材料の名前
日本語では「パータグラッセ」と表記されるのが一般的で、洋菓子業界では「コーティングチョコレート」あるいは「洋生チョコレート」とも呼ばれる。語源はフランス語の「pâte à glacer(パート・ア・グラセ)」で、英語圏では「compound chocolate」や「compound coating」と呼ばれることが多い。日本の公正競争規約上では「チョコレートコーチング」というカテゴリー名も存在し、商品名として「コーチングチョコレート」と書かれている場合もある。いずれも同じ種類の製品を指すため、初めて目にすると混乱しやすいが、すべて「テンパリング不要のコーティング専用チョコレート」という点で共通している。
特徴
パータグラッセの最大の特徴は、ココアバターの代わりにヤシ油(ココナッツオイル)やパーム核油などの植物油脂を主体に配合している点にある。通常のチョコレートに含まれるココアバターは6つの結晶型を持ち、その中で安定した「V型結晶」だけを作り出すテンパリング(温度調整)という工程が欠かせない。テンパリングに失敗すると、ツヤがなくなったり、表面に白い粉状のブルームが出たりしてしまう。一方、パータグラッセに使われるラウリン系油脂やノンラウリン系油脂は結晶型が基本的に一種類しかないため、溶かしてそのまま使うだけで美しい光沢のある仕上がりが得られる。
流動性の高さも見逃せない特徴だ。溶かした状態のパータグラッセはさらりとした粘度で、薄く均一にコーティングしやすい。ココアバター主体のクーベルチュールチョコレートと比べてコーティング膜が薄くなるため、パリッとした歯ざわりが生まれ、中身の素材感をしっかり引き立ててくれる。さらに、固化後の安定性が高く、温度変化や湿度の影響を受けにくい。夏場のチルド洋菓子やアイスクリームバーのコーティングに多用されるのは、こうした物理的な安定性が理由だ。
ただし、風味の面ではクーベルチュールに及ばないという弱点がある。カカオマスやココアバターの使用量が少ない(もしくは使用しない)ため、カカオ特有の深いコクや複雑なアロマは控えめになりがちだ。ココアパウダーや香料で風味を補う処方が一般的で、近年はカカオエキスを配合して風味の余韻を高めた製品も登場している。
原材料の構成は製品によって異なるが、代表的な配合はココアパウダー、砂糖、植物油脂(パーム核油やヤシ油の加工油脂)、乳化剤(レシチンなど)、香料といったものだ。ミルクタイプには全粉乳や脱脂粉乳が加わり、ホワイトタイプにはココアパウダーの代わりに乳原料が多く配合される。
用途
パータグラッセの用途は非常に幅広い。以下に代表的なものを挙げる。
エクレアやシュー菓子の表面仕上げとしてもっとも古典的に使われてきた。伝統的なエクレアではフォンダン(砂糖衣)を上掛けしていたが、現代ではパータグラッセによるチョコレートコーティングが主流になりつつある。
ドーナツのグレーズにも広く利用されている。ミスタードーナツなどのチェーン店でチョコレートがけのドーナツを見かけるが、あの均一で薄いチョコレートの層は、まさにパータグラッセの特性を活かしたものと考えてよい。
パウンドケーキやクグロフといった焼き菓子の化粧がけにも適している。テンパリングが不要なので、家庭でのお菓子作りにも手軽に取り入れられる。溶かしたパータグラッセをケーキの上からかけ流し、ナッツやドライフルーツをトッピングすれば、見栄えのよいギフト菓子に仕上がる。
アイスクリームのチョコレートコーティングは、パータグラッセの独壇場と言ってよい。氷点下のアイスに触れた瞬間に素早く固化する性質が重要で、通常のチョコレートではこの速度と安定性を実現しにくい。コンビニやスーパーで売られるチョコバータイプのアイスの多くにパータグラッセが使われている。
ほかにも、ガナッシュケーキやオペラの仕上げ、チョコレートフォンデュ風のディップ、製パンにおけるチョコレートコーティングなど、プロの現場から家庭まで活躍の場は多岐にわたる。近年では、テンパリングタイプのチョコレートの一部をパータグラッセに置き換えることでコストと作業効率を改善する手法も、製菓・製パン業界で注目を集めている。
主な原産国・製造国
パータグラッセは最終製品としてはチョコレート加工品であり、「原産国」という概念は原料と加工の両面から考える必要がある。
まず、原料の植物油脂であるパーム核油の主要生産国はインドネシアとマレーシアで、世界のパーム油生産量の約8割以上をこの二国が占めている。ヤシ油(ココナッツオイル)はフィリピンやインドネシアが主要産地だ。また、ココアパウダーやカカオマスの原料となるカカオ豆は、コートジボワール、ガーナ、エクアドルなど赤道付近の国々で栽培されている。
加工・製造の面では、日本国内のメーカーとしては大東カカオ(東京)や不二製油(大阪)が代表的で、国産のパータグラッセは数多く流通している。海外ではフランスに本拠を置くカカオバリー(バリー・カレボーグループ)がパータグラッセの製品ラインナップを展開しており、ベルギーで製造された製品が世界中に輸出されている。サンエイト貿易のオリジナルブランド「クーポール(COUPOLE)」の製品もヨーロッパで製造されたものが日本に輸入されるケースがある。
つまり、パータグラッセの「原産国」は日本、ベルギー、フランスなどが多く、使用される原料油脂は東南アジア産、カカオ原料は西アフリカや中南米産という構図になっている。
選び方とポイント
パータグラッセを選ぶ際には、いくつかの観点を整理しておくと失敗しにくい。
まず用途に合った色味・フレーバーを選ぶことが基本となる。大きく分けて、ビター(ノワール)、スイート、ミルク、ホワイト(ブラン)の4タイプが定番で、近年は抹茶やストロベリー、キャラメルなどのフレーバー製品も増えている。ビタータイプはカカオ分が高く、甘さを抑えた大人向けの仕上がりに適する。スイートタイプはバランスのよいカカオ感と甘みで汎用性が高い。ミルクタイプはまろやかで、パンやアイスとの相性がよい。ホワイトタイプはデコレーションの自由度が高く、色付けして使うことも可能だ。
次に確認したいのがカカオ分の割合で、これが風味の濃さを左右する。たとえば大東カカオの「パータグラッセ ルッシュ」はカカオ分30%というビタータイプで、コーティングチョコレートとしてはかなりカカオ感が強い。一方、「パータグラッセ ディアス」はカカオ分18%のスイートタイプで、より万人受けする仕上がりになる。用途や合わせる素材に応じて使い分けるとよい。
流動性と固化速度も選定のポイントになる。アイスクリームのコーティングには固化が速い製品が向いており、ケーキのナッペ(上掛け)にはやや流動性の高い製品が扱いやすい。各メーカーのカタログには推奨用途が記載されているので、参考にしたい。
保存性にも目を向けよう。パータグラッセの賞味期限は製造日から概ね1年程度に設定されている製品が多い。直射日光を避け、20℃以下の冷暗所で保管するのが鉄則だ。開封後は密閉して湿気を遠ざけ、できるだけ早めに使い切ることが品質維持のコツとなる。
家庭で少量だけ使いたい場合は、cottaや富澤商店などの製菓材料専門店で販売されている150〜300g程度の小分けパックが便利だ。業務用では2kgトレーや5kgバケツ単位が主流で、大東カカオの製品には仕切り付きの2kgトレーが採用されており、必要量だけ割り取って使える工夫がなされている。
メジャーな製品とメーカー名
日本市場で広く流通しているパータグラッセの代表的な製品とメーカーを紹介する。
大東カカオは、パータグラッセの分野で国内トップクラスの品揃えを持つメーカーだ。「パータグラッセ ルッシュ」(ビタータイプ/カカオ分30%)、「パータグラッセ ディアス」(スイートタイプ/カカオ分18%)、「パータグラッセ レタージュ」(ミルクタイプ)の3品は同社の看板商品で、2025年秋にカカオエキスを配合するリニューアルが行われた。このほかホワイトタイプや抹茶タイプなど、全9種類のラインナップを展開している。
不二製油は植物性油脂のリーディングカンパニーとして知られ、「パータグラッセN」や「パータグラッセハード スイートフレーク」などのコーティングチョコレートを製造している。パンや洋菓子の業務用途に強く、固化後のスナップ性(パリッと割れる食感)に優れた製品が評価されている。
カカオバリー(Cacao Barry)は、世界最大のチョコレートメーカーであるバリー・カレボーグループの中核ブランドで、フランス発の高品質チョコレートとして知られる。パータグラッセのラインナップとしては「パータグラッセ ブリュン」(スイート)、「パータグラッセ ブロンド」(明るい茶色のミルクタイプ)、「パータグラッセ イヴォワール」(ホワイト)、さらに「カフェ」「ノワゼット」といったフレーバー製品も揃っている。5kgバケツ入りが標準的な荷姿で、業務用として多くのパティスリーで採用されている。
サンエイト貿易のオリジナルブランド「クーポール(COUPOLE)」からも、パータグラッセが複数展開されている。「パータグラッセ ラ・プルミエール」(スイート)、「パータグラッセ ピュール・ブランシュ」(ホワイト)、「パータグラッセ マカボニー」(ミルク)などがあり、天然バニラ香料を使った上品な風味が特徴だ。
家庭向け製品としては、日新化工の「ルセーラ」シリーズがcotta(コッタ)などの製菓材料通販サイトで取り扱われており、スイートとホワイトの2種類が300gの小分けパックで手に入る。分離しにくく扱いやすい点から、初心者にも人気がある。
歴史・由来
パータグラッセという名称の由来は、フランス語にある。「pâte(パート)」は「生地」や「ペースト」を意味し、「glacer(グラセ)」は「凍らせる」「冷やす」、あるいは料理用語として「光沢をつける」「ツヤを出す」という意味を持つ動詞だ。つまり「pâte à glacer」を直訳すれば「光沢をつけるためのペースト」となり、菓子の表面にツヤのあるチョコレートの膜を施すというこの製品の本質を端的に表した命名と言える。
コーティング専用チョコレートの歴史は、19世紀後半のチョコレート産業の発展と深く結びついている。1828年にオランダのコンラート・ファン・ハウテンがカカオプレス機を発明し、カカオ豆からココアバターとココアパウダーを分離する技術が確立された。これにより、チョコレートの製造が飛躍的に進歩し、さまざまな形態のチョコレート製品が生まれる土壌が整った。
19世紀後半から20世紀初頭にかけて、チョコレートの量産化が進むなかで、ココアバターの高コストが課題となった。ココアバターは独特の融点特性と口どけの良さを持つ反面、産地や時期によって価格が大きく変動する高価な原料だ。そこで、ココアバターの代わりにパーム核油やヤシ油を加工した植物油脂を用いることで、コストを抑えつつコーティング適性に優れたチョコレートを作るという発想が生まれた。これがコンパウンドチョコレート、すなわちパータグラッセの原型である。
20世紀半ば以降、油脂加工技術の発達により、ラウリン系油脂(パーム核油やヤシ油から得られるラウリン酸を多く含む油脂)の精製・分別技術が向上し、口どけや安定性に優れたコーティング専用油脂が開発された。これによってパータグラッセの品質は大幅に改善され、プロの製菓現場で本格的に普及するようになった。同時期に、冷凍食品やチルド菓子の市場が拡大したことも、パータグラッセの需要を後押しした。従来のチョコレートでは対応が難しかった低温環境でのコーティングを可能にしたことで、アイスクリームバーやチルドケーキといった新しい商品カテゴリーが誕生したのだ。
日本においては、1971年に「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」が制定され、チョコレートとチョコレートコーチング(コーティングチョコレート)の区分が明確化された。この規約により、カカオ分の含有量に基づくチョコレート製品の分類が定められ、パータグラッセは「チョコレート利用食品」の一種として位置づけられることになった。
その後、大東カカオや不二製油といった国内メーカーがパータグラッセの製品開発に力を注ぎ、日本独自の品質基準とバリエーションが充実していった。フランスのカカオバリーをはじめとする海外メーカーの製品も輸入が進み、日本のパティスリーやブーランジェリーでは国内外のパータグラッセを用途に応じて使い分けるのが当たり前の光景となっている。
近年は、カカオ豆価格の高騰や原料調達の不安定さを背景に、パータグラッセの存在感はさらに増している。また、サステナビリティの観点からカカオ豆由来の原料使用量を抑える動きもあり、バリー・カレボーグループは代替カカオ原料の研究を進めている。パータグラッセはそうした時代の要請にも合致する製品として、今後も進化を続けていくだろう。
