材料の名前
日本語では「シロップ」と呼ばれ、漢字の当て字で「舎利別(しゃりべつ)」と書かれることもある。また「シラップ」と表記される場合もあり、JAS(日本農林規格)の缶詰分野ではこちらの表記が採用されている。
各国語での表記は以下のとおりである。英語では syrup(シラップ)、フランス語では sirop(シロ)、ドイツ語では Sirup(ズィールップ)、イタリア語では sciroppo(シロッポ)、オランダ語では siroop(シロープ)。日本語の「シロップ」はオランダ語の siroop から入ったとされ、江戸時代の蘭学を通じて日本に伝わった言葉である。
語源をさかのぼると、アラビア語で「飲み物」「ジュース」を意味する「シャラーブ(شراب / sharāb)」に行き着く。これがラテン語の「siropus(シロプス)」を経由して、ヨーロッパ各国の言語へと広がっていった。
特徴
シロップとは、砂糖を水に溶かして煮詰めた濃厚な糖液の総称であり、とろりとした粘性を持つのが特徴である。広義には、天然の樹液や果汁を煮詰めたものも含まれる。
お菓子づくりで使われるシロップの基本形は、砂糖と水だけで構成されるシンプルシロップだ。プロの製菓現場では「ボーメ度」という濃度の指標が広く使われており、なかでも「ボーメ30度」のシロップは万能シロップとして知られている。ボーメ30度は、水100gに対して砂糖約135gを溶かした濃度にあたり、焼き菓子の艶出しからスポンジ生地へのアンビバージュ(シロップ打ち)、パイのつや付けまで幅広く使える。一方、スポンジケーキに染み込ませる目的では「ボーメ18度」(水2に対して砂糖1の比率)のやや薄めのシロップが使われることが多い。
シロップの性質を理解するうえで欠かせないのが、砂糖の加熱による状態変化である。砂糖水は103~105℃程度で透明な液状のシロップになり、さらに107~115℃ではフォンダン(糖衣)の元になる。温度が上がるにつれてキャラメル、べっこう飴と変化していくため、製菓においてシロップの温度管理はきわめて繊細な作業となる。
砂糖液を冷却するとショ糖が再結晶化することがあり、これが「シャリつく」現象だ。これを防ぐには、少量の水飴やブドウ糖、あるいはレモン果汁を加えることで転化糖をつくり、結晶化を抑える方法が一般的に用いられている。
製菓で使うシロップにはいくつかの代表的な種類がある。シンプルシロップのほか、砂糖液にアラビアガムを加えて粘度を高めたガムシロップがある。ただし日本のカフェや喫茶店で「ガムシロップ」と呼ばれる小分けの甘味料は、実際にはアラビアガムを含まないシンプルシロップか、果糖ぶどう糖液糖が多い。フルーツシロップは、果実の搾り汁や果汁を砂糖液に加えたもので、色と香りを楽しむために使われる。かき氷にかけるシロップもこの一種で、近年では人工着色料や香料で風味をつけた製品が主流になっている。
樹液由来のシロップとしては、サトウカエデの樹液を煮詰めたメープルシロップが代表格だ。糖度約3%の樹液を66%程度まで煮詰めてつくる。トウモロコシのでんぷん(コーンスターチ)を酵素で糖化したコーンシロップ、リュウゼツラン(アガベ)の茎から採れるアガベシロップ、サトウキビの絞り汁を煮詰めたケインシロップなど、原料の違いによるバリエーションも豊富だ。
用途
シロップはお菓子づくりにおいて、じつに多彩な場面で活躍する。
まず、スポンジケーキやバターケーキの仕上げに欠かせないのがアンビバージュ(imbiber)である。フランス語で「染み込ませる」を意味するこの工程は、焼き上がったスポンジ生地にシロップをはけで塗ったり、スプーンでまんべんなく打ったりして、生地にしっとりとした食感と風味を与える作業だ。シロップにキルシュ(さくらんぼの蒸留酒)やグラン・マルニエ(オレンジリキュール)、ラム酒といった洋酒を加えることで、大人向けの複雑な味わいに仕上がる。サバランやババといった焼き菓子は、洋酒入りのシロップをたっぷり吸わせることで独特の風味を生み出す。
焼き菓子の艶出しにもシロップが使われる。パイ生地やフィユタージュ(折込みパイ生地)の表面に、焼き上がり直後のまだ温かいうちにボーメ30度のシロップをはけで塗ると、つやつやとした美しい光沢が生まれる。
コンフィズリー(砂糖菓子)の分野では、シロップの温度管理こそが菓子の品質を決める。キャンディ、ヌガー、マシュマロ、フォンダンなど、いずれも砂糖を水に溶かしたシロップを特定の温度まで煮詰めることで生まれる菓子だ。温度のわずかな違いでまったく異なる食感になるため、製菓用温度計は必需品といえる。
フルーツの砂糖煮(コンポート)をつくる際にもシロップは不可欠である。果物をシロップでゆっくり煮ることで、果実の形を保ったまま甘みを浸透させ、保存性も高められる。
飲み物の分野では、フレーバーシロップを使ったカフェドリンクやカクテルの調合が広く行われている。バニラ、キャラメル、ヘーゼルナッツといったフレーバーシロップを加えるだけで、コーヒーや紅茶のアレンジが手軽に楽しめる。
和菓子の世界でも、シロップは使われてきた。鶏卵素麺は、沸騰させたシロップに卵黄を糸状に垂らして仕上げる南蛮菓子の一つである。あんみつや氷菓子にかける黒蜜も、黒砂糖を水で溶かして煮詰めたシロップの一種と捉えることができる。
主な原産国・産地
シロップの原料は多岐にわたるため、原産国も原料によって異なる。
メープルシロップの最大の産地はカナダで、世界の生産量の約7割を占める。そのなかでも大半がケベック州で生産されており、約11,300人の生産者がメープルの森を管理している。アメリカ合衆国のバーモント州やニューヨーク州でも生産されているが、量はカナダに比べるとはるかに少ない。
コーンシロップはアメリカ合衆国での生産が突出しており、トウモロコシの一大産地である中西部(コーンベルト)で大量に製造されている。高果糖コーンシロップ(HFCS)は、1960年代に日本の高崎義幸博士がイソメラーゼ技術を応用してグルコースを果糖に転換する方法を確立したことで、工業的な量産が可能になった。アメリカでは、キューバ革命で砂糖の輸入が制限されたことを背景に、砂糖の代替として清涼飲料水や加工食品で広く使われるようになった経緯がある。
サトウキビを原料とするケインシロップやモラセス(糖蜜)は、ブラジル、インド、タイ、キューバといったサトウキビの主要生産国で生産されている。アガベシロップはメキシコが最大の産地で、テキーラの原料としても知られるリュウゼツラン科の植物から採取される。
ゴールデンシロップ(砂糖精製時の副産物からつくるシロップ)はイギリスで古くから親しまれており、Lyle’s(ライルズ)のブランドが有名だ。
選び方とポイント
製菓用のシロップを選ぶ際は、いくつかの点に注意するとよい。
まず、用途に合わせた種類の選択が肝心だ。スポンジへのアンビバージュや焼き菓子の艶出しには、自分で砂糖と水からボーメ30度のシロップを炊くのが最も確実で経済的である。グラニュー糖と水を鍋に入れて沸騰させ、砂糖が完全に溶けたら火を止めるだけで基本のシロップはできあがる。清潔な密閉容器に移して冷蔵保管すれば1か月程度は保存可能だ。
メープルシロップを選ぶ場合、カナダ産の製品にはグレード分けがある。光の透過率で色が分類されており、ゴールデン(繊細な味わい)、アンバー(豊かな味わい)、ダーク(力強い味わい)、ベリーダーク(強い味わい)の4段階がある。お菓子づくりには、風味がしっかり残るアンバーかダークが適している。パンケーキにかけて食べるならゴールデンやアンバーが上品に仕上がる。なお、「メープル風味シロップ」や「メープルタイプ」と表記された製品は、メープル樹液から煮詰めた本物のメープルシロップとは別物であり、ぶどう糖果糖液糖や水飴にメープル香料を添加したものなので、購入時にはラベルの原材料をよく確認したい。
フレーバーシロップを選ぶときは、着色料や香料の種類を確認するとよい。天然素材を使った製品は風味に奥行きがあり、焼き菓子に使っても自然な味わいが残りやすい。人工香料が主体の製品は価格が手頃な反面、加熱すると風味が飛びやすい傾向がある。
コーンシロップを製菓に使う場合は、キャンディやヌガーなど砂糖の再結晶を防ぎたい場面で活躍する。透明で風味にクセが少ないライトタイプと、カラメル色素を加えたダークタイプがあり、用途に応じて使い分ける。
保存面では、開封後は冷蔵庫で保管し、清潔なスプーンで取り扱うことが基本だ。シロップは糖度が高いため常温でもカビが生えにくい性質があるが、糖度が低めの製品やフルーツシロップは雑菌が繁殖する可能性があるため注意が必要である。
メジャーな製品とメーカー名
お菓子づくりやカフェで目にする機会が多い、代表的なシロップの製品とメーカーを紹介する。
フレーバーシロップの世界的ブランドとして知られるのが、フランスのモナン(MONIN)社だ。1912年にフランス中部の古都ブールジュで創業し、100種類以上のフレーバーシロップを展開している。サトウキビ由来の砂糖をベースに、バニラ、キャラメル、ヘーゼルナッツ、カシスなど多彩なラインナップが揃い、カフェやバー、製菓の現場で幅広く使われている。日本では日仏貿易株式会社が輸入代理店を務め、カルディコーヒーファームや成城石井などで購入できる。
アメリカ発のフレーバーシロップブランドでは、トラーニ(Torani)とダ・ヴィンチ(Da Vinci Gourmet)が二大勢力だ。トラーニは1925年にサンフランシスコでイタリア移民のトラーニ家が創業した老舗で、天然素材にこだわったフレーバーが特徴である。ダ・ヴィンチは1989年の創業で、カクテルやスムージー向けの製品に強みがある。
日本国内のメーカーでは、森永製菓の「ケーキシロップ(メープルタイプ)」がホットケーキ用シロップとして長い歴史を持つ。ぶどう糖果糖液糖と水飴をベースにメープル香料を加えた製品で、スーパーマーケットの定番商品として広く浸透している。
明治屋の「マイシロップ」シリーズは、かき氷用シロップの代表格だ。大正13年頃にシロップの自社製造を始めた明治屋は、昭和4年(1929年)にフルーツシロップとコーヒーシロップを発売した老舗メーカーである。いちご、メロン、レモン、ブルーラムネなどのフレーバーが揃っている。
コーンシロップでは、アメリカのカロ(Karo)ブランドが有名だ。1902年の発売以来、ピーカンパイの材料として家庭に欠かせない存在になっている。ライトとダークの2種類があり、製菓レシピで「コーンシロップ」と指定されている場合、多くはこのブランドを想定している。
ゴールデンシロップの代名詞が、イギリスのライルズ(Lyle’s Golden Syrup)だ。1881年にエイブラム・ライル(Abram Lyle)が精糖所で砂糖精製の副産物からシロップをつくったのが始まりで、緑と金色の缶は長い歴史を感じさせるデザインとして親しまれている。イギリスの伝統的な焼き菓子であるトリークルタルトやフラップジャックには欠かせない材料だ。
製菓材料の専門店で取り扱われることが多い転化糖シロップとしては、フランスのトリモリン(Trimoline)が知られている。ショ糖をブドウ糖と果糖に分解した転化糖で、結晶化を防ぎながら滑らかな食感を与えるため、ガナッシュやアイスクリーム、ソルベの製造に重宝されている。
歴史・由来
シロップの歴史は、砂糖の歴史と深く結びついている。
砂糖の発祥地はインド亜大陸とされ、紀元前からサトウキビの栽培が行われていた。古代インドでは、サトウキビの搾り汁を煮詰めて濃縮した液体が利用されており、これがシロップの原型とみなすことができる。中国でも唐の時代以前には、砂糖は結晶ではなくシロップ状の糖蜜として流通していた記録が残っている。
「シロップ」という言葉のルーツは、中東のイスラーム文化圏にある。アラビア語の「シャラーブ(sharāb)」はもともと「飲み物」全般を指す言葉で、そこから薬用の甘い飲み物を意味するようになった。イスラームの医学書には、果汁や薬草を砂糖液に溶かしたシャラーブの製法が記されており、薬として処方されていた。この言葉がラテン語の「siropus」を経て中世ヨーロッパへ伝わり、各国語に取り入れられた。英語の syrup もフランス語の sirop も、たどればこのアラビア語にさかのぼる。ちなみに、シャーベット(sherbet)も同じ語根から派生した言葉である。
中世ヨーロッパでは、砂糖は貴重品であり、シロップは主に薬局で調合される医薬品の一種として扱われていた。ルネサンス期のイタリアやフランスでは、砂糖が徐々に食卓に登場するようになり、果物の砂糖煮やコンフィチュール(ジャム)の文化が花開いた。この時代から、シロップは薬としてだけでなく、菓子づくりの素材として発展していく。
メープルシロップの歴史はさらに古い。北米先住民は先史時代から、サトウカエデの樹液を採取して煮詰めることで甘味料を得ていた。17世紀以降、ヨーロッパからの入植者がこの技術を学び、カナダやアメリカ北東部でメープルシュガーの生産が始まった。19世紀後半にサトウキビ由来の安価な砂糖が大量に流通するようになると、カエデ糖からシロップへと主な生産物が移行していき、今日のメープルシロップ産業の基礎が築かれた。
コーンシロップの開発は比較的新しい。1811年にロシア帝国の化学者コンスタンチン・キルヒホフが、ジャガイモのでんぷんから酸を使ってシロップを抽出する方法を発見した。これが工業的な澱粉糖製造の出発点となり、やがてトウモロコシのでんぷんからシロップをつくる技術へと発展した。アメリカでは1902年にカロ(Karo)ブランドのコーンシロップが発売され、家庭の製菓材料として定着する。1960年代には日本の高崎義幸博士がイソメラーゼを用いてブドウ糖を果糖に転換する技術を確立し、これにより高果糖コーンシロップ(HFCS)の工業生産が可能になった。アメリカではキューバ革命後の砂糖供給不足を背景に、清涼飲料水メーカーが砂糖の代わりにHFCSを採用するようになり、急速に普及した。
日本においても、シロップの歴史は古い。アイヌの人々はイタヤカエデの樹液を珍重しており、北海道では明治18年(1885年)に岩手県からの入植者がカエデ糖の採取を始めた記録がある。青森県十和田地方でもイタヤカエデからの糖蜜製造が行われてきた。明治以降、日本に洋菓子文化が流入すると、製菓用シロップの需要が生まれた。大正から昭和初期にかけて、明治屋のように自社でシロップを製造・販売するメーカーが登場し、かき氷文化の普及とともにフルーツシロップも広まっていった。
このように、シロップは古代オリエントの薬用飲料から出発し、中世ヨーロッパの砂糖菓子文化、新大陸のメープルシロップ、近代の工業的な異性化糖まで、時代と地域を越えて変化し続けてきた。お菓子づくりにおけるシロップの役割は、甘味の付与にとどまらず、食感の調整、保存性の向上、艶出しなど多方面にわたっており、菓子職人にとってなくてはならない基本素材である。
