材料の名前
日本語では「マーマレード」と表記し、「ママレード」と書かれることもある。英語では marmalade(マーマレイド)、フランス語では marmelade(マルムラード)もしくは confiture d’oranges(コンフィチュール・ドランジュ)、ドイツ語では Marmelade(マルメラーデ)、スペイン語では mermelada(メルメラーダ)、イタリア語では marmellata(マルメッラータ)、ポルトガル語では marmelada(マルメラーダ)と呼ばれる。
なお、ドイツ語の Marmelade は英語のジャム全般を指す意味合いで使われる場面があり、言語によって指し示す範囲が異なる点には注意が必要である。EU域内の食品規格においても、marmalade を柑橘類の保存食に限定するかどうかで各国の解釈が分かれてきた経緯がある。
特徴
マーマレードは、柑橘類の果汁と果肉を砂糖とともに煮詰めた保存食であり、最大の特徴は「果皮(ピール)」が含まれる点にある。細く刻まれた皮から生まれるほろ苦さと、ゼリー状に固まった透明感のある甘酸っぱいジュレ部分とのコントラストが、ほかのジャムにはない独自の味わいを生み出す。口に含むと、まず柑橘の華やかな香りがふわりと広がり、次いで果皮のわずかな苦みが余韻として残る。この二面性がマーマレードの持ち味であり、「大人のジャム」と称されるゆえんでもある。
日本の食品規格において、マーマレードは「ジャム類」の一種として分類されている。日本農林規格(JAS)では、ジャム類のうち柑橘類の果実を原料とし、かつ柑橘類の果皮が認められるものをマーマレードと定義している。つまり、果皮を含まない柑橘のジャムはマーマレードとは呼べない。JASでは可溶性固形分(糖度)が40%以上であることが求められ、国際食品規格(CODEX)の65%以上という基準と比べると、日本は低糖度の製品も認めている。
原料となる柑橘はオレンジが代表的だが、グレープフルーツ、レモン、夏みかん、ゆず、甘夏、伊予柑、キンカンなど多彩な品種が使われる。イギリスで正統とされるのは、スペイン・セビリア地方原産のビターオレンジ(セビルオレンジ)で作るマーマレードだ。セビルオレンジは強い酸味と苦みをもち、そのまま食べるには不向きだが、加熱して砂糖と合わせることで深みのある風味が際立つ。毎年1月から2月にかけての短い収穫期にのみ出回るため、イギリスでは「マーマレードの季節」として親しまれている。日本のダイダイ(橙)はセビルオレンジの近縁種で、風味の傾向が似ているとされる。
マーマレードの基本的な製法はシンプルだ。まず柑橘の果肉と果皮を分け、果皮は千切りにして水にさらし苦みを適度に抜く。果汁を絞り、果皮とともに煮込んだのち砂糖を加え、柑橘に含まれるペクチンの作用でゲル化するまで加熱する。ペクチンは柑橘の皮や種に豊富に含まれるため、マーマレードはほかの果物のジャムに比べて外部からペクチンを補う必要が少ない。煮上がりの見極めは「ジェリーポイント」と呼ばれ、冷水に少量を落としたときに固まる程度を目安とする。
用途
製菓材料としてのマーマレードは、実に幅広い場面で活躍する。
パウンドケーキやマフィンの生地に練り込めば、柑橘の香りと心地よい苦みがバター生地のコクと溶け合い、奥行きのある味わいになる。イギリスの伝統菓子「ダンディーケーキ」は、マーマレードをたっぷり使ったフルーツケーキの代表格で、ドライフルーツやアーモンドとの組み合わせが秀逸だ。チョコレートケーキの間にマーマレードを薄く塗ると、オレンジとカカオの相性のよさを活かした上品な仕上がりになる。このほか、タルトのフィリング、スコーンの添え物、クッキーのアクセント、ロールケーキの巻き込みなど、応用先は幅広い。
焼き菓子以外では、ムースやパンナコッタのソースとしてかけたり、ヨーグルトに添えたりといったデザートの仕上げにも向く。パンに塗るだけでなく、クリームチーズと合わせてベーグルにのせると朝食のレパートリーが広がる。紅茶にスプーン1杯を溶かすロシアンティー風の飲み方も知られている。
料理の分野では、スペアリブやチキンの煮込みにマーマレードを加えると、砂糖のコクに加えて柑橘の酸味が肉の臭みを和らげ、照り焼き風の艶やかな仕上がりになる。ドレッシングやマリネ液の素材として使う手法もあり、甘みと酸味のバランスが既に整っている点で使い勝手がよい。
主な原産国・生産地
マーマレードの文化と結びつきが深い国は、なんといってもイギリスである。スコットランドのダンディーが「マーマレードの聖地」と称されるのは、18世紀末にこの地で商業生産が本格的に始まったためだ。現在でもイギリスは世界最大のマーマレード消費国とされ、スーパーマーケットの棚には多種多様なマーマレードが並ぶ。
マーマレード用のセビルオレンジの主要生産地はスペイン南部のセビリア地方で、毎年冬にイギリスへ向けて大量に輸出される。産地のスペインでは国内消費が少なく、ほとんどがイギリス向けだと言われるほどだ。
フランスでは「コンフィチュール」としてのジャム文化が根強く、ボンヌママンなどのブランドがオレンジマーマレードを製造している。同様にフランスのサン・ダルフォーも砂糖不使用(果汁で甘味をつける製法)のマーマレードで国際的に知られる。
日本では、広島県竹原市に本拠を置くアヲハタが国内最大手のジャム・マーマレードメーカーとして知られる。また、愛媛県八幡浜市は柑橘の産地としての強みを活かし、「ダルメインWorldマーマレードアワード&フェスティバル in Japan」の開催地となっている。このコンテストはもともとイギリスの湖水地方にあるダルメイン城で2005年に始まった品評会がルーツで、日本大会は2019年に第1回が開催された。
選び方とポイント
マーマレードを選ぶ際に最初に確認したいのは、原料となる柑橘の種類である。セビルオレンジやビターオレンジを使ったものは苦みが強く、甘みとのコントラストが鮮明になるため、製菓の風味づけに適している。一方、甘夏やバレンシアオレンジを使ったものは穏やかな味わいで、パンに塗ったりヨーグルトに合わせたりする普段使いに向く。
糖度にも注目したい。日本のJAS規格では糖度40%以上がマーマレードの基準だが、実際の製品は低糖度タイプ(糖度40~55%程度)と高糖度タイプ(55%以上)に分かれる。低糖度のものは果実のフレッシュな香りが際立つ反面、開封後の日持ちは短い。高糖度のものは保存性に優れ、加熱して使う製菓にも安定した甘さを与えてくれる。
ピールのカットサイズも選ぶ際の手がかりになる。細かく刻まれた「ファインカット」はなめらかな口当たりで、ケーキ生地に混ぜ込むのに扱いやすい。ざっくりと大きめにカットされた「コースカット」や「チャンクタイプ」は、皮の食感と苦みをしっかり味わえるので、パンに塗ったり料理のアクセントにしたりするときに映える。
添加物の有無も確認しておくとよい。ペクチンは柑橘由来の天然成分だが、製品によってはゲル化を安定させるために別途ペクチンを添加しているものもある。着色料、香料、保存料を使わないタイプは果実本来の風味が楽しめる一方、開封後は冷蔵保存のうえ早めに使い切る必要がある。
製菓用に購入する場合は、瓶入りよりも業務用の大容量パウチやプラスチック容器のほうがコストを抑えられる。一方、贈答用や少量使いにはガラス瓶入りの小容量タイプが便利だ。
メジャーな製品とメーカー名
日本で手に入るマーマレードの代表的ブランドを以下に挙げる。
アヲハタ(日本・キユーピーグループ)は、日本の家庭で最も広く親しまれているジャムメーカーで、1932年に広島県竹原市で創業した。定番シリーズの「アヲハタ 55 オレンジママレード」は、スーパーマーケットで入手しやすく価格も手頃な製品である。「アヲハタ トラディショナル」シリーズは、精製度の高いざらめを使い、果実をじっくり煮込んだ本格的な味わいのマーマレードで、ビターオレンジの風味を活かした「ビターママレード」がラインアップに含まれる。
チップトリー(イギリス・ウィルキン&サンズ社)は、1885年にエセックス州チップトリー村で創業した英国の老舗ジャムメーカーだ。自家農園と契約農園の果実を使い、合成着色料や香料をほとんど使わない製法を守り続けている。「トウニー オレンジマーマレード」はセビルオレンジの深い色合いと芳醇な風味が特徴で、日本では三菱食品が輸入・販売している。
ボンヌママン(フランス・アンドロス社)は、赤いギンガムチェック柄の蓋が目を引くフランスのジャムブランドである。「ビターオレンジマーマレード」はピールの苦みがしっかり感じられる仕上がりで、日本ではエスビー食品が取り扱っている。
サン・ダルフォー(フランス)は、砂糖を一切使わず、ぶどうの果汁で甘みをつけるという独自の製法で知られる。カロリーを気にする人や、素材本来の風味を重視する人から支持を集めている。「オレンジマーマレード」は着色料・保存料も不使用で、フランスのロレーヌ地方で製造されている。
マッカイ(イギリス・スコットランド)は、スコットランドのマーマレードの伝統を受け継ぐブランドで、「ヴィンテージ ママレード」はセビルオレンジを使用した濃厚な味わいが評価されている。
明治屋(日本)は、1885年創業の老舗食品商社で、自社ブランド「マイジャムクラシック オレンジマーマレード」を展開している。バレンシアオレンジを使った癖のない風味が特徴だ。
このほか、カンピー(加藤産業)やスドージャムなども国産マーマレードを製造しており、業務用から家庭用まで選択肢は多い。
歴史・由来
マーマレードという名称の由来は、ポルトガル語の「marmelada(マルメラーダ)」にある。これはマルメロ(marmelo、西洋カリンの一種)で作った保存食を指す言葉で、さらに語源を遡ると、ラテン語の「melimelum(甘いリンゴ)」、古代ギリシャ語の「meli(蜂蜜)」と「mēlon(リンゴ)」に行き着く。つまり、もともとは柑橘とは無関係の果物に由来する名前だった。
ポルトガルでは中世以前からマルメロを蜂蜜や砂糖で煮た固形のペースト状保存食が作られており、これが15世紀後半にイギリスへ伝わった。当初は「マーマレード」といえばマルメロの保存食を意味していたが、やがてレモンやビターオレンジなどの柑橘類でも同様の保存食が作られるようになり、16世紀のイギリスでは柑橘類を使ったものも「マーマレード」と呼ぶようになった。英語における最初期の記録は1530年代にまで遡り、当時はまだマルメロのジャムを指していた。
現在のように果皮のチップが入ったオレンジマーマレードが広まった経緯については、スコットランドのダンディーにまつわる逸話が有名だ。18世紀末、ダンディーの菓子商ジェームス・ケイラーがスペインから届いた大量のセビルオレンジを買い付け、その妻(ジャネット・ケイラー)がオレンジの皮を細かく刻んで煮込む現在の形のマーマレードを考案したとされている。1797年にはケイラー家が初の商業規模のマーマレード工場を設立し、「ダンディー・マーマレード」の名前は英国中に知られるようになった。ただし、学術的にはケイラー以前にも柑橘のマーマレードを作っていた記録は存在しており、ケイラー家が「初めてマーマレードを作った」というよりは、「皮のチップを入れるスタイルを普及させ、商業的に成功させた」という方が正確だろう。
なお、マーマレードの語源にまつわる俗説としては、スコットランドのメアリー女王(1542-1587)にちなむ二つの話が知られている。ひとつはメアリーが病気になった際に「Marie est malade(マリーは病気だ)」というフランス語が訛ったという説、もうひとつは船酔いの際の「Mer malade(海の病)」に由来するという説だ。しかし、いずれもマーマレードという単語の使用がメアリーの時代より前に確認できるため、学術的には否定されている。
日本にマーマレードが伝わった時期は明確ではないが、現存する文献の中でも早い例として、福沢諭吉が明治26年(1893年)に知人の松岡勇記へ宛てた書簡がある。萩の名産である夏みかんを贈られた福沢は、その皮を細く刻んで砂糖で煮詰め「マルマレット」を自ら作り、家族に好評だったと記している。同時に、東京の舶来品店では輸入品のマーマレードが小さな缶で二十五銭ほどで販売されていたことにも触れており、この頃にはすでに輸入品も国内に流通していたことがわかる。
20世紀に入ると、日本でもジャム・マーマレードの国産化が進んだ。1932年にアヲハタの前身にあたる企業が広島県竹原市で創業し、やがて国内最大のジャムメーカーへと成長していく。柑橘の栽培が盛んな瀬戸内海沿岸や四国・九州の温暖な地域では、地元産の柑橘を使った手作りマーマレードの文化も根付いている。
近年では、イギリスの湖水地方にあるダルメイン城で2005年に始まった「ダルメインWorldマーマレードアワード」が世界的な注目を集めている。プロ・アマチュアを問わず手作りマーマレードの品質を競うこのコンテストは、2019年からは愛媛県八幡浜市でも日本大会が開催されるようになった。日本各地の柑橘生産者やマーマレード愛好家が腕を競い、国産柑橘の多様性を世界に発信する場となっている。
マーマレードは数百年の歴史を経て、パンに塗るだけの保存食から、製菓・料理・飲み物に至るまで幅広く活用される食材へと進化してきた。柑橘の皮が生み出す香り、苦み、色彩は、ほかの素材では代替しがたい魅力をもつ。棚の奥に眠らせておくにはもったいない、実力派の柑橘加工品である。
