材料の名前(日本語・外国語)

赤米は「あかまい」あるいは「あかごめ」と読む。英語では「Red Rice」と呼ばれ、フランス語では「Riz rouge」、中国語では「紅米(ホンミー)」と表記される。学術的には「有色米」や「色素米」に分類されるイネ科イネ属の栽培品種のひとつで、「古代米」という通称でも広く知られている。ただし、古代米という名称はマーケティング的な呼び方であり、厳密な学術用語ではない。ブータンでは主食として「ブータン赤米」が親しまれており、東南アジア各国でもさまざまな品種が日常的に利用されている。

特徴

赤米の最大の特徴は、玄米の種皮部分にタンニン系の赤色色素が蓄積していることにある。この色素はポリフェノールの一種であり、お茶やワインに含まれるカテキン・タンニンと同じ系統の成分だ。種皮だけでなく果皮にも色素をもつ品種が存在するが、そうした品種は見た目が紫黒米(黒米)に近くなる。

色素成分のほとんどは表層10%ほどを占める糠層に集中しているため、完全に精米すると白米と見分けがつかないほど白くなってしまう。そのため、赤米は玄米のまま、もしくは軽く精白した状態で食べるのが一般的である。白米に少量混ぜて炊くと、ごはん全体がほんのりとピンク色に染まるのも赤米ならではの魅力といえる。

栄養面では、白米と比較して食物繊維が約6〜8倍、マグネシウムが約4倍、ビタミンB1が約5倍含まれるとする分析データがある(ベストアメニティ社の公表値など)。タンニンには抗酸化作用や血圧低下に寄与するとされる薬理効果が報告されており、健康志向の食材として注目が高まっている。

食感はプチプチとした弾力が特徴で、うるち種のためコシヒカリのような粘りは控えめだ。味わいはあっさりとしているが、タンニン由来のわずかな渋みがあり、もち米と混ぜることで食味が改善するとされてきた。現在ではもち種に改良された品種も登場し、より食べやすくなっている。

また、赤米は病害虫や冷害などの気象変動に強く、棚田のような環境不良田でも比較的育てやすい。一方で、草丈が高く倒伏しやすい点や、収量が少ない点は栽培上の課題として知られている。

用途

赤米はお菓子づくりの原材料として、近年ますます活躍の場を広げている。

もっとも代表的な活用法は米粉への加工だ。赤米を製粉した米粉は、焼き菓子やパン、団子などに使うと、生地がほんのりピンク色に染まる。着色料に頼らず自然な色合いを出せるため、ナチュラル志向の菓子づくりにぴったりの素材として、パティシエや和菓子職人のあいだで重宝されている。シフォンケーキやマドレーヌ、ベーグルなど、洋菓子への応用も進んでいる。

伝統的な和菓子の分野では、赤米を搗いた餅、あられ、煎餅などが各地の特産品として製造されている。赤米の甘酒も菓子の原料として使われることがあり、甘酒をベースにしたスイーツは酒蔵や道の駅などで販売されるケースが増えてきた。

お菓子以外の用途としては、白米に混ぜて炊く雑穀ごはんがもっとも一般的だ。赤米を含む十六穀米や古代米ブレンドは、スーパーマーケットでも手に入りやすい定番商品になっている。さらに、赤米を原料とした日本酒やリキュールの製造も行われており、赤みがかった独特の色合いの酒は贈答品としても人気がある。

観賞用途も見逃せない。赤米の穂は出穂期に芒(のぎ)が鮮やかな赤色になり、「田んぼが火事になったようだ」と表現されるほど美しい。改良品種の「ベニロマン」や「つくし赤もち」は生け花やドライフラワーの素材としても流通している。

主な原産国・産地

赤米の原産地は中国の長江流域とされている。イネの野生種はほぼすべてが赤米であり、DNAレベルの研究から白米や黒米は赤米の突然変異で生まれたと考えられている。つまり、赤米は米のルーツそのものといっても過言ではない。

現在、赤米が栽培されている主な国と地域は以下のとおりだ。

日本では、岡山県総社市、長崎県対馬市、鹿児島県南種子町が神事用の在来品種を守り続けてきた産地として知られる。そのほか佐賀県吉野ヶ里町、山口県萩市(旧須佐町)、京都府京丹後市(旧弥栄町)、東京都国分寺市なども栽培が盛んだ。

海外では、ブータンが赤米を主食とする国として有名で、ヒマラヤ東部の高地で中粒種の赤米が広く栽培されている。東南アジアではタイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンなどでインディカ型の赤米が生産されており、南アジアのネパール、インド、バングラデシュ、スリランカでも伝統的に食されている。ヨーロッパではイタリア、南米ではブラジル、北米ではアメリカ合衆国でも赤米の栽培が確認されている。

選び方とポイント

赤米をお菓子の材料として購入する際に押さえておきたいポイントをいくつか紹介する。

まず確認したいのが「うるち種」か「もち種」かという点だ。煎餅やあられなど、粘りのある食感を求める菓子にはもち種が向いている。一方、クッキーやマドレーヌのようにサクッとした仕上がりにしたい場合はうるち種が適している。パッケージに品種名が記載されていれば、品種ごとの性質を確かめてから選ぶとよい。代表的なもち種には「つくし赤もち」「あかおにもち」がある。

次に注目すべきは産地と栽培方法だ。国内産の赤米は品質管理が行き届いているものが多く、農薬や化学肥料の使用状況もパッケージや生産者のウェブサイトで確認しやすい。オーガニックや無農薬栽培にこだわる場合は、生産者の情報を直接チェックすることをおすすめする。

保存状態も見落としがちなポイントだ。赤米の赤色素は貯蔵中にも酸化重合によって色が濃くなるとされるが、適切に保管されていない場合は風味が劣化する。密封された状態で、直射日光を避けて保管されている製品を選びたい。購入後は冷暗所で保存し、開封後はなるべく早く使い切るのが望ましい。

加工済みの赤米米粉を購入する場合は、製粉の粗さを確認する。細かく挽かれた米粉はケーキやパンに、やや粗めの粉は団子や餅菓子に適している。用途に合わせた粒度の製品を選ぶことで、仕上がりに差が出る。

メジャーな製品とメーカー名

赤米を使用した製品や、赤米そのものを販売している代表的なメーカーと商品を紹介する。

レッドライスカンパニー株式会社(岡山県総社市)は、古代から神事に使われてきた「総社赤米」を品種改良した「あかおにもち」を中心に、赤米の生産から加工・販売まで手がける六次産業化の先駆的企業だ。赤米米粉(うるち・もち)、赤米甘酒、赤米味噌、紅白うどんなど、幅広い商品ラインナップを展開している。赤米米粉はパンや菓子に使うとほんのりピンク色に仕上がるため、製菓業者からの引き合いも多い。OEM・受託製造にも対応している。

株式会社はくばく(山梨県)は、雑穀米のトップメーカーとして知られる。看板商品の「十六穀ごはん」には赤米が配合されており、赤米を手軽に取り入れる入り口として多くの家庭に浸透している。公式サイトの「雑穀辞典」では赤米の解説も公開しており、啓発活動にも積極的だ。

ベストアメニティ株式会社(福岡県久留米市)は、国内産の古代米や雑穀を専門に扱うメーカーだ。「ふっくらもちもちおいしい発芽古代米」は発芽もち玄米、発芽もち黒米、発芽もち赤米をブレンドした商品で、手軽に古代米を楽しめる。また「赤米甘酒」は、米麹と赤米を使った甘酒商品として販売されている。

種子島の新栄物産(鹿児島県南種子町)では、宝満神社ゆかりの赤米品種「たまより姫」を使った赤米玄米や甘酒を製造・販売している。神事と結びついた伝統的な赤米を商品化している点が特色だ。

このほか、楽天市場やAmazonなどの通販サイトでは「雑穀米本舗」「雑穀屋穂の香」「富田商店」といったショップが赤米の単品販売やブレンド商品を取り扱っており、少量から購入できるため、菓子づくりの試作にも使いやすい。

歴史・由来

赤米の歴史は、米そのものの歴史と深く重なっている。

イネの野生種はすべて赤米であったとされ、白米や黒米はそこからの突然変異で生まれた。つまり、人類が最初に手にした米は赤米だったといえる。栽培の起源は中国の長江流域にさかのぼり、数千年にわたって東アジアから東南アジア、南アジアへと広がっていった。

日本への伝来は、およそ2500年前の縄文時代末期から弥生時代初期と考えられている。当時伝わった米は赤米であったとされ、弥生文化の幕開けに大きく寄与した。日本に伝来した赤米には、より古い時代に入ったジャポニカ型(日本型)と、11世紀以降に中国経由でもたらされたインディカ型(大唐米)の二系統がある。

飛鳥時代から奈良時代にかけての木簡には、赤米の納品や輸送に関する記録が残っている。飛鳥京跡苑地遺構から出土した木簡が日本最古の赤米に関する文献記録とされ、藤原京や平城京の遺跡からも「赤米」「赤搗米」「赤春米」などと記された木簡が見つかっている。これらの記録から、7世紀末〜8世紀後半にかけて丹波、丹後、但馬などの地方から都へ赤米が貢物として届けられていたこと、酒の原料としても使われていたことがわかっている。

中世には年貢として赤米が納められた記録が各地に残るものの、白米に比べて等級の低い米とみなされていた。室町時代中期の禅僧・江西龍派の講義録『杜詩続翠抄』には、赤米が九州で多く栽培されていたことが記されている。江戸時代に入ると、赤米は低湿地や高冷地など条件の悪い土地で重宝される一方、藩によっては赤米での年貢納入を禁じるところもあった。

明治以降、近代的な稲作が進むにつれて赤米は「下等米」として全国的に撲滅の対象となり、昭和末にはほぼ栽培されなくなった。しかし三つの神社だけは例外で、岡山県総社市の国司神社、長崎県対馬市の多久頭魂神社、鹿児島県南種子町の宝満神社が神事用として赤米の栽培を連綿と守り続けた。この三社の存在がなければ、日本の在来赤米は途絶えていた可能性が高い。

転機が訪れたのは1980年代だ。京都府旧弥栄町の郷土史家・芦田行雄氏が、平城京跡から出土した木簡に弥栄町から赤米が納められた記録を見つけたことをきっかけに、総社市の国司神社から種籾を分けてもらい、赤米の栽培復活に取り組んだ。この活動が新聞で報じられると全国各地から種籾の分配依頼が相次ぎ、赤米栽培が再び広まるきっかけとなった。

平成に入ると消費者の健康志向や多様な米への関心が高まり、1989年以降の農林水産省による「スーパーライス計画」の一環で赤米の品種改良も進んだ。「古代米」「古代ロマン」といったイメージとともに各地で栽培が復活し、特産品としてのブランド化が加速した。佐賀県吉野ヶ里町のように弥生遺跡と結びつけた地域振興や、鹿児島県南種子町の「たねがしま赤米館」のような展示施設の建設など、観光資源としても活用されている。

民俗学者の柳田國男は、現在の赤飯(小豆やささげともち米を炊いたもの)の起源は赤米を蒸したものであると唱えた。赤い色に邪気を祓う呪術性を見出し、祝い事で赤飯を食べる文化のルーツを古代の赤米に求めたのだ。この説は定説とまではいえないものの、日本の食文化における赤米の位置づけを考えるうえで欠かせない視点である。

こうした長い歴史を経て、赤米はいま再び食卓や菓子づくりの現場に戻ってきた。自然な赤い色、豊かな栄養、そして古代から受け継がれてきた物語性――。お菓子の原材料としての赤米には、ほかの素材にはない奥行きがある。

免責事項

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購入・ご利用の際は必ず最新のパッケージ表示または公式情報をご確認ください。特に食物アレルギーをお持ちの方は原材料を十分にご確認の上お求めください。
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