材料の名前
日本語では「シュガーペースト」と呼ばれるこの素材は、英語圏では地域によって名称が異なる。イギリスやヨーロッパでは「Sugar Paste(シュガーペースト)」が一般的だが、アメリカでは「Fondant(フォンダン)」という呼び名が広く浸透している。このフォンダンという語はフランス語の「fondre(溶ける)」に由来し、口の中でやわらかく溶けていく食感を表現したものだ。なお、フランス語では「Pâte à sucre(パート・ア・シュークル)」、イタリア語では「Pasta di zucchero(パスタ・ディ・ズッケロ)」と呼ばれる。
日本のお菓子作りの現場では「シュガーペースト」のほか、「ロールフォンダン」「フォンダンペースト」といった名称も使われる。ただし「フォンダン」には、加熱した砂糖液を練って作る流し込み用の「ポアードフォンダン」もあるため、シート状に伸ばして使うタイプは区別のために「ロールドフォンダン(Rolled Fondant)」と呼ばれることが多い。
また、シュガーペーストとよく混同される素材に「ガムペースト(Gum Paste)」がある。ガムペーストはシュガーペーストにタイロース(CMC)やトラガカントガムなどの増粘剤を多く加えたもので、乾燥後により硬く仕上がる。繊細な花や人形の造形に適しており、シュガーペーストとは用途が明確に分かれている。
特徴
シュガーペーストの最大の特徴は、粘土のように自在に成形できる可塑性にある。砂糖を主原料とした生地でありながら、薄く伸ばしたり、型で抜いたり、手でこねて立体的な形に仕上げたりと、まるで工芸用の粘土のような扱いやすさを持つ。
基本的な原材料は、粉糖(シュクレグラス)、グルコース(ブドウ糖)または水あめ、そして増粘剤だ。市販品にはキサンタンガムや加工デンプンが増粘剤として使われるケースが多い。水を加えて練り上げると、なめらかでしっとりした生地になり、室温で放置すると徐々に乾燥して固まっていく。この「乾燥すると固まる」という性質が、デコレーション素材として重宝される理由でもある。
色づけの自由度が高い点も見逃せない。食用色素やジェルカラーを練り込めば、パステルカラーからビビッドな色合いまで思いのままに表現できる。白い状態のシュガーペーストはケーキ全体を覆う「カバーリング」に使われ、真っ白で滑らかな仕上がりはクリームでは実現しにくい均一な美しさをもたらす。
味わいとしては甘さが際立つが、バニラやレモンの香料が加えられている製品もある。食べられる素材であることは確かだが、装飾としての役割が大きいため、「見て楽しむ」要素が強い素材といえるだろう。
保存性が高い点も特筆に値する。砂糖の含有量が極めて多いため、水分活性が低く、適切に保管すれば長期間の保存が可能だ。市販の未開封品であれば、およそ1年ほど保存できる製品も珍しくない。ただし湿気には弱く、開封後はラップで密閉し、さらにジッパー付きの保存袋に入れて保管する必要がある。
用途
シュガーペーストの用途は大きく分けて三つある。
一つ目は、ケーキ全体を覆う「カバーリング」だ。薄く伸ばしたシュガーペーストをケーキの上にかぶせることで、つるりとした陶器のような表面に仕上げることができる。イギリスの伝統的なウェディングケーキやクリスマスケーキでは、このカバーリングが欠かせない。フルーツケーキの上にまずマジパンを敷き、その上からシュガーペーストで覆うのが正統な作り方とされている。
二つ目は、型抜きやカッティングによる「デコレーションパーツ」の作成だ。花やリボン、星、ハート、文字など、さまざまな形のパーツを作って乾燥させ、ケーキやカップケーキに飾りつける。専用の抜き型やシリコンモールドを使えば、初心者でも手軽に美しいパーツが作れる。
三つ目は、立体的なフィギュアや造形作品の制作だ。シュガーペーストにガムペーストを混ぜたり、タイロースパウダーを加えて硬化速度を上げたりすることで、人形や動物、建物といった複雑な造形も可能になる。プロのシュガークラフト作家が手がける作品は芸術作品と呼べるほど精巧で、コンテストや展示会でもその技巧が披露されている。
このほか、近年ではアイシングクッキーの土台にシュガーペーストを用いたり、カップケーキのトッピングとして円形に抜いたシュガーペーストを載せたりと、家庭のお菓子作りでも活躍の場が広がっている。
主な原産国
シュガーペーストそのものは世界各地で製造されている加工品であり、農作物のような「原産国」は存在しない。ただし、主原料である砂糖の生産国と、シュガーペースト製品の製造国に分けて整理できる。
砂糖の原料であるサトウキビの主要生産国は、ブラジルとインドが世界の二大生産国として知られる。これにタイ、中国、オーストラリアなどが続く。てん菜(ビート)由来の砂糖ではEU諸国が主要な生産地域だ。
一方、シュガーペースト製品の製造国としては、イギリスが伝統的な中心地だ。シュガークラフトの文化が根づいたイギリスでは、業務用から家庭用まで多くのメーカーが製品を展開してきた。アメリカではフォンダンとして広く普及しており、製造拠点も多い。イタリアもケーキデコレーション文化の発展とともにシュガーペースト製造が盛んだ。日本国内では日新製糖が国産のシュガーペーストパウダーを製造・販売しており、水を加えて練るだけで使えるパウダータイプとして、教室やホームベーキングの愛好者から支持を得ている。
選び方とポイント
シュガーペーストを選ぶ際は、まず「形状」を確認したい。大きく分けて、すでに練り上げられた状態で販売されている「レディタイプ(粘土状)」と、粉末に水を加えて自分で練り上げる「パウダータイプ」の二種類がある。
レディタイプは封を開けてすぐに使えるため、手軽さを求める方や少量だけ使いたい場面に向いている。海外製品に多いタイプで、Satin IceやRenshawなどの有名ブランドがこの形態で販売している。ただし一度開封すると乾燥が進みやすいため、残った分はラップで二重に包み、密閉容器に入れて保管する必要がある。
パウダータイプは必要な量だけ水を加えて練れるため、使い切りやすく無駄が少ない。日本国内で流通している日新製糖のシュガーペーストパウダーがこのタイプの代表格だ。パウダー1kgに対して水125mlを加えて練るという明確な配合比率が示されており、初心者にも扱いやすい。
用途に応じた選び方も大切だ。ケーキ全体を覆うカバーリング用途なら、伸びがよく柔軟性のあるペーストが適している。一方、型抜きパーツや小さな飾りを作る場合は、ある程度の硬さがあり乾燥が早いタイプのほうが作業しやすい。造形やフィギュア制作を目指すなら、シュガーペースト単体ではなく、ガムペーストやモデリングペーストと呼ばれる造形専用の製品を併用するとよい。
色についても注意が必要だ。市販のシュガーペーストには真っ白なものと、やや黄みがかったものがある。カラフルに着色する場合はどちらでも構わないが、純白の仕上がりを求めるなら、できるだけ白度の高い製品を選ぶほうが望ましい。市販品は家庭で作るよりも白く仕上がる傾向にあり、この点は市販品ならではのメリットだ。
保管環境にも気を配りたい。高温多湿は大敵で、夏場は冷蔵庫での保存が推奨される。ただし冷蔵保存すると生地が硬くなるため、使う前に室温に戻してよく揉み直してから作業に取りかかることが肝心だ。
メジャーな製品とメーカー名
世界的に知られるシュガーペースト(フォンダン)のメーカーと製品をいくつか紹介する。
まず、イギリスの老舗メーカーであるRenshaw(レンショー)。1898年にジョン・F・レンショーがロンドンでマジパン製造からスタートした企業で、イギリス最大のレディ・トゥ・ロール・アイシング(ロールフォンダン)メーカーとして長年にわたり業界をリードしてきた。2023年にBritish Bakels(ブリティッシュ・バケルズ)に事業が引き継がれ、「Renshaw by Bakels」として製品展開を続けている。カラーバリエーションが豊富で、プロのケーキデコレーターからも信頼が厚い。
アメリカでは、Satin Ice(サテンアイス)が高い人気を誇る。2001年にKevin O’Reilly(ケヴィン・オライリー)がニューヨーク州ハドソンバレーで設立したSatin Fine Foods社が製造しており、世界65か国以上に製品を輸出している。バニラ風味やチョコレート風味のフォンダンなど、味のバリエーションにも力を入れている。コーシャ認証、グルテンフリー、ナッツフリーといった対応も特徴的で、幅広い層のユーザーに支持されている。
イタリアからは、Saracino(サラチーノ)の名前が挙がる。「Pasta Top」や「Pasta Cover」というブランド名で展開されるフォンダンは、伸びのよさと滑らかな質感で知られ、ヨーロッパのケーキデザイン市場で存在感を示している。造形用の「Pasta Model」も人気が高い。
アメリカのWilton(ウィルトン)も外せない。1929年にDewey McKinley Wilton(デューイ・マッキンリー・ウィルトン)が創業したケーキデコレーション用品の総合メーカーで、フォンダンだけでなく、抜き型、着色料、デコレーションツールまで幅広く手がけている。ホームベーキング用品の定番ブランドとして、世界中で認知されている。
日本国内では、日新製糖の「カップ印 パウダーシュガーペースト」が代表的だ。原材料は砂糖(国内製造)、粉末水飴、増粘剤(加工デンプン、キサンタンガム)、香料とシンプルな構成で、水を加えて練るだけで使えるパウダータイプとなっている。1kgの大容量パックが業務用・教室用として流通しているほか、富澤商店やcotta(コッタ)などの製菓材料専門店では100g~200gの少量パックも販売されている。
歴史・由来
シュガーペーストの歴史は、砂糖そのものの伝播と深く結びついている。
砂糖の原料であるサトウキビは、紀元前8000年頃にニューギニアで栽培が始まったとされる。紀元前1000年頃にはインドの宗教儀式で砂糖が使われるようになり、紀元前500年頃にはペルシャ、紀元前326年頃にはギリシャへと伝わった。結晶化した砂糖の記録は紀元前300年頃にさかのぼるが、本格的な精製技術が確立されたのは紀元500年頃と考えられている。
砂糖は7世紀以降、イスラム世界を通じて急速に広まり、エジプトでは10世紀末には砂糖の彫刻が作られていたという記録が残る。ヨーロッパへは8世紀にムーア人を通じてスペインに伝えられ、12世紀の十字軍遠征をきっかけにさらに広がった。イングランドには1088年に砂糖が初めてもたらされたとされている。
シュガーペーストそのものの最も古い記録は、16世紀にまでさかのぼる。1555年にイタリアのジロラモ・ルスチェッリ(Girolamo Ruscelli)が「Alessio Piemontese」のペンネームで著した『Secreti(秘密の書)』に、砂糖のペーストで皿やコップ、果物の形を作り、宴の最後にそれを食べるという記述がある。この本が1558~1559年にかけて英語に翻訳されたことで、シュガーペーストのレシピがイングランドにも伝わった。
当時のレシピは、トラガカントガム(gum tragacanth、当時は「gum dragon」と呼ばれた)をローズウォーターに浸してふやかし、レモン汁と卵白を加え、粉糖をすり鉢で練り込むというものだった。トラガカントガムはイラン周辺に自生するアストラガルス属の植物から採取される天然の増粘剤で、古くは紀元前3世紀のテオフラストスの記述にも登場する。1580年代のオスマン帝国との通商条約締結やレヴァント会社の設立を経て、トラガカントガムと砂糖がイングランドでより入手しやすくなったことが、シュガーペーストの普及を後押しした。
17世紀に入ると、シュガーペーストに色や風味をつけるバリエーションが増えていく。ほうれん草の汁で緑色に、カーネーションの汁で赤色に、マリーゴールドで黄色にと、天然の植物から色素を得て着色する方法が記録されている。宴席での「バンケティング・コンシート(Banqueting Conceit)」と呼ばれるサプライズ演出にシュガーペーストの造形品が用いられ、皿やグラスの形に成形したものをテーブルに並べ、最後にすべてを食べるという趣向が上流階級の間で楽しまれた。
シュガーペーストが現在のような「ケーキを覆う素材」として発展したのは、19世紀のイギリスにおいてだ。1840年、ヴィクトリア女王の結婚式で作られたウェディングケーキにシュガークラフトの技法が用いられたことが、大きな転換点となった。当時のケーキは段積みではなく、直径約90cm・高さ約30cmほどの巨大な一段ケーキだったと伝えられている。この出来事を契機に、シュガーペーストでケーキを美しく覆い、繊細な砂糖細工で飾るスタイルがイギリスの慶事の定番として定着していった。
20世紀後半以降、シュガーペーストの文化はイギリスからオーストラリア、南アフリカ、アメリカなど英語圏の国々に広がり、さらにテレビ番組やSNSの影響でアジアや南米にも浸透した。日本では1990年代頃からシュガークラフト教室が開かれるようになり、2010年代のアイシングクッキーブームとともにシュガーペーストの認知度も高まった。現在では、ウェディングケーキだけでなく、バースデーケーキやイベント用のデコレーションケーキなど、幅広いシーンで使われている。
かつては王侯貴族の宴席を彩る贅沢品だったシュガーペーストが、今では製菓材料店やオンラインショップで手軽に入手できる身近な素材になった。500年近い歴史を持つこの砂糖の造形素材は、時代を超えてお菓子作りに華やかさと驚きを添え続けている。
