材料の名前(日本語・外国語)
日本語では「ミックス粉」、正式には「プレミックス」と呼ばれる。法制上は「小麦粉調製品」あるいは「穀粉調製品」と称される。英語では “Prepared Mix” もしくは “Premix(Premixed Flour)” と表記され、用途に応じて “Pancake Mix”、”Cake Mix”、”Bakery Mix”、”Baking Mix” など具体的な名称が使われる。フランス語では “Farine Préparée”、ドイツ語では “Backmischung” と呼ばれることが多い。「プレミックス」という語は “Prepared Mix” の略であり、「あらかじめ(Pre)混合されたもの(Mix)」という意味を持つ。日本の家庭では「ホットケーキミックス」「ケーキミックス」「から揚げ粉」「天ぷら粉」などの個別製品名で認知されていることが多く、「ミックス粉」という言葉はそれらを総称する呼び方として広く定着している。
特徴
ミックス粉の最大の特徴は、目的のお菓子や料理に必要な複数の原材料があらかじめ適切な比率で配合されている点にある。主原料となる小麦粉をベースに、砂糖やぶどう糖などの糖類、ベーキングパウダー(膨張剤)、食塩、脱脂粉乳、でん粉、油脂(ショートニングや粉末バターなど)、乳化剤、香料といった副材料が製品の用途に応じて配合されている。日本プレミックス協会の資料によれば、パン系のミックスには強力粉や準強力粉が用いられ、ケーキやドーナツなどの菓子系のミックスには薄力粉が用いられるなど、目的に応じて小麦粉の種類そのものが使い分けられている。
こうした配合上の工夫により、利用者は個々の材料を買い揃えて一つひとつ計量する必要がなく、水や牛乳、卵など最低限の材料を加えて混ぜるだけで、安定した品質のお菓子を手軽に作ることができる。初心者でも失敗しにくく、プロの現場においても作業の効率化や品質の均一化に寄与するため、家庭用から業務用まで幅広く利用されている。
近年ではアレルギー対応(卵・乳不使用タイプ)、グルテンフリー(米粉ベース)、糖質オフ、機能性表示食品(大麦β-グルカン配合など)といった健康志向やライフスタイルの多様化に対応した製品も続々と登場しており、ミックス粉の進化は著しい。また、2013年頃からはベーキングパウダーに含まれるアルミニウムの健康への影響が話題となり、アルミフリーのベーキングパウダーを使用するメーカーが増えるなど、安全・安心への配慮も進んでいる。
用途
ミックス粉はその配合によって驚くほど多様なお菓子・料理に対応する。日本で流通しているミックス粉の主な用途を以下に整理する。
菓子系では、ホットケーキやパンケーキ、ケーキドーナツ、蒸しパン、スポンジケーキ、マフィン、クッキー、ワッフル、スコーン、パウンドケーキ、シフォンケーキ、クレープ、たい焼き・今川焼きなどの和洋を問わない焼き菓子全般に使われている。パン系では、食パン、菓子パン、イーストドーナツ、ピザ生地などに対応するミックスがある。料理系では、天ぷら粉、から揚げ粉、お好み焼き粉、たこ焼き粉などが広く普及している。
特に家庭用の「ホットケーキミックス」は、そのまま使う以外にも多彩なアレンジレシピの万能材料として活用されている。レシピサイトやSNSでは、ホットケーキミックスを使ったクッキー、スコーン、蒸しパン、肉まん、ピザなど無数のレシピが紹介されており、「ホケミ」の愛称で親しまれている。
業務用としては、ベーカリー、洋菓子店、和菓子店、飲食チェーン店など幅広い業態で採用されており、ミスタードーナツのように独自配合のミックス粉を専用に開発しているチェーンも存在する。
主な原産国(原材料の主要産出国)
ミックス粉そのものは各国の製粉メーカーが自国内で製造する加工品であるため、「原産国」という概念は主原料である小麦粉の産地に大きく依存する。日本国内で製造されるミックス粉に使われる小麦粉は、アメリカ、カナダ、オーストラリアからの輸入小麦が大半を占め、これに北海道産を中心とした国産小麦が加わる。近年は国産小麦100%を謳う製品(例:「北海道小麦粉100%ホットケーキミックス」など)も増えており、消費者の国産志向に対応している。
ミックス粉の製品としての主要生産国・消費国は、アメリカが世界最大の市場を持ち、次いで日本、ヨーロッパ諸国、韓国、中国、東南アジア各国など幅広い。アメリカでは “Bisquick”(ゼネラル・ミルズ社)や “Betty Crocker” ブランドのケーキミックスが代表的であり、ミックス粉文化の発祥地としての歴史的蓄積がある。日本はプレミックスの国内生産量が年間約36万トン(2020年時点、業務用と家庭用の合計)に達し、世界的にも有数のプレミックス消費国である。
選び方とポイント
ミックス粉を選ぶ際には、いくつかの視点から検討すると自分に合った製品を見つけやすい。
まず「用途の明確化」が出発点となる。ホットケーキを焼きたいのか、スポンジケーキを作りたいのか、クッキーを焼きたいのかによって最適なミックス粉は異なる。汎用性の高いホットケーキミックスをアレンジに使う方法もあるが、専用ミックスの方がより目的に合った食感や風味を実現しやすい。
次に「原材料表示の確認」が重要である。裏面の原材料を見て、できるだけシンプルな配合のものを選ぶのが一つの指針となる。アレルギーのある方は、卵や乳製品の有無を必ずチェックする必要がある。昭和産業のホットケーキミックスのように卵や乳を配合していない製品もあれば、森永製菓の製品のように卵白粉や乳成分を含むものもあり、メーカーや製品によって異なる。
「膨張剤の種類」も注目ポイントである。前述のとおり、アルミニウムフリーのベーキングパウダーを使用した製品を選ぶ消費者が増えている。パッケージに「アルミフリー」と表記されている製品を選ぶとよい。
「甘さの度合い」も好みが分かれるところである。メーカーや製品によって糖類の配合量は異なるため、甘さ控えめの製品が好みの場合はパンケーキミックス(一般にホットケーキミックスより甘さが控えめ)を選ぶか、原材料表示で砂糖の記載順位を確認する方法がある。
「保存性と包装形態」も実用的なポイントである。個包装(小分け)タイプは一度に使い切れるため湿気にくく便利だが、大容量タイプの方がグラム単価は安い。チャック付き袋の製品は開封後の保存に適している。
最後に「特定のニーズへの対応」として、グルテンフリー(米粉ベース)、糖質オフ、有機原料使用、国産小麦100%など、健康志向や素材へのこだわりに応じた製品を選ぶことも可能である。
メジャーな製品とメーカー名
日本のミックス粉市場は、大手製粉メーカーと製菓メーカーがしのぎを削る激戦区である。代表的な製品とメーカーを紹介する。
森永製菓 は、1957年発売の「森永ホットケーキミックス」で知られる老舗中の老舗である。ふんわりとした食感と口どけのよさが特徴で、家庭用ホットケーキミックス市場で長年トップクラスの人気を誇る。上位ラインの「森永 絶品ホットケーキミックス」も好評を得ている。
昭和産業(SHOWA) は、同じく1957年に「昭和のホットケーキの素」を発売し、プレミックスのパイオニアとして歩んできた。1999年に発売された赤い箱の「昭和ホットケーキミックス」は卵・乳製品を配合しないシンプルな処方が支持され、ホットケーキミックス市場でシェアNo.1を獲得した実績を持つ。2017年にはプレミックスとして日本初の機能性表示食品「大麦粉のホットケーキミックス」を発売するなど、革新的な製品開発でも知られる。
日清製粉ウェルナ は、「日清 ホットケーキミックス 極もち」をはじめ、国産小麦と米粉をブレンドしたもちもち食感の製品で差別化を図っている。「パンケーキミックス 極しっとり」も人気が高い。
ニップン(旧・日本製粉) は、「ニップン めちゃラク ホットケーキミックス」という画期的な製品を2019年に発売した。袋の中に直接牛乳と卵を入れて揉むだけで生地が完成するという利便性の高さが話題となった。
熊本製粉 は、グルテンフリー分野に注力し、「グルテンフリーケーキミックス」シリーズ(プレーン、ココアなど)を展開している。小麦アレルギーの方にも対応する製品として評価が高い。
共立食品 は、「レンジで作るマグカップケーキミックス」など手軽さを追求した製品を家庭向けに展開している。
業務用分野では、日清製粉プレミックス、奥本製粉、鳥越製粉、千葉製粉、日東富士製粉、サンミックスなどが専門性の高い製品を製造しており、これらのメーカーは日本プレミックス協会の会員企業として業界を支えている。
海外では、ゼネラル・ミルズ(General Mills)の “Bisquick”(1931年発売)やベティ・クロッカー(Betty Crocker)ブランドのケーキミックス、ピルズベリー(Pillsbury)のケーキミックスなどがアメリカ市場の定番製品として君臨している。
歴史・由来
ミックス粉の歴史は、19世紀のイギリスとアメリカにまで遡る。1845年、イギリス・ブリストルのパン職人ヘンリー・ジョーンズ(Henry Jones)が、小麦粉にベーキングパウダーの原料をあらかじめ混合した「セルフライジングフラワー(Self-Raising Flour)」を発明し、イギリスで特許を取得した。ジョーンズはこの製品をイギリス海軍に供給することを目指していた。1849年にはアメリカでも同じ発明の特許を取得しており、これがプレミックスの元祖とされている。日本プレミックス協会はアメリカでの特許取得年を1848年としており、これが日本国内での通説となっている。
1880年代になると、アメリカでは小麦粉やとうもろこし粉に膨張剤を配合したパンケーキミックスが登場し、その後ドーナツミックス、ケーキミックス、ビスケットミックスなどが続々と開発された。1889年にはパール・ミリング・カンパニー(Pearl Milling Company)のクリス・ラットとチャールズ・アンダーウッドが「Aunt Jemima」ブランドの水を加えるだけのパンケーキミックスを発売し、これがアメリカ初の本格的なレディーミックス(ready mix)とされている。1930年にはゼネラル・ミルズ社が「Bisquick」を開発・発売し、ビスケットだけでなくマフィンやダンプリングなど多用途に使える万能ミックスとして市場を席巻した。1933年にはピッツバーグの糖蜜会社P. ダフ&サンズ(P. Duff and Sons)が世界初のケーキミックスの特許を取得している。
日本におけるプレミックスの歴史は、1931年(昭和6年)にホーム食品が「ホットケーキの素」を発売したことに始まる。これが日本初のプレミックス製品とされている。しかし戦争の影響で生産は途絶え、本格的な復活は戦後の1952年以降となった。ホーム食品は1952年に「ホットケーキの素」を再販売し、これを契機に各製粉会社がミックス粉の生産に参入していった。1957年には森永製菓が「森永ホットケーキの素」を、昭和産業が「昭和のホットケーキの素」をそれぞれ発売し、高度経済成長期の食生活の洋風化と即席調理食品の流行に乗って、ホットケーキミックスは急速に家庭に浸透していった。
1960年代から1970年代にかけては、ドーナツミックスやケーキミックスなどスイーツ系プレミックスのバリエーションが拡大した。1990年代以降はスイーツブームや健康志向の高まりを受けて、高級志向、素材こだわり型、機能性付加型など、多様化の時代に突入した。2010年代にはハワイアンパンケーキブームが到来し、パンケーキミックスが新たなカテゴリーとして確立された。
そして2020年、新型コロナウイルスの世界的流行による「おうち時間」の増加で、自宅でお菓子やパンを手作りする人が急増し、ホットケーキミックスをはじめとするミックス粉類が一時スーパーの棚から姿を消すほどの爆発的需要を記録した。この出来事は、ミックス粉が現代の食生活にいかに深く根付いているかを象徴するものであった。
誕生から170年以上の歳月を経て、ミックス粉は単なる「手抜きの道具」ではなく、お菓子作りの楽しさを誰にでも開いてくれる「お菓子の入り口」として、世界中の家庭やプロの現場で愛され続けている。
