材料の名前
日本語では「水煮(みずに)」と呼ぶ。英語では”boiled in water”と訳される。食品衛生法の英訳でも”boiled in water”が公式な表記として採用されている。フランス語では”cuit à l’eau(キュイ・ア・ロー)”、ドイツ語では”in Wasser gekocht(イン・ヴァッサー・ゲコッホト)”にあたる。
ただし「水煮」は特定の食材そのものを指す言葉ではなく、食材の加工方法を示す調理・加工用語である。お菓子づくりの現場では、「栗の水煮」「りんごの水煮」「サワーチェリーの水煮」「小豆の水煮」といった形で、食材名とセットで使われるのが通例だ。
特徴
水煮とは、食材を調味料をほとんど加えず、水だけ、もしくは少量の塩のみで煮た加工品のことをいう。砂糖やみりんで甘く煮含めた「甘露煮」や「蜜煮」、シロップに漬け込んだ「シロップ漬け」とは明確に異なる加工法で、食材そのものの風味や色合いを残しやすい点が最大の特長といえる。
お菓子づくりにおいて水煮が重宝されるのは、素材の味を活かしやすいからにほかならない。甘露煮やシロップ漬けを使うと、砂糖の甘さがすでに加わっているため、菓子全体の糖度設計が制約を受ける。一方、水煮であればパティシエや菓子職人が砂糖の量を自在に調整できるため、レシピの自由度が格段に高まる。
主な水煮の種類をまとめると、製菓で使用頻度が高いものとして栗、小豆(あずき)、大豆、白いんげん豆(手亡豆)、りんご、サワーチェリーなどがある。変わったところでは、かぼちゃやさつまいもの水煮を餡の材料として活用するケースもある。
水煮の加工工程はシンプルだ。原料を選別・洗浄したのち、水に浸漬してから加熱し、芯まで火を通す。豆類であればあく抜きを兼ねて下茹でと本茹でを行い、栗であれば鬼皮と渋皮を剥いてから水中でボイルする。仕上がった水煮は缶やレトルトパウチ、瓶に充填し、密封後に高温で加圧殺菌してから出荷される。この殺菌工程があるからこそ、常温で長期間の保存が可能になる。
甘露煮との糖度の違いを数字で比べると、わかりやすい。たとえば栗の場合、甘露煮の標準的な糖度は50度前後(高知缶詰の製品規格による)であるのに対して、栗水煮は18~20度程度に抑えられている(米田青果食品の製品仕様による)。糖度が低いぶん、栗本来の風味と色調が際立つのが水煮のよさである。
用途
お菓子づくりにおける水煮の用途は、多岐にわたる。
まず、栗の水煮は和菓子の栗きんとんや栗まんじゅう、洋菓子のモンブランやマロンケーキの仕込みに使われることがある。あらかじめ糖度が低いため、使用する前にシロップで煮含めて好みの甘さに調整したり、マロンペーストに加工したりする工程を経ることが多い。栗ご飯や栗おこわなど惣菜用途にも対応できるため、一つの水煮から菓子と料理の両方に展開できる汎用性の高さも見逃せない。米田青果食品の栗水煮は、あらかじめ四分の一にカットされた状態で缶詰になっており、開封後すぐに使える利便性が支持されている。
小豆の水煮は、餡(あん)づくりの出発点として欠かせない素材である。井村屋やフジッコといったメーカーが製造する小豆の水煮は、北海道産小豆を使用し、砂糖を加えずに炊き上げたものが中心。製菓に使う場合は、この水煮に砂糖を加えて練り上げることで、つぶ餡やこし餡に仕上げる。市販の「ゆであずき」には加糖タイプと無糖タイプがあるが、水煮に分類されるのは無糖のものである。自分で甘さの加減ができるため、上品な甘さの餡を目指す和菓子店では、水煮から餡を炊くのが基本となっている。
フルーツ系の水煮も製菓では活躍する。サワーチェリーの水煮は、チェリーパイやブラックフォレストケーキ(フォレ・ノワール)などに使われる定番素材だ。富澤商店が取り扱うミシガン産サワーチェリーの水煮缶は、さわやかな酸味が特徴で、焼き菓子やタルトの中に焼き込んでも果実の風味が飛びにくい。
りんごの水煮も、アップルパイやタルト・タタンの下準備として使われる場面がある。製菓材料問屋が扱う業務用りんご水煮には、国産の紅玉りんごを月形にカットして水煮にしたものがあり、酸味と果肉の歯ごたえが焼成後もしっかり残る点が評価されている。
白いんげん豆(手亡豆)の水煮は、白餡の原料として和菓子に広く使用される。練り切りやじょうよまんじゅうの白餡には手亡豆の水煮から仕込んだ餡が使われることが多い。大福豆や白花豆など、品種ごとに風味や粒の大きさが異なるため、求める仕上がりに合わせて豆の種類を選び分ける必要がある。
主な原産国
水煮に使われる原材料の産地は、食材によって大きく異なる。
栗については、日本国産、韓国産、中国産、チリ産、ヨーロッパ産が流通の主軸を担う。日本国内では愛媛県や熊本県、茨城県が栗の主要産地として知られる。ただし、国産栗は収穫量が限られるうえに価格も高いため、業務用の水煮や甘露煮には韓国産や中国産の栗が広く使われているのが実情だ。中国産の天津栗は丸みが強く、小粒であるのが特徴。韓国産は日本栗に近い品種で、やや大粒のものが多い。チリ産はヨーロッパのカスターニャサティバ種を起源とし、温暖な気候のもとで大粒に育つ傾向がある。
小豆は日本国内、とりわけ北海道が圧倒的な主産地である。十勝地方を中心に栽培される北海道産小豆は、粒が大きく色艶がよいことから、製菓用としても高い評価を受けている。輸入品としては中国産やカナダ産の小豆が流通しているが、国産志向が根強い分野でもある。
サワーチェリーはアメリカのミシガン州産が代表格で、そのほかトルコやポーランド、ハンガリーといった中央ヨーロッパの国々も主要な生産地である。
りんごの水煮に使われるのは、国産では酸味の強い紅玉が好まれる。紅玉は青森県を中心に栽培されている品種で、加熱しても果肉が煮崩れしにくく、お菓子向きの品種として根強い人気がある。
選び方とポイント
製菓に使う水煮を選ぶ際に、まず確認したいのは原材料表示だ。水煮と銘打っていても、製品によっては少量の砂糖や塩、酸化防止剤(ビタミンCなど)、漂白剤、pH調整剤などが含まれている場合がある。仕上がりの味に直結するため、原材料欄をしっかり読み、添加物の有無を把握してから購入するのが賢明だ。
栗の水煮の場合、粒のサイズと割れ具合に注目したい。丸のままのホールタイプは見た目が重要なデコレーションやトッピングに向き、カットタイプや割れ栗は練り込みやペースト加工に適している。業務用缶詰では、1号缶(約3.5リットル容量)のサイズが一般的で、固形量と内容総量がそれぞれ表示されている。固形量は液汁を除いた正味の栗の重さを意味するため、コストを比較する際には固形量あたりの単価を計算するとよい。
豆類の水煮では、豆の硬さとつぶれ具合が品質を左右する。缶詰やレトルトパウチを開封したとき、豆が過度にやわらかくなって形が崩れているものは、加熱殺菌の条件が強すぎた可能性がある。つぶ餡用であれば適度に粒が残っているもの、こし餡用であれば裏ごししやすい均一な硬さのものを選ぶのが望ましい。
フルーツの水煮は、果肉の色合いと酸味のバランスが重要だ。サワーチェリーであれば、缶を開けたときに鮮やかな赤色が保たれているものほど品質がよい。りんごは変色しやすい果物であるため、酸化防止剤(ビタミンC)が使われている製品のほうが色味は安定している。
保存面では、開封前であれば常温で1年から3年程度の賞味期限が設定されている製品が多い。ただし、開封後は日持ちしないため、使い切れない場合は小分けにして冷凍保存するのが実用的な方法である。
メジャーな製品とメーカー名
製菓業界で流通している水煮製品と、その製造元を食材ごとに紹介する。
栗の水煮では、愛媛県松山市に本社を構える米田青果食品が代表的なメーカーである。同社は栗の甘露煮や栗ペーストも手がけており、栗加工の専業メーカーとして知名度が高い。栗水煮は糖度を18~20度に抑え、四分の一カットで缶詰にした製品を業務用に供給している。
高知缶詰は、無漂白・無着色の栗甘露煮を主力商品とする食品メーカーで、栗の水煮や加工品の製造にも実績がある。「菓匠の栗」シリーズは無添加原料にこだわった製品として、和菓子店や洋菓子店から支持されている。
堀永殖産は福岡県みやま市に所在し、渋皮付栗甘露煮の出荷量で国内トップを誇る。同社は漂白剤と合成保存料を使用しない製法にこだわっており、その品質が菓子職人に評価されている。栗水煮そのものよりも渋皮煮や甘露煮が主力だが、製菓用栗加工品のメーカーとして広く知られている存在だ。
小豆の水煮では、三重県に本社を置く井村屋が全国的に有名である。「ゆであずき」シリーズは北海道産小豆を使用し、加糖タイプと無糖タイプの両方を展開。無糖タイプは煮小豆として水煮に分類され、製菓や料理の材料として幅広く利用されている。レトルトパウチ入りと缶入りがあり、用途や使用量に応じて選べる。
フジッコの「ふっくらあずき水煮」は、その名の通り水煮の小豆で、ふっくらとした粒感が特徴。200gのパウチ入りで、家庭でのお菓子づくりにも手軽に使いやすいサイズ設計となっている。
サワーチェリーの水煮缶は、富澤商店(TOMIZ)が取り扱うミシガン産サワーチェリー(411g缶)が製菓材料専門店の定番品として知られる。アメリカ・ミシガン州産のサワーチェリーを種を取って水煮にした製品で、チェリーパイやクラフティ、マフィン、パウンドケーキなどに幅広く使える。
りんごの水煮では、森食品工業が製造する業務用の紅玉りんご水煮缶(9kg缶)が、製菓材料の卸問屋を通じて流通している。国産紅玉りんごを縦8等分の月形にカットした水煮で、アップルパイやタルトの仕込みに重宝されている。
歴史・由来
水煮という加工法自体は、古くから世界各地で行われてきた調理法であり、特定の発明者や起源を明確にたどることは難しい。煮炊きによる食材の加熱調理は、人類が火を使い始めた時代にまでさかのぼる、もっとも基本的な調理技術のひとつだからだ。
現在流通しているような水煮の缶詰やレトルトパウチが生まれるまでには、保存食としての缶詰技術の発展が不可欠であった。缶詰の起源は18世紀末のフランスにある。1795年、ナポレオン率いるフランス政府が、軍用の食料保存法の発明に懸賞金をかけたことが大きな転機となった。この懸賞に応えたのが、食品加工業者のニコラ・アペールである。アペールは1804年、ガラス瓶の中に調理した食品を詰めて密封し、湯煎で加熱殺菌するという方法を考案した。これが世界初の瓶詰保存食であり、缶詰技術の原型でもある。
その後、イギリスのピーター・デュランドが金属缶を使った密封保存の特許を取得し、ガラス瓶から金属缶へと容器が進化していった。缶詰は軍隊の携帯食として急速に普及し、やがて一般の食料品としても広まることになる。
日本に缶詰技術が伝わったのは明治時代のことだ。1871年(明治4年)、長崎の松田雅典がフランス人教師レオン・ジュリーの指導のもと、イワシの油漬け缶詰を試作したのが日本初の缶詰とされている。その後、1877年(明治10年)に北海道石狩に官営の缶詰工場が設置され、サケの缶詰が本格的に生産されるようになった。
栗や小豆、フルーツなどの水煮が缶詰として広く製造・流通するようになったのは、大正期から昭和初期にかけてのことと考えられる。それ以前にも、栗の加工品(甘露煮や渋皮煮)は和菓子の伝統的な材料として存在していたが、缶詰技術の普及によって通年での安定供給が可能となり、製菓業界における水煮の利用が本格化した。
現在では、レトルトパウチや真空パックといった包装技術の進歩により、缶詰以外の形態でも水煮製品が供給されるようになっている。これにより、開封のしやすさや廃棄物の削減といった利便性が向上し、家庭でのお菓子づくりにも水煮素材が身近なものとなった。
製菓材料としての水煮は、素材の持ち味を活かしたお菓子づくりを目指す職人たちにとって、甘露煮やシロップ漬けと並ぶ選択肢として定着している。砂糖の使用量を自分で決められるという自由さは、健康志向の高まりや低糖質スイーツへの関心が増すなかで、今後さらに注目度が高まっていくと考えられる。
