材料の名前
日本語では「渋皮栗(しぶかわぐり)」と呼ばれる。栗の鬼皮(外側の硬くツヤのある殻)だけを取り除き、内側の薄い皮=渋皮を残した状態の栗を指す。加工品としては「栗の渋皮煮」「渋皮付栗甘露煮」などの名称で流通している。
英語では “chestnuts simmered with their inner skins” や “candied chestnuts with astringent skin” と表現されることが多い。栗そのものは英語で “chestnut”、フランス語では食用の栗を “châtaigne(シャテーニュ)” と呼び、大粒の栗や菓子用の栗を “marron(マロン)” と呼ぶ。なお、日本では「マロン=栗」という認識が広まっているものの、フランス語の “marron” は本来マロニエ(トチノキ)の実を意味し、厳密には食用の栗とは別の植物である。イタリア語では一般的な栗を “castagna(カスターニャ)”、大粒の栗を “marrone(マローネ)” と区別している。
特徴
栗の構造を理解するところから始めたい。農林水産省の解説によれば、普段「栗の皮」と思われている茶色く硬い部分は「鬼皮」と呼ばれ、植物学的には果肉にあたる。鬼皮の内側にある薄い皮が「渋皮」で、こちらは種皮に相当する。そして私たちが食べている黄色い部分は、じつは種子の中の子葉である。
渋皮栗とは、鬼皮だけを丁寧に取り除き、この渋皮をあえて残した状態の栗のことだ。渋皮には独特のほろ苦さがあり、その正体はポリフェノールの一種であるタンニンやプロアントシアニジンである。タンニンには強い抗酸化作用があるとされ、渋皮ごと食べることで、鬼皮をむいた状態の栗よりも多くのポリフェノールを摂取できる。
渋皮を残したまま加工する利点は、風味と食感の両面にある。渋皮が栗の実を包むことで、煮込んでも果肉が崩れにくく、しっとりした仕上がりになる。ほろ苦さと砂糖の甘みが合わさった奥行きのある味わいは、渋皮を除いた甘露煮やマロングラッセとは明確に異なる個性を持つ。色合いも、茶褐色の渋皮がそのまま残るため見た目に落ち着いた深みがあり、和菓子はもちろん洋菓子にも秋らしい風情を添えてくれる。
一方で、渋皮はそのままでは渋みやえぐみが強い。そのため加工の際には重曹を加えた湯で繰り返し茹でこぼし、アク抜きを何度も行う工程が欠かせない。この手間こそが渋皮栗の仕上がりを左右する肝であり、丁寧に処理された渋皮栗は、渋みがほどよく抜けつつも栗本来の香りと風味をしっかり残している。
用途
渋皮栗は和菓子・洋菓子の両方で幅広く活用される、秋の製菓には欠かせない原材料だ。
和菓子では、渋皮煮をそのまま一粒菓子として仕上げるのが定番の使い方。砂糖やシロップで煮含めた渋皮栗は、お茶請けや贈答用として根強い人気がある。また、栗蒸し羊羹に渋皮栗を丸ごと入れたものは秋季限定の定番商品として多くの和菓子店で販売されている。渋皮付きの栗甘納豆も、京都や丹波の老舗菓子店で長く親しまれてきた品のひとつだ。
洋菓子の分野では、モンブランの仕上げに渋皮栗をトッピングしたり、パウンドケーキやタルトに刻んで焼き込んだりする使い方が一般的。渋皮の茶色が生地に映え、見た目のアクセントにもなる。ラム酒やブランデーとの相性がよく、洋酒に漬け込んだ渋皮栗は焼き菓子の風味を格段に引き上げてくれる。パフェやアイスクリームのトッピング素材としても、秋になると多くのカフェやレストランで登場する。
製菓業務用としては、渋皮栗をペースト状にした「渋皮栗ペースト」も流通しており、モンブランのクリームや栗あんの原料として利用される。渋皮ごとペーストにすることで、甘いだけではないコクのある深い味わいが生まれ、通常のマロンペーストとは一味違う仕上がりになる。
さらに、パン生地に渋皮栗を練り込んだ栗パンや、渋皮栗を丸ごと包み込んだ大福など、近年はジャンルの垣根を越えたさまざまな商品にも使われている。
主な原産国と産地
栗は世界各地で栽培されており、大きく分けると日本栗(和栗)、中国栗、ヨーロッパ栗(西洋栗)、アメリカ栗の四種類が存在する。このうち渋皮栗の加工に適しているのは、主に日本栗と韓国産の栗だ。
日本栗は粒が大きく水分を多く含み、香りと風味が豊かである反面、渋皮が実に密着していて剥がれにくいという特性がある。この「渋皮が剥がれにくい」という性質が、逆に渋皮煮や渋皮付甘露煮の加工においては好都合で、煮込んでも渋皮が崩れず美しい仕上がりになる。
国内の栗の主要産地は茨城県で、全国トップクラスの生産量を誇る。なかでも笠間市を中心とする岩間地方は栗栽培が盛んな地域として知られる。そのほか、熊本県、愛媛県、岐阜県、長野県なども主要な産地であり、丹波地方(兵庫県・京都府)の「丹波栗」はブランド栗として別格の評価を受けている。長野県の小布施は栗菓子の町として全国的に名高い。
韓国産の栗も日本栗に近い品種で、業務用の渋皮付栗甘露煮の原料として多く輸入されている。韓国産は品質が安定しており、価格面でも国産より手頃なため、業務用市場では広く利用されている。
一方、中国栗は小粒で渋皮が剥がれやすく、焼き栗(天津甘栗)には向くものの、渋皮煮には適さない。ヨーロッパ栗も渋皮が比較的剥がれやすい品種が多く、マロングラッセなど渋皮を除いた加工品に用いられるのが一般的だ。
世界全体の栗の生産量は中国が圧倒的な首位を占め、次いでスペイン、ボリビアと続く。日本は世界で9位前後の生産量となっている。
選び方とポイント
渋皮栗を購入する際は、生栗から自分で加工するケースと、加工済み製品を選ぶケースに分かれる。それぞれの選び方のポイントを整理しておきたい。
まず、生栗を入手して自家製の渋皮煮を作る場合。農林水産省の情報によれば、おいしい栗を見分けるには、鬼皮に光沢とハリがあること、持ったときにずっしりとした重みが感じられること、ふっくらと丸みがあり一粒が大きいこと、底の部分(座)が白くて広いこと、虫食い穴がないことなどが判断基準になる。鬼皮の色が濃い茶色で、指で押しても弾力がある栗は鮮度が高い証拠だ。逆に、表面にシワがあるもの、白い小さな粒が付着しているもの(カビの可能性がある)、穴が空いているもの(虫が入っている恐れがある)は避けた方がよい。
渋皮煮を作るなら品種選びも重要で、粒が大きく崩れにくい品種が向いている。「利平」「筑波」「銀寄(ぎんよせ)」などは昔から渋皮煮に適した品種として知られる。また、農研機構が開発した「ぽろたん」は、加熱すると渋皮ごと実がぽろっと剥ける画期的な品種だが、渋皮煮にはかえって不向きな面がある。渋皮を残して煮たい場合は、渋皮が実に密着する従来型の品種を選ぶのが基本だ。
次に、加工済みの渋皮栗製品を選ぶ場合。業務用・家庭用ともに、瓶詰め・袋詰め・缶詰めなど複数の形態で販売されている。チェックすべき点としては、渋皮が破れずきれいに残っているか、実にハリがあって崩れていないか、シロップが澄んでいるかなどが挙げられる。高品質な製品ほど渋皮が極薄に仕上げられ、えぐみがなく、栗の風味がしっかり残っている。原材料表示を確認し、漂白剤や合成保存料を使っていないものを選ぶと、栗本来の味をより楽しめる。国産栗を使用した製品は価格帯が高めだが、香りの豊かさでは輸入栗と一線を画す。
メジャーな製品とメーカー名
渋皮栗を使ったお菓子や加工品は多岐にわたる。ここでは代表的な製品とメーカーを紹介する。
業務用の渋皮付栗甘露煮で国内出荷量日本一を誇るのが、福岡県みやま市に本社を置く堀永殖産だ。創業以来、漂白剤・合成保存料を使わない製法にこだわり、全国のパティスリーや和菓子店に原材料を供給している。同社の「渋皮付栗甘露煮」や「栗の渋皮煮」は、甘さ控えめでクセのない仕上がりが特徴で、洋菓子にも和菓子にも使いやすい。
三島食品の「栗渋皮煮20」は、業務用のデザート素材として広く利用されている製品。糖度約50%のシロップに漬けた渋皮付きの栗で、モンブランやパフェなどの仕上げ用に需要が高い。
熊本県の自然栗本舗(熊木産業)は、無燻蒸・無漂白の国産和栗にこだわった渋皮煮の専門店。看板商品の「自然栗(栗の渋皮煮)」は、砂糖と栗だけで仕上げた素朴な味わいで、贈答品としても評価が高い。
丹波栗の名門である小田垣商店(兵庫県篠山市)も、丹波産栗を使った渋皮煮を瓶詰めで販売している。添加物を使わず甘さ控えめに仕上げた品で、もっちりした食感に定評がある。
完成品の菓子としては、長野県小布施町の栗菓子メーカーが全国的に知られている。小布施堂は、秋の名物「栗の点心 朱雀」で一躍有名になった老舗で、「朱雀モンブラン」には渋皮栗と二種のクリーム、栗あんを贅沢に重ねた構成が特徴だ。竹風堂は国内産栗のみを自家加工し、「栗かの子」をはじめとする栗づくしの菓子を製造している。桜井甘精堂は小布施で200年以上の歴史を持つ老舗で、栗あんや栗ようかんなど幅広い栗菓子を手がけている。
また、京都の中村屋が手がける「渋皮栗甘納豆」は、渋皮付きの栗を甘納豆に仕上げた一品で、渋皮が栗の風味をしっかり閉じ込めた逸品として、贈答用に根強い人気を持つ。
岐阜県中津川市も栗菓子の一大産地であり、「すや」「川上屋」といった老舗が栗きんとん(中津川式の茶巾絞りタイプ)を製造しているが、渋皮の風味を生かした栗菓子も各店で秋季限定で展開されている。
歴史・由来
栗と人間の関わりは非常に古い。日本では縄文時代にまでさかのぼり、青森県の三内丸山遺跡からは約5,000年以上前の栗の栽培痕跡が発見されている。出土した栗は野生種より大粒であったことから、当時の人々がすでに選別や栽培の技術を持っていたと推測されている。栗は「森のパン」とも呼ばれるほど栄養価が高く、米や麦と並ぶ貴重な食料源であった。
平安時代になると、京都の丹波地方で本格的な栗の栽培が始まった。丹波栗は粒の大きさと風味のよさから朝廷への献上品としても重用され、やがて全国にその名が広まっていった。
渋皮煮の原型がいつ頃生まれたかを正確に示す文献は少ないが、栗の加工食品としての歴史は古くから存在した。砂糖が貴重だった時代には蜂蜜や甘葛(あまづら)で栗を煮ることが行われていたとされ、砂糖が広く流通するようになった江戸時代以降に、現在のような甘く煮含めた栗の加工品が発展したと考えられている。
渋皮を意図的に残して煮るという技法が広まった背景には、渋皮が持つ実の保護効果がある。渋皮を残すことで煮崩れしにくくなり、栗の形を美しく保ったまま加工できる。この利点に早くから気づいた職人たちが、アク抜きの工程を工夫しながら渋皮煮の製法を磨いていったのだろう。
近代に入ると、長野県小布施や岐阜県中津川をはじめとする栗の産地で、栗菓子の製造が産業として確立された。小布施では明治期に桜井甘精堂が「栗かの子」を創製し、以降この地は栗菓子の聖地として知られるようになった。現在も小布施堂、竹風堂、桜井甘精堂の三店が「小布施三大栗菓子店」として並び立ち、渋皮栗を生かした菓子を全国に届けている。
製菓業界での渋皮栗の需要は年々拡大している。かつては秋季限定の素材という印象が強かったが、冷凍技術や真空パック技術の進歩によって通年での使用が可能になり、モンブラン専門店の増加やコンビニスイーツの高級化といった流れのなかで、渋皮栗の存在感はますます高まっている。
