の山梨県)南部の人々が移住した青森県の一部にも残っているとされる。
近年では、抹茶チョコレートで甘納豆をコーティングした和洋折衷のスイーツや、塩トマト味の変わり種甘納豆なども登場し、従来の和菓子の枠にとどまらない展開を見せている。
主な原産国と原料の産地
甘納豆そのものは日本で生まれた和菓子であり、現在も製造の中心は日本国内にある。
原料となる豆類の産地としては、北海道が圧倒的な存在感を持つ。小豆、黒大豆、白花豆、紫花豆、金時豆、えんどう豆など、甘納豆に使われる主要な豆のほとんどが北海道で栽培されている。十勝地方は特に豆の一大産地として知られ、甘納豆メーカーの中にも十勝産の原料にこだわる老舗が少なくない。
国産原料のほかに、中国産やカナダ産の小豆、ミャンマー産のえんどう豆など、海外産の豆が使用される製品もある。コスト面の事情から、量販店向けの手頃な甘納豆では輸入原料が使われるケースが多い。一方、贈答用や専門店向けの製品では、北海道産や丹波産といった国産ブランド豆を前面に打ち出していることが多い。
選び方とポイント
甘納豆を選ぶ際にまず確認したいのは、使われている豆の種類だ。そのまま食べるなら好みの味わいで選べばよいが、製菓材料として使う場合は、仕上がりの色合いや食感も考慮に入れたい。蒸しパンやパンに混ぜるなら小粒の小豆や金時豆が扱いやすく、和菓子の飾りには色鮮やかなうぐいす豆や白花豆が映える。
原材料表示を見る習慣も大切だ。昔ながらの甘納豆は、豆と砂糖、そして仕上げに少量の食塩というシンプルな構成になっている。還元水飴や漂白剤、着色料が加えられている製品もあるため、素材本来の味わいを重視するなら、できるだけ原材料がシンプルなものを選ぶとよい。
豆の産地も選び方の重要な要素となる。パッケージに「北海道産」「丹波産」など具体的な産地が記載されていれば、品質へのこだわりが感じられる。価格は高めになるが、豆の風味が豊かで、仕上がりにも差が出やすい。
鮮度の見極めもポイントの一つだ。甘納豆は半生菓子であるため、表面の砂糖が溶けてベタついていたり、異臭がするものは避けたほうがよい。個包装になっている製品は鮮度保持剤(脱酸素剤)が同封されていることが多く、開封前であれば比較的長く品質が保たれる。袋の外からでも、豆の粒がふっくらとしていて、表面に白い砂糖の粒がきれいに残っているかどうかを目視で確認したい。
メジャーな製品とメーカー名
甘納豆を製造するメーカーは全国に数多く存在するが、ここでは代表的なブランドをいくつか紹介する。
まず挙げたいのが、甘納豆の元祖とされる榮太樓總本鋪(東京・日本橋)だ。1818年(文政元年)に江戸で菓子業を始めた老舗で、文久年間(1861〜1864年)に3代目の細田安兵衛が「甘名納糖」を考案したことで知られる。現在も金時ささげを使った伝統的な甘名納糖を製造・販売しており、和菓子好きなら一度は口にしておきたい銘品だ。
銀座鈴屋(東京・銀座)は1951年創業の甘納豆専門店で、栗を使った「栗甘納糖」が看板商品として広く知られている。上品な甘さと栗のほくほくした食感が贈答品としても高い人気を誇る。
でん六(山形県)は、スーパーやコンビニで手に取りやすい「小袋甘納豆」を製造している。うぐいす、白花、金時、小豆の4種類が個包装で入っており、日常のおやつとしてなじみ深い。甘納豆にホワイトチョコと抹茶パウダーをまとわせた和スイーツも展開するなど、現代的なアレンジにも積極的だ。
花園万頭(東京・新宿)の「ぬれ甘なつと」は、発売以来70年以上の歴史を持つ代表銘菓である。一般的な甘納豆とは異なり、表面に砂糖をまぶさず蜜漬けのまま仕上げているため、しっとりとした独特の食感が楽しめる。同社は2018年に一度破産申請を行ったが、事業譲渡を経て同年末に営業を再開し、現在も新宿本店をはじめ複数の店舗で販売を続けている。
北海道に目を向けると、岡女堂本家(北海道本別町)は安政2年(1855年)創業を掲げる甘納豆の老舗で、十勝産の豆にこだわった製品づくりを続けている。旭川食品(北海道旭川市)は北海道産黒豆を使った甘納豆で知られ、素材と砂糖だけで仕上げるシンプルな味が評価されている。小樽の中ノ目製菓も、十勝産の金時豆や小豆を使った甘納豆で根強いファンを持つメーカーだ。
九州では光武製菓(佐賀県)が甘納豆の製造メーカーとして知られ、量販店向けの商品を広く展開している。
このほか、富澤商店のような製菓材料の専門店では、製パンや製菓用の甘納豆が業務用・家庭用ともに取り扱われており、手軽に入手できる。
歴史・由来
甘納豆の誕生には、関東と関西の二つの系統がある。
関東の系統では、江戸時代後期の文久年間(1861〜1864年)に、日本橋の菓子店・榮太樓の3代目である細田安兵衛が考案したとされる。安兵衛は、菓子の原料として不向きだった金時ささげ(大角豆)と店の蜜飴を組み合わせ、試行錯誤のすえに新しい菓子を生み出した。当初は「淡雪」と名づけたものの、文士の田中謨某から「淡雪はよろしくない。浜名納豆に似ているから甘名納糖と名づけたらどうか」と助言され、この名が定着した。小豆を煮ると皮の腹が割れ、「切腹」を連想させることから武士に敬遠されたため、最初の原料にはあえてささげを選んだという逸話も伝わっている。明治10年(1877年)の第1回内国勧業博覧会では、榮太樓の甘名納糖が優等賞を受賞。その後、明治20年(1887年)には白隠元を原料にした「村時雨」、昭和初期には栗を使った「栗納糖」が生み出され、甘納豆のバリエーションが少しずつ広がっていった。
一方、関西の系統では、京都に起源を持つ説がある。安政年間に甘納豆の老舗・岡女堂の初代である大谷彦平が、京都・本能寺の門前でぜんざいを火にかけすぎたことから偶然に甘納豆の原型を発見し、大徳寺納豆にちなんで「甘納豆」と名づけたというものだ。明治28年(1895年)の第4回内国勧業博覧会(京都開催)では、岡女堂が「ぼうだいの甘納豆」として出品し、宮内省御用達の栄誉を受けたとされている。大阪・天王寺の甘納豆専門店「青山甘納豆」には戦前の広告に甘納豆の文字が確認でき、関西でも早い時期から甘納豆が親しまれていたことがうかがえる。
どちらの説が「元祖」であるかは諸説あり、決着はついていない。ただ、いずれにも共通するのは、もともと塩辛納豆(浜名納豆や大徳寺納豆)の見た目に似た甘い菓子として生まれたという点である。発酵食品の糸引き納豆とは無関係にもかかわらず「納豆」の名が残ったのは、こうした歴史的経緯による。
明治から大正にかけて砂糖の流通量が増加すると、甘納豆は庶民のおやつとして広く普及した。昭和に入ると量産技術が発展し、さまざまなメーカーが参入。戦後の高度経済成長期には贈答品としても重宝され、銀座鈴屋や花園万頭のような専門店が全国的な知名度を獲得していった。
現在の甘納豆市場は、伝統的な豆の甘納豆だけでなく、さつまいもや栗、さらにはトマトやチョコレートを組み合わせた新しいスタイルの製品も登場しており、時代に合わせて緩やかに進化を続けている。江戸時代に生まれた素朴な蜜漬け菓子は、160年以上の歳月を経てもなお、日本の食卓や菓子づくりの現場で愛され続けている。
以上が甘納豆の全体像である。そのまま食べても十分においしいが、製菓や製パンの材料として使えば、和のやさしい甘さと豆のふっくらした食感が加わり、仕上がりに奥行きが生まれる。スーパーの菓子売り場から老舗専門店の逸品まで、選択肢の幅が広いのも甘納豆の魅力といえるだろう。
