材料の名前
日本語では「てんさい糖」または「甜菜糖」と表記する。原料となる植物の和名は「てんさい(甜菜)」で、別名「サトウダイコン(砂糖大根)」とも呼ばれる。ただし、アブラナ科の大根とは植物学的にまったく別の種であり、見た目が似ていることからそう名付けられたにすぎない。
英語では原料の植物を “sugar beet” と呼び、そこから作られる砂糖は “beet sugar” と表記される。フランス語では “sucre de betterave”、ドイツ語では “Rübenzucker” にあたる。日本の製菓業界では「ビート糖」というカタカナ表記も広く使われており、製品パッケージにもこの名称が記載されていることが多い。
特徴
てんさい糖は、北海道で栽培されるてんさい(ヒユ科フダンソウ属の二年生植物)の根から糖分を抽出し、製造される砂糖の一種である。製造工程において、てんさいの根を細かく裁断して温水で糖分を溶出させ、ろ過・煮詰めたのち、結晶と糖蜜に分離する。結晶からは上白糖やグラニュー糖が作られ、糖蜜を乾燥・固形化して粉砕したものが、一般に「てんさい糖」として流通している含蜜糖にあたる。
外見は薄い茶褐色をしており、これは糖蜜由来の色味である。精製度の高い白砂糖と異なり、カラメル処理などで着色しているわけではない。味わいはまろやかでコクがあり、上白糖と比較するとすっきりした甘さが特徴だ。甘さの質がやさしいため、素材の風味を引き立てやすいという利点がある。
てんさい糖ならではの大きな特徴は、天然のオリゴ糖(ラフィノース、ケストースなど)を含んでいる点にある。ホクレンの公式情報によれば、てんさい糖にはオリゴ糖が5%以上含まれている。このオリゴ糖は腸内のビフィズス菌のエサとなり、腸内環境を整える働きがあるとされる。
栄養面では、100gあたりのカロリーは約357kcal程度で、上白糖の約384kcalと比べるとやや低い。GI値(食後の血糖値上昇度を示す指標)は65程度とされ、上白糖の109~110と比較すると中GI食品に分類される。ただし、主成分はショ糖であることに変わりはなく、摂りすぎには注意が必要だ。カリウムやカルシウム、マグネシウムといったミネラル分も微量ながら含まれているが、あくまで砂糖の一種であるため、ミネラル補給を期待して大量に摂取するのは現実的ではない。
粒子は一般的なグラニュー糖や上白糖と比べてやや大きめで、溶けるのに少し時間がかかる。近年は粉末タイプやサラサラの細粒タイプも販売されており、用途に応じて使い分けしやすくなっている。
用途
お菓子づくりにおいて、てんさい糖は幅広い場面で活躍する。まろやかな甘みとコクがあるため、焼き菓子との相性がとくによい。クッキーやマフィン、パウンドケーキに使えば、上白糖やグラニュー糖とは異なる、ほんのりと香ばしい風味が加わる。焼き色もやさしい茶色がかった仕上がりになるため、ナチュラルな見た目を好む場合に重宝する。
一方で、純白に仕上げたいデコレーションケーキやメレンゲ、透明感のあるゼリーなどには向かない。糖蜜由来の色味がそのまま生地やクリームに移るため、見た目を白く整えたい場合にはグラニュー糖や上白糖のほうが適している。
お菓子以外にも、煮物の甘味づけや照り焼きのタレ、ドレッシング、漬物など家庭料理全般に使える。上白糖の代わりとして1対1で置き換えが可能だが、甘みがやや穏やかなので、好みに応じて分量を調整するとよいだろう。コーヒーや紅茶に入れる卓上糖としても使え、くせの少ないすっきりした甘さが飲み物の風味を邪魔しにくい。
近年はマクロビオティックや自然食志向のレシピでも、精製度の低い砂糖としてよく採用されている。パン生地に練り込む用途にも適しており、発酵を妨げない穏やかな甘さが評価されている。
主な原産国
てんさい(ビート)は、もともと地中海沿岸やカスピ海・コーカサス地方が原産とされる植物である。寒冷な気候を好む作物で、現在では温帯から亜寒帯の広い地域で栽培されている。
世界のてんさい生産量の上位は、ロシア、フランス、ドイツ、アメリカ合衆国、トルコなどが占める。全世界の砂糖生産量のうち、てんさい由来のものはおよそ30~35%を占めるとされ、残りの約65~70%はサトウキビ由来である。ヨーロッパにおいては、砂糖といえばてんさい糖が主流で、フランスやドイツなどでは洋菓子の材料としてグラニュー糖(てんさい由来)が日常的に使われてきた歴史がある。
日本国内のてんさい栽培は、北海道にほぼ限定されている。北海道の冷涼な気候がてんさいの生育に適しているためで、十勝地方やオホーツク地方が主な産地だ。国内原料による日本の砂糖生産量のうち、てんさい糖は約80%を占めるとされる(残りはサトウキビ由来の甘しゃ糖で、主に沖縄県や鹿児島県で生産)。ただし、日本の砂糖消費量全体に占める国産てんさい糖の割合は約30%程度であり、残りは輸入原料糖に頼っている。
選び方とポイント
てんさい糖を選ぶ際にまず確認したいのは、原料の産地である。国産にこだわるなら「北海道産てんさい100%」と明記された製品を選ぶと安心だ。海外産の原料を使った製品も存在するため、パッケージの表記を確認する習慣をつけたい。
形状による違いも選択のポイントになる。顆粒タイプはそのまま料理に振り入れるのに便利で、煮物や炒め物に使いやすい。粉末タイプは粒子が細かいため溶けやすく、お菓子作りや飲み物への使用に向いている。とくに焼き菓子の生地にすり混ぜる場合は、粒の大きな顆粒タイプだと混ざりにくいことがあるので、あらかじめすりこぎで細かく砕くか、粉末タイプを選ぶとよい。
色味にも注目したい。てんさい糖は糖蜜の含有度合いによって色の濃さが異なる。色が濃いものほど糖蜜の風味やミネラル分が多く、コクのある味わいになる傾向がある。一方で、色が薄めのものはクセが少なく、繊細な味のお菓子にも使いやすい。
保存については、直射日光と高温多湿を避け、密封容器に入れて冷暗所で保管すれば長期間品質を保てる。砂糖類は基本的に賞味期限の表示義務がなく、適切に保存すれば劣化しにくい食品ではあるが、湿気を吸うと固まりやすくなるため、開封後はしっかり封をすることが大切だ。
メジャーな製品とメーカー名
てんさい糖の市場で知名度が高いのは、以下のメーカーと製品である。
ホクレン農業協同組合連合会が販売する「ホクレン てんさい糖」は、全国のスーパーで取り扱われている定番商品だ。北海道産てんさい100%を使用した含蜜糖で、650g入りのパッケージが広く流通している。てんさい糖のカテゴリーにおいて長年トップクラスの人気を誇り、製造はホクレン清水製糖工場が担っている。
日本甜菜製糖株式会社(ニッテン)は、「スズラン印」ブランドでおなじみの製糖メーカーである。1919年(大正8年)に前身の北海道製糖株式会社として創立された歴史ある企業で、上白糖やグラニュー糖のほか、「北海道まろやかてんさい糖」などの家庭用てんさい糖製品を展開している。1962年にてんさい糖製品の意匠を「スズラン印」に統一しており、北海道内はもちろん全国的に知られるブランドである。
大東製糖株式会社は「てんさいのお砂糖」という製品を販売しており、北海道産てんさい原料にラフィノース(オリゴ糖)を加えた含蜜糖タイプで、お菓子作りや料理に幅広く使える。
山口製糖株式会社の「ポット印 ビート糖(粉末タイプ)」は、溶けやすい粉末状に加工されたてんさい糖で、飲み物やお菓子作りに使いやすいと評価されている。
このほか、加藤美蜂園本舗(サクラ印はちみつ)が展開する「北海道てんさいオリゴ」シリーズは、てんさい由来の糖蜜をシロップ状に加工した製品で、オリゴ糖含有量が多いのが特徴だ。料理やヨーグルトにかける用途で人気がある。
歴史・由来
てんさいから砂糖が取れることを科学的に証明したのは、1747年、ドイツの化学者アンドレアス・マルクグラーフである。彼はてんさいの根からショ糖を分離することに成功し、それがサトウキビから得られる砂糖と同じ成分であることを突き止めた。当時のてんさいは主に家畜の飼料として利用されており、砂糖の原料になるとは誰も考えていなかった。
マルクグラーフの弟子であるフランツ・アシャールは、この発見を工業化へと発展させた人物だ。製糖の実験を重ねたのち、1801年(一部の資料では1802年)に世界初のてんさい糖工場を建設し、商業生産の道を開いた。
てんさい糖の製造が急速にヨーロッパ中に広まったきっかけは、ナポレオン・ボナパルトによる大陸封鎖令(1806~1813年)にある。イギリスとの戦いの中で、ナポレオンはイギリス経由で輸入されていたサトウキビ由来の砂糖をヨーロッパ大陸から締め出した。砂糖の価格が高騰する中、ヨーロッパの気候でも栽培可能なてんさいからの製糖が強力に奨励されたのだ。皮肉にも、戦時政策が新たな産業を生み出す結果となった。1850年頃にはてんさい糖業の技術的基盤がほぼ確立し、ヨーロッパの主要な砂糖産業へと成長を遂げている。
日本にてんさいが伝わったのは、明治3年(1870年)のことである。明治政府は西洋の農業技術を積極的に導入する政策のもと、欧州からてんさいの種子を取り寄せ、北海道での栽培を試みた。しかし、農業技術も製糖技術も未熟だった当時、事業は思うように進まなかった。
転機となったのは、明治11年(1878年)のパリ万国博覧会である。視察に派遣された勧農局長の松方正義(のちの第4代内閣総理大臣)は、ヨーロッパにおけるてんさい糖業の隆盛を目の当たりにし、日本への本格導入を決意した。帰国後、北海道の紋別(現在の伊達市)に官営の製糖工場が建設され、明治14年(1881年)に操業を開始する。だが、技術的な課題は解決しきれず、明治29年(1896年)には事業放棄に追い込まれた。その後も札幌に製糖工場が新設されたが、こちらも明治34年(1901年)に閉鎖。以後、約20年にわたりてんさい糖業は日本の歴史の表舞台から姿を消した。なお、この札幌の製糖工場跡は、のちにビール工場として生まれ変わり、現在の「サッポロビール園」の前身となっている。
てんさい糖業が再興したのは大正8年(1919年)のことだ。松方正義の子息・松方正熊が設立に関わった北海道製糖株式会社と、翌年設立された旧日本甜菜製糖株式会社の2社が、それぞれ十勝の帯広と清水に工場を建設した。創業直後は経営難に苦しんだが、両社は再編を繰り返しながら存続し、のちに統合されて現在の日本甜菜製糖株式会社となった。以来100年以上にわたり、北海道のてんさい糖業を支え続けている。
こうした歴史を経て、てんさい糖は北海道の農業を代表する産物のひとつとなった。近年はオリゴ糖を含む健康的な甘味料として注目を集めており、お菓子作りの材料としても根強い人気を保っている。
