材料の名前
日本語では「くるみ」と呼び、漢字で「胡桃」と書く。「胡」は古代中国の西方異民族を指す語であり、西域(ペルシャ方面)から中国を経由して東アジアへ伝わった桃に似た種実、という意味が名前の由来とされている。英語では「Walnut(ウォールナット)」と呼ばれ、古英語の「wealhhnutu」(異国のナッツ)が語源である。フランス語では「Noix(ノワ)」、ドイツ語では「Walnuss(ヴァルヌス)」、イタリア語では「Noce(ノーチェ)」と表す。
製菓の世界で最も流通しているのは、学名 Juglans regia(ユグランス・レギア)のペルシャグルミ(セイヨウグルミ、英名:English Walnut / Persian Walnut)であり、学名の「Juglans」はラテン語で「ジュピター(木星神)のどんぐり」、「regia」は「王の」を意味する。まさに「ナッツの王」と称されるにふさわしい格式のある名前だ。
特徴
くるみは、クルミ科クルミ属に分類される落葉高木の種子である。樹高は8〜20メートルほどに成長し、秋に硬い殻に包まれた実をつける。食用にするのは殻の内側にある仁(じん)の部分で、脳のしわに似た独特の形状をしている。
味わいの面では、ほかのナッツにはないほのかな渋みとコクのある風味が際立つ。ローストすると香ばしさがいっそう引き立ち、バターやキャラメルとの相性が格別によい。
栄養面の特徴として、くるみはナッツ類のなかでオメガ3脂肪酸(α-リノレン酸)を最も多く含んでいる。カリフォルニアくるみ協会の公表データによれば、ひとつかみ(約28g)のくるみで約2.5gのオメガ3脂肪酸を摂取できる。文部科学省の「日本食品標準成分表(八訂)」では、いりくるみ100gあたりのエネルギーは713kcal、たんぱく質は14.6g、脂質は68.8gとなっている。ポリフェノールやメラトニン、ビタミンE、ビタミンB1、ビタミンB6、葉酸、マグネシウム、銅、亜鉛といった栄養素も幅広く含まれており、コレステロールはゼロ、低糖質かつグルテンフリーでもある。
なお、2023年3月に食品表示基準が改正され、くるみは特定原材料(アレルギー表示義務の対象)に追加された。2025年4月1日からは完全義務化されており、卵・乳・小麦・そば・落花生・えび・かにと合わせて8品目のひとつとなっている。製菓に携わる人はアレルギー表示に十分な注意を払う必要がある。
用途
お菓子づくりにおけるくるみの用途は幅広い。そのまま砕いて生地に混ぜ込む使い方が最も一般的で、ブラウニー、パウンドケーキ、クッキー、マフィンなど焼き菓子全般で重宝される。大きめに割った状態でケーキやタルトのトッピングに添えれば、見た目のアクセントと食感のコントラストを同時に演出できる。
和菓子の世界でも、くるみゆべしやくるみ餅のように古くから親しまれてきた。とりわけ東北地方や長野県では、醤油風味のもち生地にくるみを練り込んだゆべしが郷土銘菓として根づいている。
製パンにおいてもくるみは定番素材のひとつだ。くるみパンやくるみ入りのカンパーニュなど、パン生地に直接練り込むことで香ばしさと歯ごたえが加わる。
さらに、くるみを細かくすり潰して和え衣にする「くるみ和え」は、お菓子以外の料理でも見かけるが、和菓子の餡に混ぜ込む技法としても用いられる。ペースト状にしたくるみバターは、近年スプレッドとしてパンケーキやスコーンに塗る食べ方でも人気が高い。
製菓における使い分けとしては、生くるみとローストくるみの違いを意識したい。生くるみは、焼成工程のある焼き菓子やパンに向いている。生地と一緒にオーブンで加熱されることで、ちょうどよい香ばしさに仕上がるためだ。一方、すでにローストされたくるみは、仕上げのトッピングやそのまま食べる用途に適している。
主な原産国
くるみの原産地は、イラン(ペルシャ)を中心とする中央アジアから中国、日本、北米にかけての広い地域とされている。現在、世界のくるみ生産をリードしているのは中国とアメリカの二か国だ。
USDAの2025/2026年度データによると、世界のくるみ生産量(殻付きベース)に占める中国のシェアは約57%(155万トン)に達し、圧倒的な首位に立っている。第2位がアメリカで約24%(約64万トン)、そのほぼすべてがカリフォルニア州産だ。第3位のチリは約15.5万トン、第4位のEU(主にフランス、ルーマニアなど)が約13.9万トンと続く。
日本の製菓市場に流通するくるみの大部分は、カリフォルニア産のペルシャグルミ(English Walnut)である。カリフォルニアくるみ協会は日本国内でも積極的なプロモーションを行っており、製菓・製パン材料としてのブランド認知度は高い。
国産くるみに目を向けると、長野県が生産量の約8割を占め、なかでも東御(とうみ)市はくるみ栽培の一大拠点として知られる。長野県独自の品種「シナノグルミ」は、明治時代にアメリカから持ち込まれたペルシャグルミと、江戸時代に中国から渡来したテウチグルミ(カシグルミ)を交配して生まれた品種である。殻が比較的薄く、風味がまろやかで、国産くるみのなかでは入手しやすい。
ただし、国産くるみの流通量は全体のごくわずかで、多くの製菓現場ではアメリカ産を中心とした輸入品に頼っているのが実情だ。
選び方とポイント
製菓用くるみを選ぶ際には、いくつかのポイントを押さえておきたい。
まず確認すべきはサイズ表記だ。製菓用くるみは、粒の大きさによって等級が分かれている。LHP(ライト・ハーフ・ピーセス)は半割れの大きめサイズで、トッピングや見た目を重視する用途に向く。LP(ライト・ピーセス)は4分の1程度に割れたもので、生地への混ぜ込みに使いやすい。さらに細かく砕いたチョップドタイプは、クッキー生地やグラノーラに均一に分散させたい場面で活躍する。仕上がりのイメージに合わせてサイズを選ぶことが、お菓子の完成度を左右する。
次に鮮度の確認だ。くるみは脂質が多いため酸化しやすい。パッケージの賞味期限をチェックするのはもちろん、開封後は密閉容器に入れて冷暗所か冷蔵庫で保管するのが望ましい。酸化が進んだくるみは独特の嫌な臭いを発するため、開封時に香りを確かめる習慣をつけるとよい。
また、生タイプかローストタイプかも購入時に意識しておきたい。前述のとおり、焼き菓子に混ぜ込むなら生くるみ、トッピングやそのまま食べるならローストくるみが適している。自分でローストする場合は、150〜160℃のオーブンで10〜12分ほど加熱するのが目安である。焦げやすいので、途中で一度かき混ぜながら様子を見るとムラなく仕上がる。
産地にこだわるなら、カリフォルニア産は品質が安定しており、製菓用としての信頼性が高い。国産のシナノグルミは風味の豊かさに定評があるが、流通量が限られるため、見つけたら早めに確保しておくのが賢明だ。
メジャーな製品とメーカー名
くるみを使った代表的なお菓子として、まず挙げたいのが鎌倉紅谷の「クルミッ子」だ。1954年(昭和29年)創業の同社が手がけるこの焼き菓子は、自家製キャラメルにくるみをぎっしり詰め込み、バター風味の生地で挟んで焼き上げたもの。パッケージに描かれたリスのイラストが親しまれ、鎌倉土産の代名詞的な存在にまで成長した。入手困難になるほどの人気ぶりで、全国区の知名度を誇る。
和菓子の分野では、くるみゆべしが東北・北関東地方の銘菓として広く知られている。福島県の老舗「かんのや」が手がける「家伝ゆべし」や、同じく福島の「柏屋」による「くるみゆべし もちずり」は、もち米の生地にくるみと醤油の風味を合わせた伝統の味わいだ。宮城県の甘仙堂も、大粒のくるみをふんだんに使ったくるみゆべしで評判を集めている。
製菓材料としてのくるみでは、共立食品が「製菓用クルミ」シリーズを展開しており、スーパーマーケットの製菓コーナーでもっとも目にする機会が多い。東洋ナッツ食品(TON’Sブランド)や富澤商店も、製菓・製パン向けのくるみ製品を幅広く取り揃えている。有馬芳香堂は、独自の加工技術でくるみの渋みを抑えたローストくるみに定評がある。
洋菓子の世界に目を転じると、ブラウニーはくるみとチョコレートの組み合わせの王道ともいえる焼き菓子だ。鎌倉紅谷の「ポケットブラウニー」のほか、全国各地の洋菓子店やパティスリーが独自のくるみ入りブラウニーを販売している。アメリカ発祥のこの焼き菓子において、くるみは欠かせない名脇役といってよい。
歴史・由来
くるみと人類との関わりは驚くほど古い。日本ナッツ協会の情報によれば、くるみは紀元前7000年頃から食用にされていた最古のナッツのひとつとされている。ペルシャグルミの栽培は約2000年前にはすでに始まっていたと考えられ、古代ローマ時代にはヨーロッパ各地へ広まった。
日本列島には、オニグルミやヒメグルミといった固有種が北海道から九州にかけて自生しており、縄文時代の遺跡からもくるみの殻が出土している。つまり、日本人は数千年以上にわたってくるみを食べてきたことになる。ただし、これらの在来種は殻が極めて硬く、可食部も小さいため、大規模な商品作物としての栽培には向いていなかった。
江戸時代の中期になると、中国からテウチグルミ(カシグルミ)が「唐胡桃」として日本に伝えられた。テウチグルミはペルシャグルミの変種で、手で打てば殻が割れるほど薄いことからその名がついたとされる。この渡来によって、日本におけるくるみの食文化はさらに広がった。
明治時代に入ると、アメリカとの交流が活発化するなかで、ペルシャグルミ(セイヨウグルミ)の種子が持ち込まれた。1881年(明治14年)には、軽井沢を訪れたアメリカ人貿易商からセイヨウグルミの種を譲り受け、長野県で試験的な栽培が始まったとの記録が残っている。その後、このペルシャグルミとテウチグルミを交配させて生まれたのが、長野県を代表するシナノグルミである。
20世紀に入ると、アメリカのカリフォルニア州でくるみの大規模栽培が本格化し、世界有数の産地へと発展した。カリフォルニアの温暖で乾燥した気候は、くるみの生育に理想的な条件を備えていたからだ。日本への輸出も増加し、戦後の洋菓子文化の広がりとともに、カリフォルニア産くるみは製菓現場の定番材料として定着していった。
近年、健康志向の高まりを受けて、オメガ3脂肪酸を豊富に含むスーパーフードとしてのくるみの価値が再評価されている。お菓子づくりの材料としてだけでなく、そのまま食べるおやつやサラダのトッピングとしての需要も拡大中だ。
縄文時代から現代まで、数千年にわたって日本人の食生活に寄り添ってきたくるみ。そのほろ苦くコクのある風味は、和洋を問わず菓子づくりの世界で唯一無二の存在感を放ち続けている。
