材料の名前(日本語・外国語)
全粒粉は日本語で「ぜんりゅうふん」と読みます。別名として「グラハム粉(Graham flour)」と呼ばれることもありますが、厳密には両者は製粉方法が異なります(詳しくは後述)。英語圏では “whole wheat flour”(アメリカ英語)または “wholemeal flour”(イギリス英語)と呼ばれ、いずれも「丸ごとの(whole)」という単語が使われており、小麦をそのまま挽いた粉であることが名称からも読み取れます。フランス語では “farine complète” あるいは “farine de blé intégral”、ドイツ語では “Vollkornmehl”、イタリア語では “farina integrale” と表記されます。いずれの言語でも「全体の」「完全な」を意味する形容詞が冠されており、精製していない小麦粉であるという共通の概念が名前に込められています。
学名としては、パン小麦を原料とする場合 Triticum aestivum の全粒粉が一般的です。日本食品標準成分表(八訂・増補2023年)では食品番号01023として「穀類/こむぎ/[小麦粉]/強力粉/全粒粉」に分類されています。
特徴
全粒粉の最大の特徴は、小麦の粒を表皮(ふすま=ブラン)、胚芽、胚乳のすべてを含んだまま粉砕していることです。通常の小麦粉(薄力粉・強力粉など)は胚乳部分のみを挽いて作られますが、全粒粉は胚乳が占める約83%に加え、表皮(約15%)と胚芽(約2%)もそのまま粉にしています。この構造はしばしば「白米に対する玄米」に例えられ、精製されていないぶん栄養価が高いことが知られています。
見た目はやや茶褐色を帯びており、通常の小麦粉の真っ白な色合いとは明らかに異なります。表皮由来の小さな粒子が目視でも確認でき、挽き方(細挽き・粗挽き・石臼挽き)によって粒度や色味に差が出ます。
風味の面では、香ばしいナッツのような香りとほのかな酸味、深いコクが特徴です。焼成すると香ばしさがさらに引き立ち、小麦そのものの素朴な甘みが口中に広がります。一方で、表皮に含まれるタンニンなどの成分によるかすかなエグ味を感じることがあり、慣れないうちはやや癖のある味と感じる方もいます。近年はこのエグ味を抑えるために粒度を極めて細かくした「微粒全粒粉」も開発され、初心者でも扱いやすくなっています。
栄養面では、日本食品標準成分表(八訂)によると、全粒粉100gあたりのエネルギーは約320kcalで、強力粉1等(約366kcal)と比較するとやや低めです。特筆すべきは食物繊維の含有量で、100gあたり11.2gと、強力粉1等の2.7gの約4倍にもなります。これはゴボウ100gの食物繊維量(約5.7g)をも上回る数値です。さらにカリウム330mg、マグネシウム140mg、鉄3.1mg、亜鉛3.0mgと、ミネラル類も豊富に含まれており、ビタミンB1やナイアシン、ビタミンB6などのビタミンB群も通常の小麦粉に比べて多く含有しています。糖質量は100gあたり約57gで、強力粉の約69gと比較して低く、GI値(食後血糖値の上昇度を示す指標)も全粒粉パンで約50と、通常の食パン(約90)と比べてかなり低い「低GI食品」に分類されます。
ただし、全粒粉にはフィチン酸が含まれており、ミネラルの吸収を阻害する可能性がある点はデメリットとして知られています。また、表皮部分が含まれるためグルテンのネットワークが形成されにくく、全粒粉だけでパンを焼くと膨らみが不十分になり、ごわごわとした食感になりやすいという製パン・製菓上の課題もあります。さらに胚芽に含まれる脂質が酸化しやすいため、通常の小麦粉に比べて保存期間が短く、開封後は冷蔵保存が推奨されます。
用途
お菓子づくりにおいて全粒粉は、主に焼き菓子の分野でその真価を発揮します。クッキーやビスケットに使用すると、香ばしい風味とサクサクとした独特の食感が加わり、通常の薄力粉だけで焼いたものとは一味違った深みのある味わいが楽しめます。全粒粉のビスケットは、しっかりと焼き込むことで香りがさらに引き立ち、チョコレートやドライフルーツ、ナッツ類との相性も抜群です。
マフィンやスコーンにも全粒粉は好んで使われます。バターや卵と合わせることで、表皮のエグ味が和らぎ、素朴で温かみのある味わいが生まれます。ザクザクとした歯ごたえは、スコーンのように食感を楽しむ焼き菓子に特に向いています。パンケーキやワッフルの生地に全粒粉を配合すれば、朝食向けの香ばしいヘルシーなメニューになります。
一方で、スポンジケーキやシフォンケーキのように軽くふんわりとした食感が求められるお菓子には向きません。表皮の粒子がグルテンの膜形成を妨げるため、きめ細かい生地にはなりにくいからです。そのため、全粒粉を使う場合は薄力粉の一部を置き換える(全体の20〜40%程度)方法が一般的で、全量を全粒粉にすることは焼き菓子以外ではあまり推奨されません。
お菓子以外ではパン、パスタ、ピザ生地、ピタパンなどにも広く使われています。パンの場合は強力粉の一部を全粒粉に置き換えることで、食物繊維やミネラルを効率よく摂取できる健康的なパンが焼き上がります。
主な原産国
全粒粉は小麦を原料とするため、その産地は小麦の主要生産国と一致します。世界的に見ると小麦の生産量が多い国は中国、インド、ロシア、アメリカ、オーストラリア、カナダ、フランスなどです。
日本で流通する全粒粉の原料小麦は、大部分が輸入小麦です。日本の小麦自給率は約15%前後にとどまっており、輸入先としてはアメリカ、カナダ、オーストラリアの3か国でほぼ全量を占めています。アメリカからはハード・レッド・ウインター(HRW)などの硬質小麦、カナダからは1CW(No.1 Canada Western)と呼ばれる高品質な硬質小麦、オーストラリアからはスタンダード・ホワイト(ASW)などの中間質小麦がそれぞれ輸入されています。
国産小麦を使った全粒粉も近年注目度が高まっており、北海道産の「春よ恋」「きたのかおり」「キタノカオリ」「ゆめちから」といった品種や、群馬県産の「さとのそら」などが全粒粉に加工されています。特に北海道は日本最大の小麦産地であり、江別製粉やアグリシステムなどの製粉会社が、国産小麦の全粒粉を積極的に製造・販売しています。国産小麦の全粒粉は外国産に比べて風味がやさしく、もちもちとした食感が特徴とされ、やや高価ではあるもののこだわり派のお菓子づくりに人気があります。
選び方とポイント
全粒粉を選ぶ際に最も重要なポイントは「粒度(粒の細かさ)」と「用途」の二点です。
まず粒度についてですが、全粒粉は挽き方によって「細挽き」「粗挽き」「石臼挽き」などのバリエーションがあり、それぞれ食感や扱いやすさが大きく異なります。細挽き(微粒タイプ)の全粒粉は通常の小麦粉に近い粒度で、エグ味が少なく口当たりがなめらかです。お菓子づくり、特にクッキーやマフィンなど繊細な食感を求めるレシピには細挽きタイプが適しています。粗挽きやグラハム粉タイプは、表皮のプチプチとした食感が際立ち、ザクザク感を楽しみたいハードクッキーやグラノーラバー、チーズケーキの土台などに向いています。石臼挽きは、製粉時の摩擦熱が低いため小麦の風味が損なわれにくく、香り高い仕上がりが期待できますが、粒度にばらつきが出やすいという特徴があります。
次に用途ですが、市販の全粒粉には「パン用(強力粉タイプ)」と「菓子用(薄力粉タイプ)」が存在します。タンパク質含有量が異なるため、お菓子づくりには菓子用の全粒粉(薄力粉タイプ)を選ぶとサクサク軽い仕上がりになります。パン用の強力粉タイプを焼き菓子に使うと、グルテンが多いぶん硬めの食感になりがちです。
保存性にも注意が必要です。全粒粉は胚芽に含まれる脂質が酸化しやすく、通常の小麦粉より劣化が早い食材です。購入後は密閉容器に移し替え、冷暗所か冷蔵庫で保管し、開封後は早めに使い切ることが大切です。賞味期限は製品にもよりますが、未開封で製造から3〜6か月程度が目安となります。
原産国による味わいの違いも選択のポイントです。外国産の全粒粉はしっかりとした小麦の風味とコクがあり、国産の全粒粉は比較的やさしい風味でクセが少ない傾向にあります。作りたいお菓子のイメージに合わせて使い分けるとよいでしょう。
メジャーな製品とメーカー名
日本国内で入手しやすい全粒粉の代表的な製品・メーカーは以下のとおりです。
日清製粉は国内最大手の製粉会社であり、パン用全粒粉(強力粉タイプ)を製造・販売しています。富澤商店をはじめとする製菓材料店のほか、一般のスーパーでも取り扱いがあり、入手しやすさは随一です。「全粒粉きたのまるこ」など北海道産小麦100%を使った製品も展開しています。
**ニップン(旧・日本製粉)**は「FS全粒粉」(薄力全粒粉)を業務用・家庭用で展開しています。粒度を細かく揃えることでエグ味を抑え、口当たりの良さを実現した製品で、クッキーやパンケーキなど幅広い菓子用途に適しています。家庭用の「ニップン 全粒粉」は1kgパッケージでスーパーや通販で購入可能です。
**富澤商店(TOMIZ)**は製菓・製パン材料の専門店として、自社ブランドの全粒粉を複数ラインナップしています。「パン用全粒粉(強力粉)」「菓子用全粒粉(国産薄力粉)」「微粒全粒粉 全粒粉100%で焼けるパン用粉」「グラハム粉」「北海道産全粒粉 春よ恋(石臼挽き)」など、用途や粒度に応じて選べる品揃えが特徴で、全粒粉を使いこなしたい人にとって心強い存在です。
江別製粉は北海道江別市に本社を置く製粉会社で、北海道産小麦を使った全粒粉の製造に力を入れています。国産小麦へのこだわりが強く、「春よ恋」などの品種を使った全粒粉は、風味のやさしさとしっとり感に定評があります。
前田食品は群馬県に本社を置く製粉会社で、「スーパー全粒粉」「全粒粉I(石臼挽き)」「全粒粉S(細挽き)」「全粒粉L(粗挽き)」と、挽き方の異なる複数の全粒粉を展開しており、用途に合わせた選択が可能です。
アグリシステムは北海道十勝を拠点とし、「ゆめちから全粒粉」など北海道産小麦の全粒粉を複数製造しています。ライ麦全粒粉も手がけており、自然素材を重視する製パン・製菓のプロに支持されています。
お菓子の完成品としては、**Pasco(敷島製パン)**の「麦のめぐみ全粒粉入り食パン」や、全粒粉を使ったクッキー・ビスケット類が各メーカーから発売されており、スーパーやコンビニエンスストアでも手軽に全粒粉の味わいを楽しむことができます。
歴史・由来
小麦の歴史は人類の農耕文明と深く結びついています。小麦が最初に栽培化されたのは、現在のトルコ南東部からシリア、イラク北部にかけての「肥沃な三日月地帯」と呼ばれる地域で、約1万年以上前のことです。初期の品種であるアインコルン小麦やエンマー小麦が栽培され始め、やがてパン小麦(Triticum aestivum)へと品種改良が進みました。
古代において小麦の製粉は石臼で行われていたため、表皮も胚芽もすべて含んだ粉、すなわち全粒粉が唯一の「小麦粉」でした。古代エジプト、メソポタミア、ギリシャ、ローマといった文明圏で小麦粉から作るパンは主食として重要な位置を占めていましたが、そのパンは現代の白パンとは異なり、表皮を含んだ茶色いパンでした。ローマ時代には回転式の石臼が発達し、ふるいにかけることで表皮をある程度取り除いた白い小麦粉が作られるようになりました。しかし精製には手間がかかったため、白い小麦粉で焼いたパンは富裕層の食べ物であり、一般庶民は全粒粉のパンを日常的に食べていたとされています。
製粉技術の大きな転換点となったのは、19世紀後半にハンガリーで開発されたロール製粉機の登場です。それまでの石臼製粉に代わるこの技術により、表皮と胚乳を効率的に分離することが可能になり、大量の白い小麦粉が安価に供給されるようになりました。この結果、全粒粉は「貧しい人々の粉」として敬遠される時代がしばらく続くことになります。
しかしこの潮流に逆行するかのように、全粒粉の価値を再評価した人物がいました。アメリカの長老派教会の牧師であったシルベスター・グラハム(Sylvester Graham, 1794–1851)です。グラハムは1829年頃から菜食主義と食育改革を熱心に提唱し、精製された白い小麦粉ではなく、小麦を丸ごと挽いた粉でパンを焼くことを強く推奨しました。彼が考案した粉は、胚乳を細かく挽き、表皮と胚芽の部分をやや粗挽きにしてから両者を合わせるという独特の製粉方法によるもので、彼の名前をとって「グラハム粉(Graham flour)」と呼ばれるようになりました。グラハムは薬による治療に反対し、コーヒーや紅茶、アルコール、タバコ、肉食を避け、野菜や果物の摂取と自家製の全粒粉パンによる食事を推進しました。彼の思想は19世紀アメリカの健康改革運動の先駆けとなり、「グラハムクラッカー」というお菓子の名前にも今日までその名を残しています。
20世紀に入り、とりわけ1960〜70年代の自然食ブームとともに全粒粉は再び注目を集めるようになりました。食物繊維やビタミン、ミネラルが豊富であることが科学的に裏付けられ、精製された白い小麦粉に比べて血糖値の急上昇を抑える低GI食品であることも明らかになると、健康志向の消費者を中心に全粒粉の需要は世界的に拡大しました。
日本においては、戦後の食生活の欧米化とともにパン食が普及しましたが、当初は白い食パンが主流でした。全粒粉が一般消費者に広く認知されるようになったのは2000年代以降のことで、健康ブームや糖質制限ダイエットの流行を背景に、全粒粉パンや全粒粉を使った焼き菓子が各メーカーから続々と発売されるようになりました。現在では製菓・製パン材料専門店はもちろん、一般のスーパーマーケットでも全粒粉が手に入るようになり、家庭でのお菓子づくりにおいても身近な材料として定着しつつあります。
