材料の名前
和菓子の世界には数多くの米粉が存在するが、その中でも独特の立ち位置にあるのが「かるかん粉(軽羹粉)」である。読み方は「かるかんこ」。英語圏では “Karukan rice flour” や “Karukan powder” と表記されることが多い。学術的・公的な分類では「うるち米粉」の一種にあたり、米粉(Rice flour)のカテゴリーに含まれる。ただし、一般的な上新粉や上用粉とは製法と粒度が異なるため、和菓子の材料としては明確に区別されている。
「かるかん」の名は、漢字で「軽羹」と書く。「軽い羹(あつもの)」、すなわち「軽い羊羹」という意味に由来するとされ、仕上がりの軽やかな食感がそのまま名前になったといわれている。かるかん粉は、この軽羹を作るために生まれた専用の粉であり、粉そのものの名前がお菓子の名前と直結している珍しい存在だ。
特徴
かるかん粉の原料はうるち米である。京都の老舗和菓子店・甘春堂の解説によると、うるち米を水に浸してから水を切り、それを挽いて粉末にしたもので、分類上は上新粉の一種にあたる。最大の特徴は粒子の粗さにある。上新粉よりも粒が粗く、触るとややざらつきを感じるほどだ。明石屋(かるかん元祖の老舗)のQ&Aでも、「かるかん粉と上新粉はどちらも米粉の一種で、粒子の大きさが異なります。かるかん粉は上新粉よりも粒子が粗いです」と明記されている。
この粗い粒子こそが、かるかん特有のふんわりとした食感を生み出す鍵となる。粒子が粗いぶん生地に空気を抱き込みやすく、蒸し上がったときに軽くふわりとした仕上がりになる。細かすぎる粉を使うと生地が詰まって重くなるため、適度な粗さが求められるわけだ。
色は白く、米本来の穏やかな風味がある。小城製粉(鹿児島県薩摩川内市の米粉専門メーカー)では、低温乾燥処理を施すことで米の風味を限界まで引き出す製法を採っている。こうした工夫により、すりおろした山芋と混ぜた際に素材同士がなじみやすく、蒸し工程で生地が割れにくい仕上がりとなる。
なお、メーカーによっては「うるち米ともち米を配合したかるかん粉」も存在する。小城製粉の「国産特かるかん粉」がその例で、もち米を加えることで腰のある歯ざわりを実現している。一口に「かるかん粉」と言っても、配合や粒度によっていくつかのグレードに分かれており、作りたいかるかんのタイプに合わせて選ぶことが大切だ。
原料がうるち米であるため、小麦粉を含まない。つまりグルテンフリーの素材であり、小麦アレルギーのある方でも使いやすい材料といえる。ただし、アレルギーについては製造ラインの共用なども関わるため、購入時にパッケージの注意事項を確認するのが望ましい。
用途
かるかん粉の最も代表的な用途は、その名が示すとおり「かるかん」および「かるかん饅頭」の製造である。
かるかんは、かるかん粉にすりおろした自然薯(山芋)、砂糖、水を混ぜ合わせ、蒸し上げて作る鹿児島県発祥の伝統的な和菓子だ。四角いせいろで蒸して棹物(さおもの)に仕上げる昔ながらのタイプと、あんこを包んで丸く蒸す「かるかん饅頭」の二種類がある。農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」にも「かるかん粉(粗く挽いた米粉)、自然薯(やまいも)、砂糖、水を混ぜ、蒸し上げて作られる菓子」と記載されている。
棹物のかるかんは、あんが入っていないシンプルな仕上がりで、米と山芋の風味をダイレクトに味わえる。一方のかるかん饅頭は、練りあんを生地で包んで蒸すため、あんの甘さと生地のもっちりとした食感の組み合わせが楽しめる。現在ではかるかん饅頭のほうが広く流通しており、鹿児島土産の定番として親しまれている。
かるかん粉の用途はこうした伝統的な菓子にとどまらない。小城製粉の製品ラインナップを見ると、「かるかん」「かるかん饅頭」「棹もの」に加えて「ロールもの」にも適するとされている。ロール状に巻いたかるかん生地の中にクリームやあんを入れたアレンジ菓子が、和洋折衷のスイーツとして広がりを見せているためだ。
また、かるかん粉がない場合に上新粉で代用できることは農林水産省の資料にも記されているが、仕上がりの食感はやや異なる。かるかん粉を使ったほうが気泡の入り方が均一で、ふんわり感に差が出るとされる。家庭で手軽にかるかんを作りたい場合は、小城製粉が販売する「かるかんミックス粉」のように、水を加えて蒸すだけで仕上がるミックスタイプの商品もある。
主な原産国と産地
かるかん粉の原料であるうるち米は日本国内で広く栽培されているが、かるかん粉として製粉・流通する製品の主な生産地は鹿児島県を中心とした九州地方に集中している。
その背景には、かるかんという菓子そのものが鹿児島県で生まれ、九州で広く親しまれてきた歴史がある。粉の需要が高い地域に製粉業者が集積するのは自然な流れで、かるかん粉の製造では小城製粉(鹿児島県薩摩川内市)が九州随一のシェアを持つ存在として知られている。
小城製粉の製品には国産米を使用したものと米国産米を使用したものがあり、商品によって原料米の産地が異なる。家庭向けに広く流通している富澤商店の「かるかん粉(250g)」や、cotta(コッタ)で取り扱われている小城製粉の「国産かるかん粉(1kg)」などは国産うるち米を原料としている。
製品を購入する際は、パッケージに記載された原料原産地を確認するとよい。「国産」表示のあるものは日本国内で栽培されたうるち米を使用しており、品質面での安心感がある。
選び方とポイント
かるかん粉を選ぶ際に注目したいポイントは、主に「粒度」「原料米の産地」「用途との相性」の三つである。
まず粒度について。かるかん粉には「細目(ほそめ)」と「粗目(あらめ)」の違いがある。小城製粉の製品群を例にとると、「国産特上細目かるかん粉」は粒子が細かめで、棹物のかるかんに適している。鹿児島県外で好まれる傾向があるとされ、きめ細かい口当たりに仕上がる。一方、スタンダードな「かるかん粉」は鹿児島県産特有の浮きのよさを活かし、生地の木目が粗くボリューム感のあるかるかん饅頭を作るのに向いている。どんな食感の菓子を作りたいかによって、選ぶグレードが変わってくる。
次に原料米の産地。前述のとおり、国産米を原料としたものと外国産米を原料としたものがある。国産米使用のかるかん粉は米の風味が豊かで、仕上がりの白度(白さ)も高い傾向にある。贈答用や品質にこだわりたい場合は国産原料の製品を選ぶとよいだろう。
三つ目は用途との相性だ。棹物として切り分けるかるかんを作るなら、細目で生地が均一に仕上がるタイプが適している。かるかん饅頭のようにあんを包んで蒸す場合は、膨らみがよく生地がしっかりあんを包み込めるタイプが使いやすい。家庭で気軽に試したいなら、砂糖や膨張剤がすでに配合されたミックス粉を選ぶと失敗が少ない。
保存は高温多湿と直射日光を避け、密閉容器に入れて常温で保管するのが基本である。開封後は早めに使い切ることが望ましく、湿気を吸うと品質が劣化しやすいため、ジッパー付きの保存袋などに入れ替えるのもよい方法だ。
メジャーな製品とメーカー名
かるかん粉を製造・販売している主なメーカーと製品を紹介する。
まず、かるかん粉の製造において圧倒的な存在感を持つのが小城製粉株式会社(鹿児島県薩摩川内市)だ。1948年(昭和23年)から米穀類の製粉を手がけており、かるかん饅頭専用粉が強みの和菓子用米粉老舗企業として知られる。かるかん粉だけでも「国産特上細目かるかん粉」「特上かるかん粉」「国産特かるかん粉」「かるかん粉」「Jかるかん粉」「かるかんミックス粉」と複数のラインナップを揃えており、業務用から家庭用まで幅広く対応している。近年は米粉100%でパンやパイを焼ける技術を開発し、ドイツに海外現地法人を設立するなど、米粉の可能性を世界へ広げる取り組みでも注目されている。
家庭向けの小売りでは、富澤商店(TOMIZ)が「かるかん粉 250g」を販売しており、同社のオンラインショップや実店舗で手に入る。製菓材料の通販サイトcotta(コッタ)でも小城製粉の「国産かるかん粉 1kg」が取り扱われている。いずれもネット通販で購入可能なため、鹿児島県以外に住んでいても入手しやすい。
また、きくや(製菓材料店)から「かるかん粉 250g」が販売されているほか、楽天市場やAmazonなどの大手ECサイトでも複数の商品が流通している。
かるかん粉を使った完成品の菓子として有名なメーカー・店舗としては、かるかん元祖の明石屋菓子店(鹿児島市、1854年創業)、薩摩蒸氣屋(鹿児島市を中心に九州各地に展開)、九面屋(鹿児島県霧島市、1930年創業)、かるかん堂中村家(鹿児島市)などが挙げられる。これらの店舗はいずれも、こだわりのかるかん粉と自然薯を使い、独自の配合と製法で個性あるかるかんを作り続けている。
歴史・由来
かるかん粉の歴史を語るには、まずかるかんという菓子そのものの成り立ちをたどる必要がある。
文献上で「軽羹」の名が確認できる最も古い記録は、元禄12年(1699年)の薩摩藩・島津家の献立記録「御献立留」である。島津家20代当主・島津綱貴の五十歳の祝いの席に「軽羹」が供されたと記されている。この時点ですでに薩摩の上流階級のあいだでかるかんが食されていたことがわかるが、現在知られるかるかんの完成形がこの時代からあったかどうかは定かではない。
かるかんの成立に深く関わる人物として語られるのが、菓子職人・八島六兵衛である。農林水産省の「にっぽん伝統食図鑑」によると、江戸時代に薩摩藩11代藩主・島津斉彬が、保存食の研究のために江戸から呼び寄せた播磨国明石出身の菓子職人が八島六兵衛であり、彼によって現在のかるかんが考案されたといわれている。明石屋菓子店の記録では、弘化4年(1847年)に島津家27代斉興の時代の鷹狩りの記録に明石屋の軽羹が登場しており、安政元年(1854年)を正式な創業年としている。八島六兵衛が出身地にちなんで「明石屋」の屋号を名乗り、かるかん専門の菓子店として歩み始めたのがこの年である。
かるかんが鹿児島で発展した背景には、地理的・風土的な条件が大きく関わっている。鹿児島は火山灰由来のシラス台地が広がり、水はけのよい土壌で自然薯(山芋)が豊富に自生していた。さらに、奄美・琉球地域との交易を通じて砂糖が比較的手に入りやすかったことも、菓子文化の発展を後押しした。良質な自然薯と砂糖、そしてうるち米という三つの素材が揃う土地柄が、かるかんという菓子を生み、かるかん粉という専用の米粉を育てたといえる。
江戸時代のかるかんは「殿様菓子」と呼ばれ、大名家の婚礼・年始・賀儀など格式の高い場でのみ食される高級品だった。庶民の口に入るようになったのは明治時代に入ってからとされる。その後、かるかん饅頭という新たな形が生まれ、日常的に食べられる親しみやすい菓子へと変化していった。
かるかん粉の製造技術も、菓子の普及とともに発展してきた。かつては各菓子店が自家で米を挽いて粉にしていたが、需要の拡大に伴い専門の製粉業者が登場した。小城製粉の前身である「のせ商店」は明治時代に創業し、大正2年(1913年)に能勢忍が本格的な製粉業を始めている。その後、1948年(昭和23年)に小城製粉株式会社として設立され、かるかん粉の品質向上と安定供給に貢献してきた。粒度の管理、低温乾燥技術の導入、用途別のグレード開発など、製粉技術の進歩がかるかんの品質を底上げしてきた歴史がある。
現在、鹿児島県はかるかんを県を代表する郷土料理・菓子の一つに位置づけており、平成28年(2016年)には「かごしまの味」として制定した28品のなかにかるかんを含めている。節句などのお祝い事や法事の席で供されることが多いほか、観光土産としても根強い人気を誇る。かるかん粉は、こうした文化を支える縁の下の力持ちとして、これからも鹿児島の菓子文化とともに歩み続けていくだろう。
