材料の名前

日本語では「もち米」と呼び、漢字では「餅米」あるいは「糯米」と書く。厳密には「糯(もち)」が品種そのものを指す字で、「餅」は搗いて加工した食品を指す字だが、現在は「餅米」の表記も広く使われている。

英語では「glutinous rice」が正式な名称として食品ラベルや学術文献に登場する。日常会話では「sticky rice」、アメリカのスーパーなどでは「sweet rice」と表示されることも多い。なお、glutinousという語はラテン語で「のり状の」を意味するglūtinōsusに由来し、小麦のグルテン(gluten)とは無関係である。もち米にグルテンは含まれていない。

中国語(簡体字)では「糯米(ヌオミー/Nuòmǐ)」、韓国語では「찹쌀(チャプサル)」と呼ばれる。タイ語では「ข้าวเหนียว(カオニャオ)」で、直訳すると「粘る米」という意味になる。

学名はOryza sativa var. glutinosa。イネ科イネ属に分類される栽培植物のうち、糯性(もちせい)をもつ品種群の総称である。

特徴

もち米の最大の特徴は、でんぷんの構成にある。植物のでんぷんは、直鎖状の分子であるアミロースと、枝分かれ構造をもつアミロペクチンの2種類から成り立っている。通常のうるち米はアミロースが約20%、アミロペクチンが約80%の比率で含まれるのに対し、もち米のでんぷんはほぼ100%がアミロペクチンで構成されている。アミロペクチンは加熱すると非常に粘りが強くなる性質をもつため、もち米を蒸して搗くと、あの独特の伸びと弾力が生まれる。

見た目にも違いがある。うるち米の胚乳はやや透き通った半透明の粒であるのに対し、もち米の胚乳は白く不透明で、まるで磁器のような乳白色をしている。この白さは光の乱反射によるもので、アミロペクチンの分子構造に起因する。炊く前の段階でも、この見た目の差ははっきりしているので、両者を見分けるのは難しくない。

栄養面では、もち米とうるち米の間に大きな差はない。精白した状態の100gあたりで比較すると、エネルギーは約343〜370kcal、炭水化物は約77〜82g、たんぱく質は約6〜7gほど。消化の過程でアミロペクチンもアミロースも同じように分解されるため、栄養学的には大差がないとされている。ただし、もち米は粘りが強い分、食べ応えがあり満腹感を得やすいという特徴がある。

食感の面では、冷めても硬くなりにくいのがもち米の持ち味だ。うるち米のご飯は冷えるとでんぷんが老化して硬くなりやすいが、アミロペクチン主体のもち米はこの老化が起こりにくく、時間が経っても柔らかさを保ちやすい。和菓子の世界で重宝される理由のひとつがここにある。

用途

お菓子づくりにおけるもち米の用途は実に幅広い。まず、もっとも基本的な使い方が「餅」そのものだ。蒸したもち米を臼と杵で搗くことで、なめらかで弾力のある餅が出来上がる。この餅を丸めてあんこを包めば大福になり、薄くのばして羽二重のようなきめ細かい餅生地にすれば求肥(ぎゅうひ)となる。求肥は、練り切りや上生菓子の土台としても欠かせない素材だ。

もち米を粉状に加工したものも、和菓子の材料として広く使われている。代表的なのは以下の加工粉である。

白玉粉は、もち米を水に浸してから水とともに挽き、沈殿させて乾燥させたもの。つるりとした舌ざわりが特徴で、白玉だんごや大福の生地に使われる。冷やしても硬くなりにくいため、あんみつやかき氷のトッピングにも向く。

もち粉(餅粉)は、もち米を洗って乾燥させてから製粉したもの。白玉粉よりもきめが細かく、求肥や大福の皮に適している。

道明寺粉は、蒸したもち米を乾燥させてから粗く砕いたもので、粒の食感が残る。関西風の桜餅(道明寺)の生地に欠かせない材料として知られている。名前は大阪府藤井寺市の道明寺に由来する。

寒梅粉は、もち米を蒸して薄くのばし、焼いてから粉にしたもの。香ばしさがあり、落雁(らくがん)や打ち菓子の材料に用いられる。

これら粉類のほかにも、もち米は米菓(あられ・おかき)の原料としてきわめて重要な位置を占めている。もち米を蒸して搗き、乾燥させてから焼いたり揚げたりしたものが「あられ」や「おかき」であり、うるち米を原料とする「せんべい」とは区別される。サクッとした軽い食感やふっくらとした歯ごたえは、もち米ならではの持ち味だ。

和菓子以外では、赤飯やおこわ、中華ちまきといった料理にも使われるし、みりんや甘酒の醸造原料としてもち米が用いられることもある。

主な原産国・産地

もち米の栽培は、アジアを中心に広い地域で行われている。日本、中国、韓国、台湾、タイ、ラオス、ベトナム、ミャンマー、インドネシア、フィリピン、インドなどが主な生産国である。

とりわけタイとラオスでは、もち米が食文化の根幹を成している。ラオスではコメの生産量の約85%をもち米が占め、蒸したもち米を手でちぎって食べるのが日常的な食事風景だ。タイでもイーサーン地方(東北部)ではもち米が主食として親しまれている。東南アジアで栽培されるのは主にインディカ種(長粒種)のもち米で、日本のジャポニカ種(短粒種)とは粒の形状や食感が異なる。

日本国内では、もち米は全体のコメ生産量のうち3〜5%程度を占める。都道府県別の生産量を見ると、令和4年産の統計では北海道が全体の約32%でトップに立ち、佐賀県が約15%、新潟県が約7%、岩手県が約6%と続く。北海道はもち米の生産量・作付面積ともに長年にわたって全国1位を維持しており、特に上川地方の名寄市は「もち米作付面積日本一の町」として知られる。名寄市内の水田のおよそ9割がもち米に充てられているほどだ。

選び方とポイント

もち米を選ぶ際には、まず品種の特性を理解しておくとよい。日本で広く流通している代表的な品種には、次のようなものがある。

こがねもちは、新潟県の農業試験場で育成された品種で、「もち米の王様」とも呼ばれる。味と口当たりに優れ、粘りとコシが強いのが特長。煮崩れしにくいため、お雑煮や餅菓子全般に向いている。

ヒヨクモチは、九州農業試験場(現・農研機構)が育成した品種で、作付面積の多さでは全国トップクラスを誇る。きめ細かく上品な甘みがあり、炊いても硬くなりにくい。赤飯、おこわ、餅菓子まで幅広く使いやすい万能型だ。

ヒメノモチは、東北農業試験場(現・農研機構)で大系227とこがねもちを交配して生まれた品種で、岩手県を中心に栽培される。白さが際立つ外観が特徴で、比較的あっさりとした味わい。おはぎや桜餅など、他の素材と組み合わせるお菓子に適している。

はくちょうもちは、北海道の北見農業試験場で育成された品種。北海道の冷涼な気候に適応しており、安定した品質を保ちやすい。餅に加工した際のなめらかさに定評がある。

選ぶ際のポイントとしては、粒が均一で欠けや割れが少ないこと、全体に乳白色で透明感のある粒が混じっていないことを確認するのが基本だ。透き通った粒が多く混じっている場合は、うるち米が混入している可能性がある。また、精米日が新しいものほど風味がよい。もち米は精米後の劣化がうるち米よりも早いとされるため、購入後は密閉容器に入れて冷暗所で保管し、なるべく早めに使い切りたい。

用途に応じて品種を使い分けるのも大切だ。しっかりとした粘りとコシがほしい餅菓子にはこがねもちやヒヨクモチ、あっさりした仕上がりにしたいおこわや赤飯にはヒメノモチ、といったように選び分けると、仕上がりに差が出る。

メジャーな製品とメーカー名

もち米そのものを加工した製品として、もっとも身近なのは包装切り餅だろう。この分野では、新潟県に本社を置くサトウ食品の「サトウの切り餅」が業界トップのシェアを持つ。国内産水稲もち米を100%使用し、独自の杵つき製法で搗き上げたこの切り餅は、日本の家庭に広く浸透している。同じく新潟県の越後製菓も「生一番 切りもち」などを展開し、業界2位の位置にある。このほか、うさぎもち(サトウ食品グループ)やたいまつ食品も新潟の大手包装餅メーカーとして知られ、上位4社で市場の8割超を占めるとされている。

米菓の分野では、亀田製菓が最大手だ。同社の「亀田の柿の種」はうるち米が主原料だが、「ぽたぽた焼」や各種おかき・あられ製品にはもち米が使われている。もち米を原料とするあられ・おかきの製造では、岩塚製菓や三幸製菓も有力なメーカーである。

和菓子の材料としてのもち米加工粉では、玉三ブランドの白玉粉を製造する川光物産や、業務用の白玉粉・もち粉を手がける淡路製粉、植木食品工業などが知られている。

歴史・由来

もち米の歴史は、稲作そのものの歴史と深く結びついている。稲の原産地は中国の長江(揚子江)流域とされており、栽培は少なくとも紀元前7000年頃にまでさかのぼるという研究がある。もち米の糯性をもたらす遺伝的変異がいつ生じたかは定かでないが、もち米も稲作の伝播とともにアジア各地へ広がったと考えられている。

日本への稲作の伝来は、現在の研究では縄文時代晩期から弥生時代初期(紀元前10世紀頃)に九州北部へもたらされたとするのが有力な説だ。中国大陸から朝鮮半島を経由して伝わったルートと、長江流域から直接海を渡って伝わったルートの両方が議論されている。もち米も稲作の伝来とともに日本にもたらされたと見られ、弥生時代にはすでに栽培されていたと推定されている。

奈良時代には、もち米を蒸して搗いた「餅」に関する記録が文献に登場する。「あられもち」の名が奈良時代の文献に見えるとされ、干したもち米を煎って膨らませたものがその原型だ。平安時代になると、白い搗き餅のほか、大豆や小豆、ごまなどを加えた多彩な餅菓子が生まれた。宮中行事や神事の供物としても餅は重視され、ハレの日の食べ物としての性格が確立されていく。

江戸時代には庶民の間にも餅文化が広がり、鏡餅を正月に飾る風習が一般化した。同時に、餅を使った菓子も大きく発展する。大福餅が江戸で流行し、求肥を使った上菓子が茶の湯の席で珍重されるようになった。道明寺粉を使った桜餅(道明寺)が生まれたのも、この時代以降のことだ。

明治以降、もち米の品種改良が組織的に進められるようになり、昭和に入ると各地の農業試験場で優良品種が次々と育成された。こがねもちは1956年(昭和31年)に新潟県農業試験場で誕生し、ヒヨクモチは1971年(昭和46年)に九州農業試験場で、ヒメノモチは1972年(昭和47年)に東北農業試験場でそれぞれ育成されている。これらの品種は収量や食味の面で優れ、現在も広く栽培されている定番品種だ。

北海道でのもち米栽培にも長い歴史がある。明治期からうるち米とともにもち米の生産が始まり、冷害に強い品種が求められる中で、はくちょうもち(1989年育成)やきたゆきもちなどの北海道向け品種が開発された。こうした品種改良の積み重ねにより、北海道は現在、もち米の生産量・作付面積ともに全国1位の座を長年維持する一大産地となっている。

もち米は、単なる食材にとどまらず、日本の年中行事や精神文化とも密接に結びついてきた。正月の鏡餅、ひな祭りのひなあられ、端午の節句のちまき、秋のお彼岸のおはぎなど、四季折々の行事にもち米を使った菓子や食べ物が登場する。アジア各地でも、もち米はハレの日や祝い事に欠かせない食材として大切にされている。何千年もの長きにわたって人々の暮らしに寄り添ってきたこの穀物は、お菓子づくりの現場でも、これからも変わらず中心的な役割を担い続けるだろう。

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