材料の名前(日本語・外国語)
干瓢は日本語で「かんぴょう」と読み、「乾瓢」と表記されることもある。「瓢(ひさご)」はユウガオやヒョウタンなど、ウリ科の実の総称であり、それを干す(乾かす)ことから「干瓢」の字が当てられた。
英語では “Kanpyo” あるいは “Kampyō” とローマ字表記されるほか、素材を説明する形で “Dried gourd strips”(乾燥した瓢の帯状切り)や “Dried gourd shavings” と呼ばれる。原料であるユウガオの英名は “Bottle gourd” で、学名は Lagenaria siceraria var. hispida、分類上はウリ科(Cucurbitaceae)ユウガオ属(Lagenaria)に属するつる性一年草である。中国語では「葫芦干(フールーガン)」あるいは「葫芦条(フールーティアオ)」と訳される。中国語圏のウィキペディアでは「干瓢」の表記がそのまま項目名として用いられており、日本発祥の乾物食品として紹介されている。
特徴
干瓢は、ユウガオ(夕顔)の果実の白い果肉を薄く紐状に剥き、天日で乾燥させた乾物である。重さ6〜7キログラムにもなるユウガオの大きな実から、わずか約150グラム程度の干瓢しか得られないため、仕上がりには凝縮された旨みが詰まっている。
乾燥状態では淡いクリーム色から薄い褐色の帯状をしており、幅はおよそ3センチメートル、厚さは約3ミリメートルほどである。水で戻すと柔らかくしなやかになり、独特の穏やかな甘みとほのかな植物の香りが広がる。噛むともっちりとした弾力があり、煮含めると味がよく染みる性質を持つ。
栄養面では非常に優れた食材である。日本食品標準成分表によれば、乾燥かんぴょう100グラムあたりの主な栄養価は、エネルギーが約260キロカロリー、たんぱく質6.3グラム、脂質0.2グラム、炭水化物68.1グラム、そして食物繊維が30.1グラムと極めて豊富である。ミネラル類も充実しており、カリウムが1800ミリグラム、カルシウムが250ミリグラム、マグネシウム110ミリグラム、鉄分2.9ミリグラム、亜鉛1.8ミリグラムを含む。ビタミン類ではナイアシン(B3)が2.7ミリグラム、パントテン酸(B5)が1.75ミリグラム、葉酸が99マイクログラムと注目すべき数値を示している。低脂質で食物繊維が非常に多いことから、現代では健康食材としても再評価されている。
市販品には「漂白干瓢」と「無漂白干瓢」の二種類がある。漂白品は亜硫酸ガスによる硫黄燻蒸を行い、防カビ・防虫・変色防止の処理を施したもので、白く均一な色合いに仕上がる。一方、無漂白品は燻蒸を行わないため、やや薄い褐色をしているが、かんぴょう本来の自然な甘味や風味がより豊かで、柔らかく煮上がるのが特長である。ただし、無漂白品は価格が漂白品に比べて一般に高い。
用途
干瓢は日本料理において幅広く使われる食材であるが、お菓子やスイーツの世界にも確かな居場所を持っている。
料理としての代表的な用途は、巻き寿司の具材である。甘辛く煮含めた干瓢を海苔で巻いた「干瓢巻き(鉄砲巻き)」は寿司屋の定番であり、太巻きやちらし寿司の具としても欠かせない。また、昆布巻きや揚げ巾着、ロールキャベツなどを紐状のまま結束する「食べられる紐」としても重宝される。煮物、炒め物、きんぴら、酢の物、汁物の具材としても親しまれており、特に産地である栃木県では、かんぴょうの卵とじ汁や海苔入りの「かみなり汁」が郷土料理・学校給食として広く食べられている。
お菓子としての用途も近年注目されている。栃木県壬生町や小山市、下野市などの産地では、かんぴょうをジャムやコンフィチュール(甘煮)に仕立てて焼き菓子に包み込んだり、ムースに加工したりする試みが盛んに行われている。ユウガオの実をシロップ漬けにしたスイーツは、ナタデココのような不思議な食感に仕上がるとして話題を呼んでいる。また、かんぴょうを甘く煮含めたものを和菓子の餡に練り込んだり、練り切りや羽二重餅の具材として使う事例もある。干瓢の穏やかな甘みと柔らかな弾力は、和菓子の繊細な味わいとの相性がよく、和三盆糖と組み合わせた上品な菓子も生み出されている。恵方巻きの文化が全国に広がったことで、節分の時期にはかんぴょうの消費が大きく伸び、かんぴょうをモチーフにした季節限定のスイーツも登場するようになっている。
主な原産国・産地
干瓢の原料であるユウガオの原産地は北アフリカからインド・南アジアにかけての地域とされ、非常に古くから世界各地で栽培されてきた植物である。しかし、ユウガオの果肉を紐状に剥いて乾燥させる「干瓢」という食品は、日本独自の伝統的な加工技術といってよい。中国でも乾燥させたユウガオを食用とする文化はあるが、日本のかんぴょうほど加工技術や食文化が精緻に発達した例は他にあまり見られない。
現在、日本国内のかんぴょう生産は栃木県が圧倒的な主産地であり、国内生産の98〜99パーセント以上を栃木県産が占めている。特に栃木県南部の壬生町、上三川町、下野市、小山市が中心的な産地であり、中でも下野市は生産量・栽培面積ともに全国一を誇る。収穫は7月から8月にかけての盛夏に行われ、日の出前の早朝から作業が始まる。真夏の強い太陽熱を利用して2日間かけて天日乾燥させるのが伝統的な製法である。
一方、日本で消費される干瓢のうち約8割は中国からの輸入品であり、主に業務用(寿司チェーン店、弁当工場など)で使用される。国産品は2割程度で、消費者向けの小売商品に多く使われている。2021年時点での日本の流通量は約1039トンで、そのうち中国産が852トン、国内産が187トンであった。かつては滋賀県甲賀市(旧水口町)も「水口かんぴょう」の産地として名高く、地理的表示(GI)保護制度にも「水口かんぴょう」が登録されている。
選び方とポイント
干瓢を選ぶ際には、いくつかの重要なポイントがある。
まず、「漂白」か「無漂白」かの違いに注目したい。お菓子作りに使用する場合は、かんぴょう本来の自然な甘味と香りが活きる無漂白品がおすすめである。無漂白品はやや薄い褐色をしているが、余計な化学処理がされていないため風味豊かで、柔らかく煮上がる特長がある。漂白品は白く見栄えがよいが、使用前に塩もみと下茹でをして硫黄の残留物をしっかり除去する必要がある。
色合いと香りも大切な判断材料である。良質な干瓢は、漂白品であれば均一な白色で黄ばみや斑点がないもの、無漂白品であれば自然な薄褐色で極端に黒ずんでいないものを選ぶとよい。乾物特有のさわやかな香りがあるものが新鮮で、カビ臭さや酸味のある匂いがするものは避けるべきである。
太さと厚みの均一性も品質を左右する。幅が揃っていて、厚みにむらが少ないものほど加工しやすく、煮上がりも均一になる。巻き寿司用と煮物用では適した太さが異なる場合があるため、用途に合わせて選びたい。
産地表示の確認も重要である。国産品(栃木県産)は品質が安定しており、風味が良いとされる。パッケージに産地が明記されているものを選ぶとよい。お菓子の原材料として使う場合、とりわけ品質にこだわるなら、栃木県産の無漂白・天日乾燥品を選ぶのが最善である。
保存は、開封後は密閉容器に入れて冷暗所に保管する。湿気を吸うとカビが生えやすくなるため注意が必要で、長期保存する場合は冷蔵庫での保管が推奨される。
メジャーな製品とメーカー名
干瓢そのものを製造・販売する代表的な企業としては、栃木県上三川町に本社を構える「株式会社谷野善平商店」が挙げられる。かんぴょう専門問屋として、栃木県産の無漂白干瓢から味付け干瓢まで幅広い商品を取り扱い、「かんぴょうマイスター」の称号を持つ職人が品質管理を行っている。同じく栃木県の干瓢問屋である「株式会社小野口商店」も、業務用から家庭用まで幅広い干瓢製品を供給する老舗である。
一般消費者向けの市販品としては、「富澤商店(TOMIZ)」が販売する「無漂白 干瓢(かんぴょう)」が製菓材料店やオンラインで入手しやすい。自然食品メーカーの「創健社」が製造する「無漂白のかんぴょう(30g入り)」は、栃木県産の夕顔を天日乾燥で仕上げた逸品として自然食品店で広く流通している。「ムソー」や「オーサワジャパン」といった自然食品ブランドからも無漂白かんぴょうが販売されている。大手流通ではイオンのプライベートブランド「トップバリュ」からも「無漂白かんぴょう」が発売されており、手軽に入手できる。JA全農(エーコープ)からも「国内産無漂白かんぴょう」が販売されている。
干瓢を使ったお菓子の製品としては、栃木県小山市の和菓子店「乙女屋」が製造する「かんぴょう物語 るかんた」が代表的である。大正元年(1912年)創業の老舗が平成4年(1992年)に発売した銘菓で、栃木県産かんぴょうを独自の技術でジャム(コンフィチュール)に仕立て、新鮮な地卵と地場産小麦粉、バターたっぷりのスポンジで包み込んだ焼き菓子である。アーモンド、焼きりんご、ショコラ、小倉抹茶などのフレーバーが展開されている。また、同じく栃木の菓子メーカー「蛸屋」が手がける「ふくべ福ふく」は、かんぴょう煮をのせたおまんじゅうで、甘じょっぱい独特の味わいが人気である。壬生町の「かんぴょう屋さんのスイーツ ゆうがおのシロップ漬け」は、夕顔の実をレモン果汁と砂糖でシロップ漬けにしたもので、壬生ブランド認定商品となっている。滋賀県甲賀市の老舗和菓子店「大彌(だいや)」では、なめらかな羽二重餅に和三盆糖をまぶした「かんぴょう」という名の和菓子を販売しており、かんぴょうの産地・水口の伝統を今に伝えている。
歴史・由来
干瓢の歴史は非常に古く、日本の食文化の中で千年以上にわたって受け継がれてきた。
最も古い起源伝説は、神功皇后の時代にまで遡る。三韓征伐から凱旋した際に大阪の敷津に船をつけ、朝鮮半島から持ち帰った種を植えたのが始まりとされる伝承がある。文献的には、『毛吹草』や『五畿内志』などに、大阪の摂津国木津村(現在の大阪市浪速区付近)がかんぴょうの産地として古くから知られていたことが記されており、ここが日本のかんぴょう発祥の地とされている。
平安時代にはすでに食用として存在していたとみられ、10世紀に編纂された『延喜式』には「瓢(ふくべ)」に関する記述があり、これがユウガオに近い植物であったと考えられている。また、16世紀には中国に渡った留学僧が精進料理に使われていた干瓢を持ち帰ったとする資料もある。
江戸時代になると、かんぴょうの生産は近畿地方から近江国の水口(現在の滋賀県甲賀市水口町)に伝わり、近江の特産品として大いに栄えた。その名声は広く知られ、歌川広重が描いた浮世絵連作『東海道五十三次』の水口宿の図には、干瓢を干す人々の姿が生き生きと描かれており、当時のかんぴょう作りの情景を今に伝えている。
栃木県におけるかんぴょう生産の始まりは、正徳2年(1712年)に遡る。近江国水口藩の藩主であった鳥居忠英(とりい ただてる)が下野国壬生藩に国替え(転封)となった際、領内の生産性の低さを憂い、水口からユウガオの種を取り寄せて領民に栽培を奨励したのがきっかけとされている。壬生町の伝承によれば、忠英は郡奉行の松本茂右衛門にかんぴょう生産の振興を命じたという。その後、栃木県南部の関東ローム層の肥沃な土壌と、夏の高温多湿な気候がユウガオの栽培に適していたことから、生産は拡大の一途をたどった。
明治時代以降、かんぴょうの主産地は関西から栃木県へと本格的に移行し、20世紀に入ると栃木県南部が日本のかんぴょう生産の圧倒的な中心地となった。この300年を超える伝統は現在も受け継がれており、栃木県は国内生産の98〜99パーセント以上を占める唯一無二の産地であり続けている。
ただし、かんぴょう農家の高齢化や後継者不足は深刻な課題であり、作付面積や生産量は年々減少傾向にある。かつて数百戸あった生産農家も減少の一途をたどっている。こうした中で、かんぴょうをお菓子やスイーツの材料として活用する新しい動きは、この伝統的な食材に新たな付加価値と需要を生み出す試みとして注目されている。壬生町や下野市では、かんぴょう料理やかんぴょうスイーツをご当地グルメとして積極的に発信し、地域ブランドの確立に力を注いでいる。
