材料の名前(日本語・外国語)
日本語では「蜂蜜(はちみつ)」と書く。古くは「蜜(みつ)」とだけ呼ばれることもあった。ミツバチが花から集めた蜜を巣の中で加工・貯蔵したものであり、花の蜜そのものとは成分も性質も異なる。
各国の言語における呼び名は以下のとおり。英語ではhoney(ハニー)、ドイツ語ではHonig(ホーニヒ)、フランス語ではmiel(ミエル)、イタリア語ではmiele(ミエーレ)、スペイン語ではmiel(ミエル)、ポルトガル語ではmel(メウ)、中国語では蜂蜜(フォンミー)、韓国語では꿀(クル)と呼ばれる。
英語のhoneyは古英語のhunigに由来し、さらにゲルマン祖語のhunagąまで遡る。一方、フランス語やイタリア語、スペイン語のmiel / mieleはラテン語のmelが語源で、甘さを表す言葉として広くロマンス諸語に引き継がれた。こうした語源の違いからも、蜂蜜がヨーロッパの広い地域で古くから親しまれていたことが窺える。
特徴
蜂蜜の主成分は糖分で、全体の約80%を占める。残りの約20%は水分であり、微量のビタミン類、ミネラル、アミノ酸、有機酸、酵素などを含む。糖分の内訳をみると、果糖(フルクトース)がおよそ35〜49%、ブドウ糖(グルコース)が31〜36%で、いずれも「単糖類」と呼ばれるタイプの糖にあたる。単糖類は体内でこれ以上分解する必要がなく、腸壁からすみやかに吸収されるため、効率よくエネルギーに変わる。
カロリーは100gあたり約294kcalで、上白糖の384kcalと比べるとやや低い。さらに注目したいのが甘味の強さで、蜂蜜に含まれる果糖は砂糖(ショ糖)の約1.5倍の甘みを持つ。そのため、砂糖と同じ甘さを得るのに使う量を減らすことができ、結果的にカロリーを抑えやすい。
ビタミンB群やビタミンCをはじめ、カリウム、カルシウム、鉄、リンなどのミネラルも微量ながら含まれている。ただし、これらの含有量はごくわずかであり、蜂蜜だけで一日の栄養を満たすのは難しい。あくまで「砂糖にはない微量栄養素が含まれている甘味料」として捉えるのが適切だろう。
もうひとつ見逃せないのが、蜂蜜が持つ保湿性の高さである。蜂蜜は吸湿性に優れ、空気中の水分を取り込む性質がある。この性質がお菓子作りにおいて生地のしっとり感を長持ちさせる要因となる。
味わいや色合いは蜜源となる花の種類によって大きく異なる。たとえば、アカシア蜂蜜はクセが少なく淡い琥珀色で、万人に好まれる穏やかな味わい。レンゲ蜂蜜はまろやかで上品な甘さがあり、日本で古くから親しまれてきた。そば蜂蜜やマヌカハニーのように濃厚で個性的な風味を持つものもある。こうした多様性が、蜂蜜を製菓材料として奥深い存在にしている。
なお、蜂蜜にはボツリヌス菌の芽胞が含まれている場合があり、1歳未満の乳児に与えてはならない。これは乳児ボツリヌス症の原因となるためで、厚生労働省からも注意喚起がなされている。
用途
お菓子作りにおいて蜂蜜は、単なる甘味料にとどまらず、多面的な役割を果たす。
まず挙げたいのは、焼き色と香ばしさの付与。蜂蜜に含まれる果糖は、砂糖(ショ糖)より低い温度でメイラード反応(糖とアミノ酸が加熱によって褐変する化学反応)を起こす。このため、蜂蜜を配合した焼き菓子は美しい焼き色がつきやすく、表面に香ばしい風味が生まれる。カステラやどら焼きの生地に蜂蜜が使われるのは、まさにこの特性を活かしたものだ。
次に、保湿効果による食感の向上。先述のとおり蜂蜜は吸湿性が高いため、生地中の水分を保持してしっとりした仕上がりをもたらす。パウンドケーキやマドレーヌに蜂蜜を加えると、翌日以降もパサつきにくく、柔らかさが持続する。
さらに、蜂蜜独自の風味を活かすお菓子も多い。ヌガー(フランスの伝統菓子で、蜂蜜・砂糖・卵白・ナッツなどを練り合わせたもの)、パン・デピス(フランスのスパイスケーキ)、バクラヴァ(中東のフィロ生地にナッツとシロップを重ねた焼き菓子)など、蜂蜜なしには成り立たない伝統菓子は世界中に存在する。
和菓子の分野でも、かりんとう、最中の餡、求肥などに蜂蜜が使われることがある。甘さだけでなく、コクや照り、しっとり感を加える目的で配合されるケースが多い。
飲料の分野に目を向けると、蜂蜜レモンやホットミルクに蜂蜜を溶かしたドリンクは家庭でもおなじみ。製菓・製パン業界では、蜂蜜入りのグラノーラやシリアルバー、アイスクリーム、ゼリーなどにも幅広く利用されている。
お菓子作りで砂糖の代わりに蜂蜜を使う場合、水分量に注意が必要となる。蜂蜜には約20%の水分が含まれるため、レシピ中の液体量を調整しないと生地がゆるくなりすぎることがある。砂糖を蜂蜜に置き換える際は、砂糖の分量の約3/4の重さの蜂蜜を目安にし、他の水分をやや減らすとバランスが取りやすい。
主な原産国
世界の蜂蜜生産量は年間約185万トンに達する。国連食糧農業機関(FAO)の統計によれば、生産量で圧倒的な首位を占めるのは中国で、年間約46〜49万トンを生産し、世界全体の約25%のシェアを持つ。続いてトルコが約10〜11万トン、イランが約7〜8万トン、アルゼンチンが約7万トンと続く。
中国産の蜂蜜はアカシアやレンゲなどの蜜源が豊富で、価格が比較的安いことから、日本への輸入量も多い。日本国内で流通する蜂蜜の大半が輸入品であり、そのうち中国産が大きな割合を占めている。
ニュージーランドは生産量こそ上位には入らないものの、マヌカハニーの産地として世界的に知られる。マヌカハニーはニュージーランドに自生するマヌカ(ギョリュウバイ)の花蜜から採れる蜂蜜で、メチルグリオキサール(MGO)と呼ばれる天然の抗菌成分を含むことから、高い付加価値がつけられている。
アルゼンチンやブラジルなどの南米諸国、ウクライナやルーマニアなどのヨーロッパ諸国も主要な蜂蜜輸出国にあたる。エチオピアはアフリカ最大の蜂蜜生産国で、近年生産量を伸ばしている。
日本国内の蜂蜜生産量は年間数千トン規模にとどまり、自給率は低い。それでも、北海道のアカシア蜂蜜や東北のトチ蜂蜜、九州のレンゲ蜂蜜など、産地ごとに個性豊かな国産蜂蜜が生産されている。
選び方とポイント
蜂蜜を選ぶうえでまず理解しておきたいのが、日本で流通する蜂蜜の分類だ。大きく分けて「純粋はちみつ」「加糖はちみつ」「精製はちみつ」の3種類がある。
純粋はちみつは、ミツバチが作った蜂蜜に一切の加工を施していないもの。蜜源植物由来のビタミンやミネラル、酵素などがそのまま残っている。お菓子作りに使うなら、風味・栄養の両面で純粋はちみつを選びたい。
加糖はちみつは、水あめ・果糖・砂糖などを加えてコストを抑えた加工品。成分が希釈されているため、蜂蜜本来の風味や栄養価は劣る。原材料表示に蜂蜜以外の糖類が記載されていれば、加糖はちみつと判断できる。
精製はちみつは、蜂蜜から色や香りを取り除いた加工品で、主に食品工業向けの甘味料として使われる。蜂蜜らしい風味が失われているため、菓子に蜂蜜の香りやコクを求める用途には向かない。
選び方のポイントとしては、まず原材料表示を確認すること。「はちみつ」のみの記載であれば純粋はちみつの可能性が高い。次に、蜜源の花の種類と産地をチェックする。アカシアはクセが少なく製菓全般に使いやすい。レンゲはまろやかな甘さで和菓子との相性がよい。そば蜂蜜やクリ蜂蜜は独特のコクと苦みがあるため、個性を活かした焼き菓子向き。マヌカハニーは風味が強く高価なので、風味を前面に押し出す菓子に少量使うのが効果的だ。
加熱処理の有無も品質に関わる。非加熱(生はちみつ)は酵素やビタミンが壊れにくく、蜂蜜本来の風味が残りやすい。ただし焼き菓子に使う場合はどのみちオーブンで加熱するため、生はちみつの恩恵を最大限に活かすならムースやアイスクリーム、ドリンクなど非加熱の用途が適している。
結晶化(白く固まる現象)は品質の劣化ではなく、ブドウ糖が多い蜂蜜に起こりやすい自然な現象だ。結晶化した蜂蜜は、約50℃以下の湯煎でゆっくり溶かせば元の状態に戻せる。
メジャーな製品とメーカー名
日本国内で広く流通している蜂蜜メーカーと代表的な製品をいくつか紹介する。
加藤美蜂園本舗(東京都)は「サクラ印ハチミツ」ブランドで知られる老舗メーカーで、スーパーマーケットの蜂蜜売り場ではおなじみの存在。純粋レンゲハチミツやアカシアハチミツなど、手頃な価格帯の製品を幅広く展開している。
日本蜂蜜株式会社(東京都)は「レンゲ印」ブランドを冠した蜂蜜の製造・販売を行う企業。国産蜂蜜から世界各国の蜂蜜まで、多彩なラインナップをそろえている。
山田養蜂場(岡山県)は、蜂蜜だけでなくローヤルゼリーやプロポリスなど蜂産品全般を扱う大手。里山のれんげ蜂蜜やアカシア蜂蜜といった国産蜂蜜を看板商品として展開し、品質へのこだわりに定評がある。
杉養蜂園(熊本県)は九州を拠点とする養蜂メーカーで、果汁入りはちみつなどのユニークな製品でも人気を集める。国内各地の直営店や通信販売で幅広い層に支持されている。
水谷養蜂園(三重県)は大正元年(1912年)創業の歴史ある養蜂園で、国産蜂蜜と海外産蜂蜜の両方を取り扱う。スーパーフードとしての花粉製品なども手がけている。
海外製品では、マヌカヘルス社(ニュージーランド)のマヌカハニーが日本市場でも高い知名度を持つ。MGO(メチルグリオキサール)の含有量を数値化した等級表示が特徴で、MGO100+、MGO400+など用途や目的に応じた選び方ができる。
製菓材料の専門店では、富澤商店(TOMIZ)がアカシア蜂蜜や百花蜂蜜などの業務用蜂蜜を取り扱っており、パティシエや菓子づくり愛好家に利用されている。
歴史・由来
蜂蜜の歴史は途方もなく古い。そもそもミツバチが地球上に出現したのは約2,000万年〜1,000万年前とされ、人類の誕生(数百万年前)よりもはるかに長い歴史を持つ。
人類が蜂蜜を利用し始めたのは少なくとも1万年前に遡る。その最古の証拠とされるのが、1919年にスペインのアラニア洞窟で発見された新石器時代の岩壁画だ。崖に掛けた縄梯子を登り、籠を手に蜂蜜を採集する人物の姿が描かれており、蜂蜜が人類にとっていかに貴重な食糧であったかを物語っている。
古代エジプトでは約5,000年前から粘土製の管状巣箱を使った養蜂が行われていた。蜂蜜は甘味料としてだけでなく、薬や防腐剤、神への捧げものとしても重宝された。ミイラの保存処理に蜂蜜が用いられたという記録も残っている。
古代ギリシャ・ローマの時代にも蜂蜜は不可欠な甘味料だった。ギリシア神話には養蜂の神アリスタイオスが登場し、ミツバチの飼育が神聖な行為として位置づけられていた。哲学者アリストテレスもミツバチの生態について詳細な観察記録を残している。ローマ帝国時代には蜂蜜を使った菓子や蜂蜜酒(ミード)が広く消費された。サトウキビから作られる砂糖がヨーロッパに普及する中世後期まで、蜂蜜はヨーロッパにおける唯一に近い甘味料であり続けた。
日本における蜂蜜の歴史もまた古い。文献上の最古の記録は『日本書紀』に見られる。推古天皇35年(627年)の条に蜂の群れに関する記述があり、これがミツバチに言及した最初の史料とされる。さらに皇極天皇2年(643年)には、百済の太子・余豊が蜜蜂の巣房を三輪山に放って養蜂を試みたが失敗したとの記録があり、日本における養蜂の始まりを示す貴重な資料となっている。
奈良時代には渤海国や朝鮮半島から蜂蜜が貢物として献上されたことが記録に残っている。平安時代から江戸時代にかけては、蜂蜜は貴族や富裕層の嗜好品として珍重され、庶民にとっては手の届きにくい高級品だった。
近代的な養蜂が日本で本格化したのは明治時代以降のことである。欧米からセイヨウミツバチと近代的な養蜂技術が導入され、蜂蜜の生産量は飛躍的に増加した。特に、1865年にオーストリアのフルシュカが考案した遠心分離器による採蜜法の普及は画期的で、巣を壊さずに蜂蜜を採取できるようになり、一群あたりの採蜜量は従来のおよそ5〜10倍に向上した。
「蜂蜜の歴史は人類の歴史」ということわざが示すとおり、蜂蜜は人類文明とともに歩んできた甘味料だ。砂糖の大量生産が始まった近代以降もその存在感は薄れることなく、自然由来の甘さと豊かな風味から、現在もお菓子作りに欠かせない素材として世界中の菓子職人に愛用されている。
