材料の名前
コーティング用チョコレートは、お菓子やパンの表面を覆うために開発された専用のチョコレート製品である。日本語では「上掛け用チョコレート」「洋生チョコレート」とも呼ばれ、製菓材料店ではフランス語由来の「パータグラッセ(pâte à glacer)」の名前で販売されていることも多い。英語圏では「compound chocolate」「compound coating」「coating chocolate」などの名称が一般的だ。フランス語の「pâte à glacer」を直訳すると「光沢を出すための生地(ペースト)」という意味になり、その名のとおり、お菓子に艶やかな表面を与えることを目的として作られている。
なお、日本の業界規約では「チョコレートコーチング」という区分も存在する。これは「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」において定義されたもので、コーティングチョコレートのなかでも一定のカカオ分を含む製品を指す呼称である。製品パッケージに記載される名称はメーカーによってまちまちだが、「パータグラッセ」「コーティングチョコ」「洋生チョコ」「上掛けチョコ」はいずれも同じカテゴリの製品と考えてよい。
特徴
コーティング用チョコレートの最大の特徴は、テンパリング(温度調整)が不要という点にある。通常の製菓用チョコレート、いわゆるクーベルチュールチョコレートは、ココアバターの結晶を安定した型(V型結晶)に整えるテンパリングという工程を経なければ、ツヤのある仕上がりにならない。この温度調整は非常にシビアで、1〜2℃の差で結果が変わることもあるため、家庭やパン店での作業にはハードルが高い。
一方、コーティング用チョコレートは、ココアバターの代わりにヤシ油(ココナッツオイル)やパーム核油などの植物油脂を主要な油脂成分として使用している。これらの植物油脂はココアバターと異なり、結晶構造が単純で安定しやすい。そのため、湯煎で溶かして35〜40℃程度にするだけで、冷えれば自然にツヤのある状態で固まる。
流動性が高いことも見逃せない特徴だ。溶かした状態ではサラサラとしており、ケーキやパンの表面に薄く均一にかけることができる。固まったあとはパリッとした食感が生まれ、見た目にも美しい光沢を持つ。色はダーク、ミルク、ホワイトのほか、近年はストロベリーや抹茶といったカラーバリエーションも充実している。
ただし、味わいの面ではクーベルチュールに及ばない部分がある。カカオマスやココアバターの使用量が少ないか、あるいはまったく使われていない製品もあるため、カカオ本来の深い風味や豊かな香りは控えめになりがちだ。そのぶん価格が抑えられており、コスト面でのメリットは大きい。コーティングに特化した「機能性」と、クーベルチュールが持つ「風味」は、それぞれ異なる強みといえる。
用途
コーティング用チョコレートは、その名のとおり「覆う」「かける」用途に特化して設計されている。具体的な使用場面は幅広い。
最もなじみ深いのは、エクレアやドーナツへの上掛けだろう。エクレアの上面に薄くチョコレートをかけてツヤを出す仕上げには、流動性が高く速乾性のあるコーティング用チョコレートが適している。ドーナツの場合も同様で、揚げたての生地にさっと浸けて引き上げれば、短時間でパリッとしたチョコレートの層ができあがる。
パウンドケーキやクグロフなどの焼き菓子に全体的にチョコレートをかけて仕上げる場面でも活躍する。溶かしたコーティングチョコレートを上から流しかけ、ナッツやドライフルーツをトッピングすれば、家庭でも見栄えのする贈り物に仕上げられる。
アイスクリームのコーティングもこのチョコレートの代表的な用途のひとつだ。氷点下の冷菓に通常のチョコレートをかけると硬くなりすぎてしまうが、植物油脂を使用したコーティングチョコレートなら、冷たい状態でも口の中でなめらかに溶ける。市販のチョコレートバーアイスの多くは、この特性を生かして作られている。
ほかにも、クッキーやビスコッティの片面をチョコレートに浸す「ディッピング」、オランジェット(チョコがけオレンジピール)のような一粒菓子の仕上げ、ボンボンショコラの外側を覆うシェル作りなど、用途は多岐にわたる。業務用としては、パン屋でのチョコクロワッサンのコーティングや、ケーキ屋でのアントルメのグラサージュ(上掛け仕上げ)にも使われている。
主な原産国
コーティング用チョコレートそのものは、チョコレートを製造する各国のメーカーが生産している。主要な製造国としては、フランス、ベルギー、イタリア、日本などが挙げられる。
フランスのカカオバリー(Cacao Barry)、ベルギーのカレボー(Callebaut)は世界的に知名度の高いブランドで、いずれもバリー・カレボー・グループに属する。イタリアのイルカ(IRCA)も、コーティング用チョコレートの分野では評価が高い。日本国内では大東カカオ、不二製油、日新化工といったメーカーが業務用のコーティングチョコレートを幅広く展開しており、洋菓子店やパン店で日常的に使われている。
一方、原料に目を向けると話が変わる。コーティング用チョコレートの主原料となる植物油脂のうち、パーム核油はマレーシアやインドネシアが世界的な産地であり、ヤシ油(ココナッツオイル)はフィリピンやインドネシアなど東南アジアが中心だ。ココアパウダーやカカオマスの原料となるカカオ豆は、コートジボワール、ガーナ、エクアドル、インドネシアなど赤道付近の熱帯地域で栽培されている。つまり、コーティング用チョコレートという製品は先進国で製造されるものの、その原料は熱帯の産地から調達されるというサプライチェーンの構造がある。
選び方とポイント
コーティング用チョコレートを選ぶ際に意識したい観点はいくつかある。
まず、何にコーティングするかによって適切な製品は異なる。エクレアやパンのように常温で提供するものには一般的な「パータグラッセ」タイプが向いている。アイスクリームなどの冷菓に使う場合は、低温でも硬くなりすぎず口溶けが良い「アイスコーティング用」の製品を選ぶとよい。不二製油のように、洋生チョコレートとアイスコーティングチョコレートを別ラインで展開しているメーカーもある。
色味やフレーバーの選択も重要だ。ダーク(ビター)はカカオの風味が比較的しっかりしており、甘さ控えめの仕上がりになる。ミルクはまろやかで万人受けしやすく、ホワイトはデコレーションの自由度が高い。ストロベリーや抹茶などのフレーバー付きは、華やかな見た目を演出したい場面に向く。
流動性と速乾性にも注目したい。製品によって溶かしたときのサラサラ感や固まるまでの時間に差がある。富澤商店による比較検証では、イルカ社のノベルシリーズはやや粘度が高めで、大東カカオ社のパータグラッセシリーズは流動性が高く速乾性に優れるという傾向が示されている。薄くパリッと仕上げたいならサラサラタイプ、やや厚みのあるしっかりしたコーティングにしたいなら粘度の高いタイプを選ぶのがひとつの目安になる。
容量も現実的なポイントだ。業務用は5kgや10kg単位が主流だが、家庭向けには150〜250gの小分けパックも販売されている。使い切れない量を購入して保管状態が悪くなるよりも、必要な量だけを都度購入するほうが品質を保ちやすい。保存の際は直射日光を避け、20℃以下の涼しい場所に置くことが基本だ。高温多湿の環境ではブルーム(表面が白くなる現象)が発生しやすくなる。
湯煎で溶かす際の温度管理も忘れてはならない。45℃以下で作業するのが原則で、温度が高すぎるとチョコレートが焦げたり、粘度が上がって扱いにくくなったりする。ホワイトやミルクタイプは乳タンパク質を含むため、とくに高温に弱い点に留意が必要だ。また、湯煎中にボウルへ水滴が入ると、油脂と水分が分離してボソボソになってしまう。鍋よりひとまわり大きなボウルを使い、蒸気や水滴が入らないよう注意しながら作業するのが失敗を防ぐコツである。
メジャーな製品とメーカー名
コーティング用チョコレートの市場は、国内外の複数メーカーが製品を展開している。ここでは業務用・家庭用の両面で目にする機会が多い代表的なブランドと製品を紹介する。
大東カカオ(日本)は、1924年創業の老舗チョコレート原料メーカーである。「パータグラッセ」シリーズとして、ビタータイプの「ルッシュ」、スイートタイプの「ディアス」、ミルクタイプの「レタージュ」、ホワイトタイプの「リュクブラン」、さらにはストロベリーの「フレーズ」や「きなこ」フレーバーまで取りそろえている。クーベルチュールに近い風味を目指した設計が特徴で、カカオエキスを配合して香りの余韻を高めた製品もある。
イルカ(IRCA、イタリア)は、業務用製菓原料のメーカーとして知られ、日本では日仏商事が輸入代理を務めている。「ノベルビター」「ノベルラッテ(ミルク)」「ノベルビアンコ(ホワイト)」の3種が定番で、計量しやすいコイン型(タブレット)の形状が使い勝手のよさにつながっている。苦味と甘みのバランスが良く、小分けの200gパックも流通しているため、家庭でのお菓子作りにも手を出しやすい。
カカオバリー(Cacao Barry、フランス)は、「パータグラッセ ブリュンヌ(ダーク)」「パータグラッセ ブロンド(ミルク)」などを展開する。フランスのメーカーらしく風味のよさに定評があり、上品な光沢と口溶けのよさが特長とされる。日本国内では日仏商事を通じて流通しており、洋菓子店で広く採用されている。
不二製油(日本)は、植物性油脂の技術力に強みを持つ総合食品素材メーカーだ。洋生チョコレートやアイスコーティングチョコレートなど、用途別にきめ細かく製品ラインを分けている。パン屋向けの「チョコファンシー」シリーズや、パータグラッセハードシリーズなどもある。業務用が中心だが、大手製パンメーカーやコンビニスイーツの原材料としても広く使われており、間接的に多くの消費者がこのメーカーの製品を口にしている。
日新化工(日本)も業務用コーティングチョコレートの主要メーカーのひとつで、「ルセーラ」シリーズなどを手がけている。抹茶を配合したパータグラッセなど、和素材との組み合わせにも積極的な製品展開が見られる。
家庭向けの小売市場では、富澤商店(TOMIZ)やcottaといった製菓材料専門店が、上記メーカーの製品を小分けにして販売しており、入手しやすい環境が整っている。
歴史・由来
コーティング用チョコレートの歴史は、チョコレート産業における「代用油脂」の研究と密接にかかわっている。
チョコレートの油脂分であるココアバターは、独特の結晶構造を持ち、口の中の体温(約37℃)付近で溶けるため、あの滑らかな口溶けが生まれる。しかしココアバターは高価であり、テンパリングという繊細な温度管理が必要になるため、大量生産や多用途展開には不向きな面があった。
20世紀に入り、食品工業が発展するなかで、ココアバターの代わりに安価な植物油脂を使ったチョコレート風製品の研究が進んだ。パーム核油やヤシ油は、ココアバターに近い融点を持ちながらも結晶構造が単純で、テンパリングなしでも安定した光沢のある被膜を作ることができた。こうした植物油脂とココアパウダーを組み合わせた「コンパウンドチョコレート」が、20世紀中盤にかけて業務用の製菓・製パン業界で普及していった。
日本では、1971年に「チョコレート類の表示に関する公正競争規約」が全国チョコレート業公正取引協議会によって制定された。この規約のなかで「チョコレートコーチング」という区分が設けられ、コーティング用チョコレートの組成や表示に関するルールが整備された。規約によると、チョコレートコーチングとは「チョコレート類を原料とし、必要により糖類、食用油脂、乳製品、香料その他の可食物を加え精錬、調温して製造し、カカオ分が全重量の8%以上又はココアバターが全重量の2%以上のもの」と定義されている。
フランス語の「パータグラッセ(pâte à glacer)」という呼称は、フランスの菓子文化に由来する。「glacer」はフランス語で「光沢を出す」「氷のように輝かせる」といった意味を持ち、菓子の表面にツヤのある仕上げを施す技法全般を指す言葉だ。マロングラッセ(marron glacé)の「グラッセ」と語源が共通しており、砂糖やチョコレートで表面を美しくコーティングするフランス菓子の伝統が、この名称の背景にある。
その後、油脂加工技術の進歩やカカオ産業のグローバル化とともに、コーティング用チョコレートの品質は着実に向上してきた。かつては「味が劣る代用品」という評価を受けることもあったが、近年のハイグレード製品はクーベルチュールに迫る風味を備えるものも出てきている。大東カカオがカカオエキスを配合して風味を高めたり、カカオバリーが本格的なカカオの香りを残す処方を採用したりと、各メーカーの技術開発による品質向上が続いている。
加えて、近年はサステナビリティの観点も無視できない。主原料であるパーム油の生産に伴う森林破壊や、カカオ生産地での児童労働問題は国際的な課題となっている。不二製油は独自の「サステナブル・オリジン」プログラムを通じてカカオの持続可能な調達を推進しており、カカオバリーを擁するバリー・カレボー・グループもサステナブルカカオへの取り組みを進めている。コーティング用チョコレートを選ぶ際にも、こうした背景を知っておくことは、現代のお菓子作りにおいて意味のあることだろう。
