材料の名前
昆布は、日本語では「こんぶ」あるいは「コンブ」と表記される。漢字では「昆布」と書くほか、古くは「昆布(こぶ)」「広布(ひろめ)」とも呼ばれていた。
英語では「Kelp(ケルプ)」が広義の海藻類を指す一般的な表現であるが、日本の食文化に由来する「Kombu」という名称が世界的に浸透しており、英語圏の料理書や学術文献でもそのまま”Kombu”として使われることが多い。韓国語では「다시마(タシマ/ダシマ)」、中国語では「海帯(ハイダイ)」と呼ばれる。
生物学的な分類としては、代表的な食用種であるマコンブ(真昆布)の学名は「Saccharina japonica(サッカリナ・ヤポニカ)」であり、不等毛植物門褐藻綱コンブ目コンブ科(Laminariaceae)に属する海藻である。なお、コンブ目には多くの種が含まれており、日本沿岸だけでも11種ほどが知られている。
特徴
昆布は、お菓子の原材料としてきわめてユニークな存在である。動物性原料でも穀物でもない「海藻」でありながら、古くから日本の菓子文化において確固たる地位を築いてきた。
昆布の最大の特徴は、豊かな「うま味」にある。1908年(明治41年)、東京帝国大学の池田菊苗博士が、昆布のだしの味の正体がグルタミン酸であることを発見した。この発見は「うま味(UMAMI)」という概念を世界に広め、甘味・酸味・塩味・苦味に並ぶ第五の基本味として国際的に認知されるきっかけとなった。お菓子に昆布が使われる理由も、このグルタミン酸由来の深いうま味が、酢や砂糖との絶妙なバランスを生み出すからにほかならない。
栄養面でも昆布は優れている。成分のおよそ3分の1を食物繊維が占めており、その主成分はアルギン酸やフコイダンといった水溶性食物繊維である。昆布の表面に見られる独特のぬめりは、このアルギン酸やフコイダンに由来するものだ。さらに、カルシウム、鉄、カリウムなどのミネラルも豊富に含まれ、ヨウ素(ヨード)の含有量は食品の中でもトップクラスである。低カロリーであることから、健康志向のおやつとしても近年再評価されている。
味の面では、種類によって異なる個性を持つ。お菓子用として特に使われるのは真昆布(マコンブ)と長昆布(ナガコンブ)である。真昆布は肉厚で上品な甘みがあり、酢昆布やおしゃぶり昆布の原料に適している。長昆布は釧路・根室方面で採れる細長い昆布で、柔らかく加工しやすいため、昆布巻きや煮物のほか、おやつ用の加工昆布にも多く用いられる。
また、昆布は乾燥させると長期保存が可能であり、常温での流通に適している点も、お菓子の原材料として優れた特性と言える。
用途
お菓子の原材料としての昆布の用途は、大きく以下のように分けられる。
まず、最も代表的なのが「酢昆布」である。昆布を酢に漬けて柔らかくし、甘味料や調味料で味付けしたもので、甘酸っぱい独特の味わいが特徴だ。薄くスライスされた昆布に白い粉(甘味料や酸味料のパウダー)がまぶされたスタイルは、駄菓子の定番として長く親しまれてきた。
次に「おしゃぶり昆布」がある。これは乾燥昆布をひと口大にカットし、調味料で軽く味付けしたものである。酢昆布よりも昆布そのものの風味や食感を活かしており、噛めば噛むほどうま味が出るのが魅力だ。梅味やだし味など、バリエーションも豊富に展開されている。
「とろろ巻昆布」は、水飴などの甘い飴をとろろ昆布で巻いたお菓子で、昆布の風味と飴の甘さが融合したユニークな一品である。ほかにも「昆布飴」と呼ばれる、昆布エキスを練り込んだ飴菓子や、根昆布を使った飴なども存在する。
さらに近年では、昆布をチョコレートでコーティングした菓子や、昆布パウダーを生地に練り込んだクッキーやせんべいなど、洋菓子や米菓の素材としても応用が広がっている。昆布のうま味は甘味を引き立てる効果があるため、隠し味としてスイーツに用いるパティシエやショコラティエも増えてきている。
お菓子以外の場面では、だし取りの主材料として日本料理の根幹を支えるほか、佃煮、塩昆布、おぼろ昆布、とろろ昆布といった加工食品としても幅広く流通している。
主な原産国
昆布の主要な原産国・生産国について述べると、世界最大の生産国は中国である。2023年の統計データによれば、中国の生産量は約1,200万トンと圧倒的な規模を誇り、その大部分は養殖による。北朝鮮が約60万トン、韓国が約60万トンで続き、日本は約6万7千トンとなっている。ただし、中国産の昆布の多くは工業原料(アルギン酸の抽出など)に使われており、食用、とりわけ高品質な食用昆布の生産においては、日本産が世界的に高い評価を得ている。
日本国内の生産量の約95%は北海道が占めている。北海道の各沿岸地域ごとに異なる種類の昆布が採れ、それぞれがブランドとして確立している。代表的な産地と種類は次のとおりである。
道南(函館周辺)では真昆布が採れ、肉厚で上品な甘みの澄んだだしが取れることから、最高級品とされる。利尻島・礼文島・稚内を中心とした北部沿岸では利尻昆布が採れ、やや硬めで香りのよい澄んだだしが特徴である。知床半島の羅臼では羅臼昆布が採れ、濃厚なうま味と香りから「昆布の王様」とも称される。日高地方の三石周辺では日高昆布(三石昆布)が採れ、柔らかくて煮物やお菓子の加工に適している。釧路・根室方面では長昆布が採れ、生産量が最も多く、煮物や昆布菓子の原料として広く使われている。
韓国では南部沿岸で「タシマ」として養殖が盛んであり、中国では山東省や遼寧省の沿岸部が主な養殖地である。ロシアの極東沿岸でも天然昆布が採取されている。
選び方とポイント
お菓子の原材料として昆布を選ぶ際、あるいは昆布菓子を購入する際のポイントをいくつか挙げる。
まず、原料の昆布そのものを選ぶ場合は、「よく乾燥していて肉厚であること」「緑褐色から黒褐色の艶やかな色をしていること」「磯の良い香りがすること」が良質な昆布の条件である。白い粉が表面に浮いていることがあるが、これはマンニットと呼ばれるうま味成分の一種であり、カビではない。むしろマンニットが適度に出ている昆布はうま味が豊かな証拠とされる。
お菓子の加工用途によって昆布の種類を使い分けることも重要である。酢昆布やおしゃぶり昆布には肉厚で甘みのある真昆布やうま味の濃い羅臼昆布が適しており、煮物系の昆布菓子には柔らかい日高昆布や長昆布が向いている。
昆布菓子を購入する際は、原材料表示を確認し「北海道産」や「国内産」の昆布が使用されているかをチェックするとよい。国産昆布はブランド価値が高く品質管理も厳格であるため、味や安全性の面で信頼できる。また、化学調味料不使用や無添加をうたう製品は、昆布本来の風味をより純粋に味わえる傾向がある。
保存のポイントとしては、乾燥昆布は湿気を避けて冷暗所で保管すれば長期間品質を保てる。ただし加工済みの昆布菓子は製品ごとに賞味期限が異なるため、パッケージの表示に従うことが大切である。
メジャーな製品とメーカー名
昆布を原材料としたお菓子には、日本人なら誰もが一度は目にしたことのある定番商品が数多く存在する。
最も有名なのは、中野物産株式会社の「都こんぶ」であろう。1931年(昭和6年)に創業者・中野正一氏が大阪府堺市で開発した酢昆布菓子で、赤いレトロなパッケージは90年以上にわたり愛され続けている。北海道産の真昆布を酢に漬けて柔らかくし、表面に甘酸っぱい白い粉(通称「魔法の白い粉」)をまぶしたスタイルが特徴で、駅の売店(キヨスク)での販売をきっかけに全国へ広まった。現在も中野物産の売上の中核を担うロングセラー商品である。中野物産はほかにも「おしゃぶり昆布梅」などの昆布菓子を展開している。
株式会社くらこんは「塩こん部長のおしゃぶり昆布」シリーズで知られる。特に梅味のおしゃぶり昆布は定番商品として高い人気を誇り、スーパーやコンビニエンスストアで広く販売されている。くらこんは昆布製品全般(塩昆布、佃煮など)を扱う総合昆布メーカーとしても有名だ。
上田昆布株式会社は大正4年(1915年)創業の老舗で、「昆べー」「とろべー」といったおしゃぶり昆布・ソフトおしゃぶり昆布のブランドを展開している。国産昆布にこだわった製品づくりが特徴で、駄菓子売り場の定番商品となっている。
前島食品株式会社は大正12年(1923年)創業の昆布菓子専業メーカーで、「たべたろう」ブランドのおしゃぶり昆布やおやつ昆布、おやつわかめなどを製造している。子ども向けの4連パック商品なども展開し、幅広い世代に親しまれている。
株式会社なとりは、おつまみメーカーとして有名だが、「おつまみ昆布」や「茎わかめ」など海藻系のスナックも手がけている。食物繊維豊富な健康的おやつとして、大人のおつまみ市場で支持されている。
このほか、京都の老舗昆布店「田なか」や「奥井海生堂」なども、高級おやつ昆布やおしゃぶり昆布を販売しており、贈答用としても人気がある。
歴史・由来
昆布と日本人の関わりは、はるか縄文時代にまで遡ると考えられている。日本昆布協会の解説によれば、縄文時代末期に中国の江南地方から船上生活をしながら日本にやって来た人々が、昆布を食用としたり、大陸との交易品や支配者への献上品として用いていた可能性がある。ただし、昆布は腐りやすく考古学的な遺物として残りにくいため、確かな記録は残っていない。
「こんぶ」という名前の由来にも諸説ある。有力な説のひとつは、アイヌ語で昆布を指す「コンプ」が中国に伝わり、漢字で「昆布」と表記されて再び日本に逆輸入されたというものだ。
歴史上、昆布が明確に記録に登場するのは奈良時代以降である。朝廷への献上品として珍重され、神事や仏事にも用いられてきた。「よろこんぶ(喜ぶ)」の語呂合わせから縁起物としても扱われ、お正月のおせち料理に昆布巻きが欠かせないのはその名残である。
昆布の流通が飛躍的に拡大したのは、鎌倉時代中期以降のことである。北海道の松前と本州の間で交易船が盛んに行き交うようになり、昆布が庶民にも手の届く食材となった。さらに江戸時代に入ると、北前船による海上交通が発達し、北海道で採れた昆布が日本海沿岸を経由して大阪まで運ばれるようになった。この昆布の流通ルートは「昆布ロード」と呼ばれ、大阪から九州、琉球王国(現在の沖縄県)、さらには清(中国)にまで延びていった。特に薩摩藩は琉球を中継地として清との昆布貿易を行い、莫大な利益を得たとされる。昆布ロードが各地に延びたことで、大阪では昆布の佃煮文化が、沖縄では豚肉と昆布の炒め煮文化が生まれるなど、地域ごとに独自の昆布食文化が形成された。
お菓子としての昆布の歴史に目を向けると、昆布を酢に漬けて食べる習慣自体は古くからあったと推測されるが、商品としての昆布菓子が確立したのは昭和初期のことである。1931年(昭和6年)、中野正一氏が大阪府堺市の昆布問屋での丁稚奉公時代に得た着想をもとに、売り物にならない昆布の切れ端に黒蜜入りの酢で味付けした菓子を開発した。これが「都こんぶ」の原型であり、故郷・京都(都)への郷愁を込めて名付けられた。1953年には国鉄のキヨスクで販売が開始され、旅のお供として全国に知れ渡ることとなった。
戦後の高度経済成長期には、駄菓子文化の隆盛とともにさまざまな昆布菓子が登場した。おしゃぶり昆布、酢昆布、とろろ巻昆布飴など多彩なバリエーションが生まれ、子どもたちのおやつの定番として定着していく。
現代においては、健康志向の高まりから昆布菓子が再び注目を集めている。低カロリーで食物繊維やミネラルが豊富な昆布は、ダイエット中のおやつや健康的な間食として見直されている。また、「UMAMI」が世界共通語となった現在、海外でも日本の昆布菓子への関心は高まりつつある。
昆布は、縄文の昔から現代に至るまで、日本人の食生活に深く根ざした海の恵みである。お菓子という切り口から見ても、昆布の持つうま味、食感、栄養のすべてが活かされており、他の素材では代替の効かない唯一無二の存在と言えるだろう。
