材料の名前

和名は「ひえ」、漢字では「稗」と書く。学名は Echinochloa esculenta で、英語では Japanese barnyard millet と呼ばれる。日本以外では barnyard millet、marsh millet、Siberian millet といった名称も使われることがある。アイヌ語では「ピヤパ」という呼び名が残っている。

分類上はイネ科ヒエ属に属し、野生の雑草であるイヌビエ(Echinochloa crus-galli)を祖先種として栽培化された穀物だ。なお、インドで広く栽培されるインドビエ(Echinochloa frumentacea)は別種であり、日本のひえとは異なる植物である点に注意したい。

特徴

ひえの粒は非常に小さく、精白後のサイズはおよそ1〜1.5mm程度。色はグレーがかったオフホワイトで、いびつな楕円形をしている。粒そのものにはほとんど香りがなく、味わいも淡白でクセが少ない。クリーミーでミルキーな風味と表現されることもあり、この穏やかさこそがお菓子づくりの素材として優れているポイントでもある。

食感はぱらぱらとしてほぐれやすく、米のような粘りはない。日本で栽培されるひえのほとんどは「うるち性」で、もち性の品種はごく限られている。ただし、岩手大学農学部の研究によって突然変異で生まれた完全なもち性品種「長十郎もち」が2012年に品種登録され、さらに短稈で収穫しやすい改良品種「なんぶもちもち」が2015年に登録された。今後はもち性のひえがスイーツ分野で活用される可能性も広がっている。

栄養面では、白米と比較して食物繊維が約8倍、マグネシウムが約5倍、鉄分が約2倍、カリウムが約3倍と報告されている(わかさ生活「わかさの秘密」による)。亜鉛やビタミンB群(特にパントテン酸やビタミンB6)も多く含まれ、ミネラル補給に適した穀物だ。精白粒100gあたりのエネルギーは約370kcal、炭水化物は約73g、たんぱく質は約9〜10g、脂質は約3.3gで、穀物としてのバランスは良い。

もうひとつ見逃せない特徴として、小麦や米に対する食物アレルギーの代替穀物としての需要がある。ひえにはグルテンが含まれないため、小麦アレルギーやセリアック病を抱える人にとっても取り入れやすい素材だ。

また、ひえはアクが強いぶん虫がつきにくく、長期保存にも向いている。適切に保管すれば数十年単位で品質を保つとされ、かつては飢饉に備える「救荒作物」としても重宝された。

用途

お菓子づくりにおけるひえの活用法は大きく分けて二つある。ひとつは「ひえ粉」にして焼き菓子やデザートの材料とする方法、もうひとつは粒のまま雑穀ブレンドの一部として生地に練り込んだり、トッピングに使う方法だ。

ひえ粉は小麦粉と同じ感覚で使え、クッキーやパウンドケーキ、マフィン、パンケーキなどの焼き菓子に向いている。味にクセがないため、チョコレートやバニラ、抹茶など他のフレーバーとの組み合わせでも素材の風味を邪魔しにくい。グルテンフリーのスイーツを作りたいときに、米粉と並んで選択肢になる材料だ。

ひえ粉をベースにしたデザートとして知られるものに「ヒエ粉のパンナコッタ」や「ヒエ粉のカスタード」がある。砂糖や乳製品を使わずに仕上げるヴィーガンスイーツとして、雑穀料理の教室やレシピサイトで紹介されている。ひえ粉を豆乳で練り上げると、しっとりとクリーミーな口あたりになり、乳製品を使ったカスタードやプリンのような食感に近づけることができる。

粒のまま使う場合は、おせんべいや雑穀入りのクッキー生地に加えると、プチプチとした食感のアクセントが楽しめる。五穀せんべいの原料のひとつとしても定着しており、うるち玄米やアマランサス、はと麦などとブレンドして焼き上げた商品が市販されている。

お菓子以外の用途にも少し触れておくと、精白した粒を白米に混ぜて炊く雑穀ごはんは最もポピュラーな食べ方だ。昔は味噌や醤油、焼酎の原料としても利用されており、中国雲南省ではヒエ属の穀物で醸造した「スーリマ酒」が少数民族の間で今も作られている。

主な原産国と産地

ひえの原産地については複数の説がある。中国を起源とする説と、日本列島を含む東アジア一帯で栽培化が進んだとする説が並立しているが、いずれにせよ東アジアがルーツであることは学術的に広く認められている。Wikipediaの記述によれば「原産は中国であり、日本には古く渡来した」とされるが、野生の祖先種であるイヌビエが日本にも自生していたことから、日本列島での独自の栽培化を支持する研究者もいる。

現在の日本において、ひえの栽培はほぼ岩手県に集中している。岩手県は国内産ひえの生産量の約9割を占める一大産地であり、特に花巻地域と二戸地域が主要な栽培エリアだ。岩手県は「雑穀王国」とも呼ばれ、ひえのほかにもアワ、キビ、アマランサスなど主要6穀の生産量で全国1位を誇る。県内の花巻市は雑穀の栽培面積・生産量ともに県内の約6割を占める最大の産地として知られる。

海外では、朝鮮半島や中国東北部でも一定量が栽培されている。インドで栽培される「barnyard millet」は前述の通り別種のインドビエであるため、厳密には日本のひえとは区別される。

国産のひえは加工の手間や生産量の少なさから価格がやや高めに設定されることが多い。市販される食用ひえの多くは岩手県産の国内産で、輸入品の流通は限定的だ。

選び方とポイント

ひえを購入する際にまず確認したいのは産地表示だ。国内産、とりわけ岩手県産のものは品質管理が行き届いており、信頼性が高い。パッケージに「国内産」「岩手県産」と明記された商品を選ぶと安心できる。

次に確認すべきは、精白の度合いだ。白く精白されたものは「白ひえ」「しろひえ」と呼ばれ、雑穀ごはんやお菓子づくりなど幅広い用途に使いやすい。一方、全粒のまま製粉した「ひえ全粒粉」はミネラルや食物繊維をより多く含むが、色味が濃くなるため、仕上がりの色を気にする菓子には白ひえのほうが向いている。用途に合わせて使い分けるとよい。

無農薬・無化学肥料栽培のひえも流通しており、オーガニック志向の強いお菓子づくりには適している。石川商店や雑穀屋やま元などの専門店では、契約農家が栽培した国産無農薬ひえを量り売りで購入できる。

保存は直射日光と高温多湿を避け、密閉容器に入れて冷暗所で保管するのが基本だ。開封後は虫の侵入を防ぐためにしっかりとふたを閉めること。ひえはもともと虫がつきにくい穀物だが、開封後はなるべく早めに使い切るのが望ましい。

粉タイプのひえ粉を購入するなら、粒度にも注目したい。お菓子づくり用には小麦粉に近い細かさに製粉されたものが使いやすく、均一な生地に仕上がる。株式会社コダマの「ひえ粉」は岩手県産のひえを小麦粉サイズに製粉した全粒粉で、菓子・パン・料理と幅広く使える。アレルギーヘルスケア社の「もぐもぐ工房のひえ粉」は、食物アレルギー対応を前提に製造されており、卵・小麦・乳を含まない菓子づくりに特化した設計となっている。

メジャーな製品とメーカー名

ひえを原材料に使ったお菓子や食品は、健康志向やアレルギー対応の市場を中心に広がっている。以下に代表的な製品とメーカーを紹介する。

まず、アレルギー対応食品の分野で知られるのが、株式会社アレルギーヘルスケアが展開する「もぐもぐ工房」ブランドだ。「みんなのクッキー ひえ」は、ひえ粉を主原料にしたクッキーで、卵・牛乳・小麦・そば・落花生を一切使用していない。アレルギーを持つ子どもでも食べられるおやつとして、保育園や幼稚園での採用実績がある。同ブランドからは「もぐもぐ工房のひえ粉」も販売されており、家庭でのアレルギー対応菓子づくりに活用されている。

はくばく(株式会社はくばく)の「十六穀ごはん」シリーズは、ひえを含む十六種類の穀物をブレンドした商品で、雑穀カテゴリーでは国内トップクラスの知名度を持つ。お菓子の直接的な原料ではないが、雑穀入りの焼き菓子やグラノーラを自作する際のベース素材としても使える。

創健社の「五穀せんべい」は、岩手県産の特別栽培うるち玄米にアマランサス・白胡麻・はと麦・ひえをブレンドし、丹念に焼き上げたおせんべいだ。しょうゆ味としお味の2種類があり、雑穀の素朴な風味が楽しめる。スーパーや自然食品店で手軽に購入できる定番商品である。

五穀屋(ごこくや、春華堂グループ)は「からだに美味しい和の知恵菓子」をコンセプトに、五穀と発酵素材を組み合わせた和菓子を展開している。看板商品の五穀せんべい「山むすび」には、押麦・玄米・粟・稗・黍の五穀が使われており、お米の粒感が残るザクザクとした食感が人気だ。

富澤商店(TOMIZ)では、「岩手県産 ひえ」を製菓・製パン材料として取り扱っている。200g単位で購入でき、お菓子づくりの材料として個人でも入手しやすい。

原料としてのひえ粉を業務用に供給するメーカーとしては、株式会社コダマがある。岩手県産のひえを小麦粉サイズに製粉した製品を扱っており、小麦粉の代替原料として菓子メーカーやベーカリーに納入されている。

歴史・由来

ひえは日本で最も古くから食べられてきた穀物のひとつであり、その歴史は縄文時代にまで遡る。日本列島の縄文時代前期から、特に冷涼な北海道や東北地方で栽培されていたことが考古学的な調査から明らかになっている。

和名の「ひえ」は「冷え」に由来するとされる。寒さや冷害に強いというこの穀物の特性をそのまま名前にしたものだ。冷害だけでなく、干ばつや酸性土壌、さらには痩せた土地でもたくましく育つ生命力を持ち、かつては稲作が難しい山間部や寒冷地における貴重な主食だった。

日本神話にもひえの存在が刻まれている。「日本書紀」の神代上第五段の一書には、穀物の起源に関する記述があり、保食神(ウケモチノカミ)の体から粟や稲、麦とともに稗が生まれたとする五穀起源の神話が語られている。こうした記述からも、古代の日本人にとってひえが主食級の穀物として認識されていたことがうかがえる。

「五穀」という言葉にひえが含まれるかどうかは時代や文献によって異なるが、米・麦・粟・豆・稗を五穀とする説は古くから存在し、日本の食文化の根幹を成す穀物のひとつとして位置づけられてきた。

明治時代まで、東北地方の山間部や関東地方の畑作地帯をはじめ、全国各地でひえは主食として広く栽培されていた。青森県の下北半島では、1890年(明治23年)の統計で水田のうち稲田が2割に対し稗田が8割という記録が残っている。現在の東京都杉並区にあたる地域でも、大正期以前はひえと麦を主食とし、米はわずかに混ぜる程度だったという。岩手県の県北地方では「南部よいとこ 粟めし稗めし のどにひっからまる 干菜汁」という南部盆歌が伝わっており、ひえが日常の食卓の中心にあったことを物語っている。

昭和に入ると、米の増産が進んだことでひえの消費と栽培は急速に衰退した。米作農家にとってはヒエ属の野生種(イヌビエ)が水田の厄介な雑草であることもあり、専用の除草剤が市販されるほどになった。食用のひえは急速にその地位を失い、一時は小鳥のえさとしての需要が大部分を占めるまでに落ち込んだ。

しかし近年、健康志向やグルテンフリーへの関心の高まりとともに、ひえは再び脚光を浴びている。食物繊維やミネラルが豊富な「スーパーフード」として、雑穀ブレンドやアレルギー対応食品の原材料に採用されるケースが増えた。お菓子の分野でも、ひえ粉を使ったクッキーやパンナコッタ、五穀せんべいなど、多彩な製品が店頭に並ぶようになった。

縄文の昔から現代まで、主食から救荒作物へ、そして健康食品やスイーツの素材へと、ひえの役割は時代とともに姿を変えてきた。その歩みは、日本の食文化そのものの移り変わりを映す鏡のようでもある。

免責事項

商品紹介等については、公式サイトおよび公開情報を基に作成しております。
記載内容は掲載時時点での参考値です。商品仕様は予告なく変更される場合があります。
購入・ご利用の際は必ず最新のパッケージ表示または公式情報をご確認ください。特に食物アレルギーをお持ちの方は原材料を十分にご確認の上お求めください。
本記事の内容ならびに画像の一部にAIを使用している場合があります。
画像はイメージの場合があり、説明内容とは異なる場合があります。
当記事の内容により生じた損害について、作成者は一切の責任を負いません。