材料の名前
赤えんどうは、マメ科エンドウ属に分類される「えんどう(豌豆)」の一種で、完熟した乾燥豆のうち、種皮が赤褐色をしたものを指す。学名は Pisum sativum。日本食品標準成分表(八訂)の英名では「Peas, mature seeds, dun seed coats, whole」と表記されている。
海外ではメープルピー(Maple Pea)やレッドマローファット(Red Marrowfat)と呼ばれることがある。ただし英語圏で単に「red pea」と言った場合は、赤いんげん豆を指す場合があるため注意が必要だ。フランス語ではポワ(Pois)、ドイツ語ではエルプゼ(Erbse)がえんどう全般の名称にあたる。
日本では缶詰業界で「レッドピース」という商品名が定着しており、天狗缶詰をはじめとする業務用メーカーの製品ラベルにもこの名称が使われている。
特徴
赤えんどうの最大の特徴は、その種皮の丈夫さにある。煮ても形が崩れにくく、歯ごたえが残る。この性質が、寒天や餅と組み合わせるお菓子に適している理由だ。
豆の色味は、収穫直後の新豆だとオレンジがかった明るい赤色をしている。時間が経つにつれて色合いは深まり、茶色みを帯びていく。山本忠信商店の中野所長によれば「赤えんどうの新物はオレンジ色っぽい赤い色が、日がたつにつれ茶色味を増し、色濃く変化する」という。
サイズは直径およそ6~8mm程度。同じえんどうでも、青えんどうが緑色をしているのに対し、赤えんどうは赤褐色で見た目に温かみがある。乾燥状態では硬く、調理前には一晩ほど水に浸けて戻す工程が必要になる。
栄養面にも触れておこう。文部科学省「日本食品標準成分表(八訂)」によると、乾燥赤えんどう100gあたりの主な栄養成分は以下のとおりだ。エネルギーが352kcal、たんぱく質21.7g、脂質2.3g、炭水化物60.4g、食物繊維総量17.4g、ビタミンB1は0.72mgとなっている。食物繊維が豊富なうえ、ビタミンB1やパントテン酸の含有量も多い。脂質が少なく高たんぱくであることから、健康志向の食材としても見直されつつある。
用途
赤えんどうの用途といえば、まず思い浮かぶのはみつ豆と豆かんだろう。角切りの寒天にゆでた赤えんどうを添え、蜜をかけて食べるこの甘味は、赤えんどうなしには成り立たない。みつ豆にあんこを加えたものが「あんみつ」であり、こちらにも赤えんどうは欠かせない。
もうひとつの代表的な用途が、豆大福や豆餅だ。つきたての餅生地に塩味をつけた赤えんどうを練り込み、中にあんこを包む。赤えんどう特有のほくほくとした食感と、餅のやわらかさ、あんこの甘さ、そして塩味のバランスが絶妙で、古くから和菓子ファンに愛されてきた。
落雁(らくがん)の原料としても利用されている。赤えんどうを粉にして砂糖と練り合わせ、木型に入れて成形する干菓子である。えんどう由来の素朴な風味が、落雁ならではの上品な甘さと調和する。
ほかにも塩ゆでにしてお酒のつまみにしたり、炊き込みごはんに加えたり、サラダやカレーの具材にしたりと、和菓子以外の分野にも活躍の場は広がっている。
主な原産国と産地
えんどうの起源はメソポタミア地域とされ、古代エジプトや古代ギリシャ、ローマの時代から栽培されていた記録が残っている。
日本国内で赤えんどうの生産の中心地となっているのは、北海道の上川地方だ。公益財団法人日本豆類協会の資料によれば、市場に流通する国産の赤えんどうは、富良野、美瑛、そして北ひびき地区(士別・和寒・剣淵)を合わせた上川エリアにほぼ集約されている。なかでも上富良野町は赤えんどうの一大産地として知られ、北海道の十勝岳のふもとに広がる畑で、主力品種「北海赤花」が栽培されている。
「北海赤花」は1978年に北海道の奨励品種に決定された交雑育種品種で、草丈80cm程度の矮性種(わいせいしゅ=背丈の低い品種)に分類される。竹支柱を立てずに群生状態で栽培でき、コンバインでの機械収穫に適しているのが利点だ。
ただし、国内生産量だけでは需要をまかないきれないため、乾燥えんどうの大半は海外から輸入されている。主な輸入先はカナダ、イギリス、ニュージーランド、オーストラリアなどだ。輸入されたえんどうは、国内の加工業者によって選別・調製され、缶詰や和菓子の原料として使われている。
赤えんどうの栽培には、連作障害を避けるために長い輪作期間が必要になる。産地の農家によれば、同じ畑で再び赤えんどうを植えるには6~8年の間隔を空けるのが望ましいとされる。そのため、赤えんどうを毎年安定して収穫するには、広大な農地を計画的にローテーションして使わなければならない。こうした栽培の難しさが、生産量の限られる要因のひとつとなっている。
選び方とポイント
乾燥赤えんどうを購入する際には、いくつかのポイントを押さえておくとよい。
まず粒の色をよく見ること。新豆はオレンジに近い鮮やかな赤褐色をしており、古くなるほど暗い茶色に沈んでいく。できるだけ明るい色味のものを選ぶと、鮮度が良い証拠だ。
粒の大きさがそろっているかどうかもチェックしたい。大粒のものは豆大福や豆餅に向いており、小粒のものはみつ豆や豆かんに使われることが多い。用途に合わせてサイズを選ぶのがコツだ。
割れや欠けが少ないものを選ぶことも大切だ。割れた豆は煮ている最中に崩れやすく、仕上がりの見栄えや食感に影響する。
保存は直射日光と高温多湿を避け、風通しのよい涼しい場所に置くのが基本だ。ゆでたあとの豆は傷みやすいため、すぐに使わない分は小分けにして冷凍保存するとよい。冷凍なら1か月程度は品質を保てる。
購入先としては、製菓材料の専門店であるTOMIZ(富澤商店)のほか、豆の専門店、通販サイトなどで入手できる。北海道産の新豆は例年9月半ば頃から出回りはじめる。産地のJA直売所、たとえばJAふらのの「オガール」やJAびえいの「美瑛選果」でも販売されており、産地を訪れる機会があればぜひ手に取ってみてほしい。
メジャーな製品とメーカー
赤えんどうを原料とする加工品で、最も身近なのは缶詰のみつ豆やフルーツみつ豆だろう。はごろもフーズの「朝からフルーツ みつ豆」は、スーパーの缶詰コーナーでよく見かける定番商品だ。角切り寒天にみかん、黄桃、パインアップル、赤えんどうを合わせ、シラップに漬けたもので、手軽にみつ豆が楽しめる。
業務用分野では、天狗缶詰の「レッドピース」シリーズが広く流通している。北海道産の赤えんどうを水煮にした缶詰で、和菓子店や甘味処、飲食店などでみつ豆や豆かんのトッピングとして使われている。4号缶から1号缶まで複数のサイズ展開があり、業務用食品卸のルートで購入可能だ。
豆大福や豆餅の名店にも目を向けてみよう。京都・出町柳の「出町ふたば」は明治32年(1899年)創業の老舗で、「名代豆餅」が看板商品として知られる。北海道の美瑛・富良野産の赤えんどうの中でも大粒のものを契約農家から仕入れ、栗のような甘みを持つ赤えんどうを厳選して使っている。平日でも長い行列ができる人気ぶりだ。
東京では、護国寺の「群林堂」が豆大福の名店として名高い。富良野産の赤えんどうを使い、硬めに炊いた大ぶりの豆のコリコリとした食感と粒あんのバランスが秀逸で、「東京三大豆大福」のひとつに数えられている。同じく東京の原宿「瑞穂」、泉岳寺「松島屋」も、赤えんどうを使った豆大福で知られる存在だ。
みつ豆やあんみつの分野では、浅草の「舟和」が外せない。明治35年(1902年)に創業し、翌年には「みつ豆ホール」を開店。子供のおやつだったみつ豆を、フルーツや求肥を盛り付けた華やかな甘味に仕立て直し、みつ豆の元祖として広く知られるようになった。上野の「みはし」もあんみつの人気店として有名で、赤えんどうの品質にこだわった甘味を提供し続けている。
歴史・由来
えんどうと人類のかかわりは数千年にさかのぼる。起源はメソポタミア地域と考えられ、古代エジプトのツタンカーメン王の王陵から副葬品としてえんどうが発見されたという話もよく知られている。古代ギリシャ・ローマの時代にはすでに栽培が行われており、中東からインド、中国へと広がっていった。
日本に伝わったのは、遣唐使によって9~10世紀頃にもたらされたとする説が有力だ。平安時代の辞書「倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」には「乃良末女(のらまめ)」の名で記載がある。室町時代には「園豆」と書いて「えんとう」と読ませていた時期もあったが、安土桃山時代になって「豌豆(えんどう)」という表記と読みに落ち着いた。「豌豆」の漢字は、古くから豆の産地として知られた中央アジアの「大宛国(だいえんこく)」――現在のウズベキスタン・フェルガナ州付近にちなむとされている。
日本での本格的な栽培は明治時代に入ってからだ。欧米各国からさまざまな品種が導入され、北海道では明治後半からヨーロッパへの輸出用として大規模に栽培された。昭和初期にはえんどう全体で約3万haもの作付面積があったが、その後は縮小を続け、現在は北海道上川地方を中心にわずか数百haの規模にとどまっている。
赤えんどうがお菓子の世界で脚光を浴びるきっかけとなったのは、みつ豆の誕生だ。みつ豆の原型は、江戸時代末期に屋台で売られていた子供向けのおやつにまでさかのぼる。しん粉(米粉)細工の小さな舟に、ゆでた赤えんどうを入れて蜜をかけたシンプルなもので、「蜜」と「豆」を合わせて「みつ豆」と呼ばれるようになったとされる。
明治時代に入ると、赤えんどうに寒天やフルーツ、求肥などが加わり、現在のみつ豆の形へと進化した。明治35年(1902年)創業の舟和は翌年に「みつ豆ホール」を開店し、みつ豆を喫茶のメニューとして提供した先駆けとして知られている。
さらに昭和5年(1930年)、銀座の甘味処「若松」の2代目店主が、常連客の「もっと甘いものが食べたい」という要望に応え、みつ豆にこしあんをのせたところ好評を博した。これが「あんみつ」の誕生だ。若松は明治27年(1894年)にお汁粉屋として創業した老舗で、あんみつ発祥の店として長く親しまれてきたが、2023年末に惜しまれつつ閉店した。
赤えんどうは、こうした和の甘味文化を江戸時代から支えてきた縁の下の力持ちだ。みつ豆、豆かん、あんみつ、豆大福――どれも赤えんどうなしには語れない。主役として前面に出ることは少ないが、あの歯ざわりのよいほくっとした食感と、ほんのりとした豆の甘みは、和菓子の味わいに奥行きを与えてくれる存在だ。
北海道の丘陵地帯で短い夏に実をつけ、秋には新豆として消費者のもとに届く赤えんどう。その一粒一粒に、数千年の栽培の歴史と、産地の農家が積み重ねてきた技術と苦労が詰まっている。
